花街からそのまま単独任務に出て。
単発の簡単なものの上、近場だったから早く片付き、その日の夜には里に戻って来れた。
まだ受付は開いている時間なので、報告書を出そうと受付の列に並んで、カウンタ―の向こうをチラリと覗う。
イルカは受付に入る時もあるのだが、今日はいないようだ・・・
『もう帰ったのかな?任務早く終わったけど・・・俺の分の夕飯、用意してあるかな?』
予定では明日帰還になっていたから、俺の分のご飯、ないかも。
・・・飲み屋かなんかで食べて行った方がいいか?
『でも』
あの人なら、特に用意してなくてもささっと何か作ってくれるよね?
疲れたから家に帰ってゆっくりしたいし・・・帰ろう。
今まで家に他人がいるのなんて我慢できないと思ってたけど、こんな時はいいよねぇ。
家に帰れば明かりがついてて、磨き上げられた清潔な風呂場でゆっくり汚れを落として。
そんでサッパリした後は、旨い惣菜をつまみながらビール飲んで、あの人と一緒に世間話でもしながら、炊き立てのご飯食べて・・・
後は、干したてふかふかのお布団(あの人、天気が良いと必ず布団干すから、今日も絶対干した筈!)で、ゆっくり眠ろう。
想像してニヤニヤしていると、受付の男に胡散臭そうに見上げられた。
―――でも、俺はそんな事では怒ったりしない。
だって、この後綺麗な風呂入って、おいしい飯食って、お日様の匂いのするお布団で寝るんだもん♪
・・・あ、あの人、耳かきとかしてくんないかな〜?
そんな事を考えながら、『受理しました、お疲れ様でした』と言う声に、『ありがと』と短く言って背を向けた――――
★カカ誕2008★ 『バースデープレゼント』・・・6 
『んじゃ、かーえろ』
踵を返した時、報告書を片手に入れ替わりで入ってきたくのいちとすれ違う。
その時、彼女が小さく息を飲んでこちらを見上げるのが分った。
そのまま女はじっとこちらを見ているようだったけど、止まりもしないで受付所を出る。
女に見つめられるのはよくあることだから、気に留めるほどでもないし。
だが・・・廊下に出て、瞬身を使おうと印を切るべく手をあげた時、先ほどの女が駆け寄ってきた。
「あの、はたけ上忍」
「・・・・・・なに?」
引きとめられて溜息をつきつつ振向くと、女は思いつめたような潤んだ瞳で見上げてきた。
「あの・・・私、カエデといいます。はたけ上忍・・・今夜、お暇ありませんか?」
「・・・今夜?」
そう言う女をじっと観察する。
ゆるくウエーブがかかった、亜麻色の髪。
艶のある瞳に、通った鼻筋、ふっくらとした唇の―――美人。
体も、肌は白く、胸は大きく、腰は細く・・・・・なかなかセクシー。
「それって、誘ってるの?」
「―――はい。宜しければ、この後私にお付き合いくださいませんか?」
なのに、言動や態度は少し控えめで・・・よくこんな風に誘いかける女にありがちなずうずうしさがない。
色気と知性をあわせもっている感じで、なかなかイイ女だと思った。
普段なら誘いにのってやるとこ。・・・今だってちょっとぐらついてる。
――――だけど。
「ん〜・・なかなか魅力的なお誘いだけど、浮気すると恋人に怒られんのよ」
「えっ・・・!?あの、恋人がいらっしゃったんですか・・・?」
「まぁ、ね。・・・飯作って待ってるだろうから、俺、帰るね?」
まだ何事かを言いたそうな女を残し、カカシは印を切った――――
玄関を開けると、イルカがひょっこりとキッチンの方から顔を出した。
「おかえりなさい」
玄関まで出迎えて、イルカはにっこりと笑う。
彼がにっこりと笑うのは出会った頃からだけど、一週間経って、その笑顔が少し変わって来た気がする。
――――前の、張りつけたような笑顔じゃなくて・・・なんか柔らかい。
『この人、笑うと結構かわいいよねー』
その笑顔を見てたら、なんだか少し悪戯心がわいた。
片手を取って引き寄せると、口布をすばやく下ろして、その頬にちゅっとキスしてやる。
「たーだいま」
「なっ・・・」
あっけに取られたように頬を押さえるイルカ。その頬は僅かに赤い。
珍しく動揺する様がおかしくて・・・クスクスと笑うと、睨まれた。
「突然なにすんですか!」
「あれー?イルカは俺の恋人でしょ?恋人ならただいまのキスくらいあたりまえでしょー?」
意地悪くそう言うと、イルカはぐっ・・・と言葉に詰まって。
少しムッとした表情のあと、またにっこりと笑った。
「・・・・・そうですね。では、俺も」
「え?」
両肩に手が掛かったと思ったら、「ちゅっ」という音と、柔らかい感触。
「おかえりなさい、カカシさん」
にっこりと笑う顔に少し唖然としたあと、呟いた。
「・・・・・アンタ、負けずギライだねぇ」
言いながら、今度は自分の頬が少し赤らんでるのを感じた。
誤魔化すように、話を変える。
「ところで、俺の晩飯、ある?」
「ありますよ」
中に入って、ダイニングテーブルを見ると、ちゃんと二人分の晩御飯が用意してあった。
「・・・今日帰って来るって知らなかったでしょ?」
「ええ、まぁ」
「それなのに、用意してたの?」
「・・・あなたは優秀な忍ですから、予定より早くキリがつくかと思ってましたし、それに―――」
それに、疲れて帰って来るんだもの、すぐに温かいご飯出してあげたいじゃないですか。
そう言って、はにかんだような笑顔で笑った。
―――そんなイルカの顔を見ながら、思う。
『やっぱり、浮気しないで帰ってきてよかったなー』
そのお陰で、美味しいご飯が今日も食べられそう・・・・・
カカシは、満足そうに口端を持ち上げる。
「まずは風呂ですか?」
「うん、沸いてる?」
「ええ、着替えもおいてありますから」
「今日、布団は干してあるかなぁ?」
「はい、今日もいい天気でしたからね・・・さ、風呂入ってきてください」
「うん・・・あ、そうだ!」
風呂場に向かおうとした足を止め、振向いた。
「なんです?」
「今日、寝る前に耳かきしてよ?」
「・・・・・あんた、上忍がそんな簡単に他人に頭預けていいと思ってんですか?」
呆れたようにいうイルカに、カカシは笑って見せた。
「イルカはいいの、信じてるから」
なんてったって、恋人だもんね?
そう言って笑うと、鼻歌まじりで今度こそ風呂場に向かった。
その背を見送ったいたイルカの顔が、カカシの姿が消えた後、困った様に歪んだ―――
******
次の日の夕方。
カカシはまた『今日の晩飯、なにかな〜?』などと、ウキウキしながら家路についていた。
その時―――
「カカシ、カカシ!またんか!」
「あ、コハル様・・・」
呼びとめられて振向くと、そこには里のご意見番、コハルが立っていた。
『今日はバァサンかよ・・・今日もなるべく早く帰りたいんだから、呼び止めないで欲しいのよねー』
何かと口煩いご意見番のばぁさん。
やっかいなのにつかまったなぁと、顔を引きつらせたカカシだったが・・・
見ると、コハルはいつもの様にしかめっ面ではなく、にこにこと機嫌良さそうに笑っている。
『なんだ・・・?』
そう首を傾げた時、コハルが何かを差し出しだした。
「ほら、土産じゃ」
「え?あ・・・どうも・・・・・」
差し出されたのは、火の国にある火の国温泉の温泉饅頭。
「二週間ばかり行って、今帰ってきたんじゃが・・・なかなか良かったぞ?」
「そりゃ、結構な事で・・・・・」
ここんとこ見ないと思ったら、温泉に行ってたのか。でも、なんで俺に土産??
再び首を傾げると、近づいたコハルが見上げてきた。
「で・・・どうじゃ?気に入ったかの?」
「は?・・・ああ、饅頭はまだ食べてないのでなんとも・・・・・」
「馬鹿者、饅頭のことではないわ!・・・ワシがお前の為に用意した誕生祝のことじゃ!」
「誕生祝・・・?」
「この前のお前の誕生日に祝いを贈っておいたろう?」
気に入ったか?
期待を込めた目で答えを促すコハルを、カカシは困惑した様に見つめた―――