キッチンで、黒い尻尾が揺れる。
食器を洗うカチャカチャという音に合わせて、ピョコピョコ、ユラユラ。
動くものから目が離せなくなる犬のようにそれを目で追っていると、視線を感じたようで声を掛けられた。

「隊長、お茶ですか?」

夕食後だった為、(ちなみに今日は好物のサンマを焼いてもらった。これまた焼き加減塩加減・共に完璧☆で、すっごい旨かった)どうやら茶をねだってるのかと思ったようだ。
そんなつもりじゃなかったけど、言われたら飲みたくなって・・・頷いた。
すると、後片付けの手を止めて、お茶を入れてくれた。
冷蔵庫のペットボトルのじゃなく、何時の間にか買ってきたらしいお茶っ葉で。
急須を使って入れられたそれは、薫り高く鼻をくすぐる。

「どうぞ、隊長」

一口飲んで思う・・・・・・・・この人、茶を入れるのも上手い。
『おいし・・・』と呟くと、にっこり笑って、またシンクの前に戻っていく。
その後ろ姿に声をかけた。

「ね・・・アンタ、いつまで『隊長』って呼んでんの?チームはとっくに解散したでしょ?」
「あ・・・そうですね。では、はたけ上忍とお呼びしても?」

はたけ上忍ねぇ・・・別にそれでもいいんだけど・・・なんかさぁ?

「・・・ん〜。なんか、家の中で堅苦しいよ?任務中みたいで嫌な感じ」
「では、なんとお呼び致しましょう?」
「名前でいいよ。階級もつけなくていいし」
「そうですか・・・・・・・・・・・・・・・・では、カカシさん?」

ほわ。
あれ、なんか・・・なんか、奥の方が温かいような、くすぐったいような、妙な気分。
『なんだろ・・・?』
そう内心で首をかしげながらも、なんとなく満足した気分で、頷く。


「ん、それでいーよ」


カカシの顔は、我知らず微笑んでいた―――――




 ★カカ誕2008★ 『バースデープレゼント』・・・5 




イルカと恋人になった次の日―――上忍待機所で髭に声をかける。
あの人の事を聞いて見ると、期待なんかしてなかったのにあっさりと頷かれてしまった。

「イルカ?ああ、知ってるぜ。ガキの頃から」

ガキの頃からと言う言葉に、眉を寄せて聞き返す。

「え、何?親戚?」
「いんや。イルカは九尾の時に両親を無くしててな。しばらくオヤジが預かってたんだよ」
「ああ、そーいうこと・・・んじゃ、とりあえず素性は確かなんだね」
「まーな。・・・イルカがどうかしたのか?」
「え?昨日のこと、知らないの?」

あの時受付で騒いだせいで、今日家から出てきてみれば物凄く噂になっていたのだが。

「俺は昨日任務だ。報告書は任せて直帰したから、知らん」
「あっそ。実はね、昨日俺とあの人、恋人になったのよ」

途端、ぶはっと大きく煙を吐き出して咳き込んだ。

「な・・げほっ、イル?・・・ごほっ」
「汚いな〜。少し落ちつきなさいよ?」

背中をさすってやると、やっと落ちついたようだ。
ヤレヤレと思っていると、感謝されるどころか、睨まれた。

「・・・・・てめぇ、まさかイルカを無理やり・・・?」
「馬鹿言わないでヨ?俺が女しか抱かないのはアンタも知ってるでしょ?・・・昨日、あの人に借りを作ったら、交換条件で『恋人』にさせられたのよ。・・・もっとも、まだ抱いてないけど?」
「そうなのか?・・・なんでアイツ、カカシなんかを・・・・」
「ちょっと〜『なんか』って、酷いじゃない?でも・・・その様子だと、あの人もそっち嗜好じゃないってこと?」
「ああ。アイツは、まともな奴だ。・・・忍にしちゃまとも過ぎるくらいにな」
「そう・・・」

やっぱり、あの人は本心から俺の恋人になりたいわけじゃないんだ・・・。
なら、他の可能性・・・・・もしかして。

「もしかして、三代目に俺の素行を改めるように頼まれたりしてる?」

あのじいさん、『そろそろ落ちつかんか!』とか、女関係に小言を言ってきたりするし。
女遊びをやめさせる為に、あの人を送りこんだとか?
そう思って聞いてみるが、速攻否定された。

「ありえねぇよ」
「なんで?あの人、三代目に信頼されてんでしょ?」

いつか見た二人の姿を思い出す。
三代目があんな顔で笑うのだから、かなり親しいと思うんだけど。

「信頼はもちろんしてる。けどな・・・それ以上にすげー可愛がってんだよ」

猫っ可愛がりしてんだ。テメェみたいな何考えてんのかわかんねぇ男に、任務以外で近づける訳ねぇよ。
そう言うアスマに、カカシは『失礼しちゃう〜』と憤慨しながらも、首を捻った。

「なら、なんで近づいてきたのよ?」
「俺が知るか」

知らねぇけど・・・・・・・アイツに無体なマネはすんなよ?
オヤジが黙ってねぇし―――俺も黙ってねぇ。
そう言って、ギロリと睨まれた。

・・・・・・どうやら猫っ可愛がりしてるのは、『親子で』のようだった。



******



そんなこんなで・・・取り合えず、寝首かかれる事はなさそうだし。
第一当のイルカが『恋人』以外の礼を受け取ろうとしないので、しばらく様子を見ることにした。
そのまま一週間。
三代目が恨みがましい目で睨んでくるけど・・・・・それ以外は、至極平和な日々だ。
それどころか、旨いメシと綺麗な風呂(部屋も)が当たり前になった毎日。
・・・・・居心地がよくて堪らなくなりはじめている。

入れてもらった旨い茶を飲みながら、シンク前に立つイルカに聞いてみた。

「ねぇ・・・・・」
「はい?」
「俺とアンタ・・・一応恋人になったでしょ?」
「ええ」
「アンタは俺の『恋人』として色々尽くしてくれてるでしょ?でもさ、俺の方はアンタに恋人らしい事何もしてないよね?」

イルカの背中を見つめて、言った。


「ねぇ・・・・・アンタの事、抱いた方がいい?」


ピクリ。
彼の背中が僅かに揺れた。
だがそれは一瞬で、振向いた彼の顔には動揺が無かった。

「・・・抱いてくださるんですか?」
「んー・・・」

どう返すか考えていると、彼は布巾を置いて、椅子に座る俺の前に立った。
その手が伸ばされたとおもったら、彼の手が、俺の手を取る。

―――――――ドクリ。

・・・彼の体温に、心臓が跳ねた。
胸に奥にモヤモヤしたものが浮かび、動揺しながらイルカの顔を見る。
だが、目の前に迫った彼の顔に浮かんでいたのは艶ではなく、慈愛と言った方がいい表情だった。

「カカシさん・・・無理しなくていいですよ」
「無理?」
「カカシさん、男はお嫌なんでしょう?態度で分ります」
「あー、まぁ・・・経験はないね」

歯切れの悪いカカシの言葉に、イルカはまたにっこりと慈愛の笑みを見せた。

「俺は、あなたの側にいられるだけで十分幸せですから、無理にそんな事しなくてもいいんですよ」
「・・・でも、それって恋人とは言えないんじゃない?」
「体を繋げるだけが恋人じゃないですよ?それに、俺達の場合は俺の我侭で『恋人』になってもらった訳ですし・・・」
「でも、ねぇ・・・」

男を抱く気なんかないのに、どうにもこのままの状況が納得できなくて、更に言い募ろうとすると・・・イルカが何か思いついたように、『ああ・・・』と呟いた。

「ああ、そっか・・・溜まっちゃいましたか?・・・それでは、花街にいってらしてください」
「ええっ、いいの!?」
「はい。俺も同じ男として分りますし・・・けど、俺が恋人の間は浮気はだめですからね!素人はダメです。花街に限り、許しますから」
「そ、そう・・・?」

今のところ恋人らしい事は何一つしてない、名ばかりの恋人ではあるが・・・一応『恋人』。
その恋人に花街に行く事を勧められるのは、妙な気分だ。
カカシの困惑をよそに、イルカはもう一度ぎゅっとカカシの手を握った。

「カカシさん・・・こちらへ」

そのまま手を引かれて連れて行かれたところは、玄関で。
ジャケット着せてくれて、ポーチを腰につけてくれて。
最後には、器用に斜めに額当てを付けてくれて、ご丁寧に口布も上げてくれた。

「じゃ、いってらっしゃい」

・・・って、今行くの!?
別にヤリたくて聞いた訳じゃなかったのに・・・と、躊躇していると。
イルカは、優しい瞳で見上げてきた。

「カカシさん・・・いいんですよ?俺に気をつかわないでください」
「いや、別に気を使ってるわけじゃ・・・」
「俺を気遣って躊躇なんかしなくていいですから・・・さぁ、行ってください」

とかなんとか言われて、そのまま玄関の外に押し出される。

「ちょ・・・イルカ!」
「くれぐれも花街以外の女は抱かないで下さいね。今は俺が恋人ですから・・・約束ですよ?」

イルカはそう言うと、うるうると瞳を潤ませてこちらを見つめてから、己の気持ちを振り切るかのようにバッタンとドアを閉めた。
―――――切ない演出、バッチリだ。

「なんなのよ、もう・・・!」

折角くつろいでたのに。
ブツブツと文句を言って、もう一度中に入ろうとして・・・考えた。

『まぁ・・・溜まってるっていやぁ、溜まってるかな?』

先ほどイルカに手を握られた時のもやもやとしたものを思い出して、つま先を外に向けた。
――――それなのに。


「なーんか、やる気にならないんだよねぇ・・・」


馴染みの遊女を指名して、床に組み敷いて見たものの・・・・・・・・それ以上する気になれなくて。
とはいえ、今更家に戻るのも面倒なので、不満顔の女に金を握らせて部屋から追い出して、布団に一人横になった。

『おかしいなぁ・・・溜まってたんじゃないのかな』

先ほどのモヤモヤを思い出して、首を捻る。

「それにしても・・・あの人、いったいどうしたいのよ?」

側にいられるだけで幸せとかなんとか言ってたけど、それが本心な訳がない。
やっぱりあの人は俺に抱かれる気なんかないから、言い訳を並べて俺を追い出したんだろう・・・

「俺にとっては、好条件なんだけどね」

得体は知れないけど・・・・・・害は無いし。
綺麗な部屋で過ごせるし。
美味しいご飯は食べられるし。
遊郭に通う分にはOKらしいから、そっちの方も困らないし。
・・・俺にとっては、案外いい恋人なのかもしれない。―――けど。


「かと言って、このままじゃスッキリしないんだーよね・・・」


そう呟いて、手の平を見る。
あの人の温もりが、まだそこに残っている気がした―――――




抱かせてもらえませんでした(笑)ますますカカ誕にはほど遠く・・・?;


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