瞳を揺らしてこちらを見つめた後、イルカはふぅ・・・と重い息を吐いた。

「コハル様、戻ってたんですね・・・」
「・・・さっき帰ったばかりだと言ってたよ」
「そうですか・・・もう少し時間を稼げるかと思ったんですが」
「・・・やっぱりアンタ、誰かの身代わりで俺に近づいたの?」
「―――そうです。」

その言葉に、ズキリと胸の奥が痛んだ―――




 ★カカ誕2008★ 『バースデープレゼント』・・・8 




元々、何か訳ありで近づいてきたのだろうとは、思っていた。
だけど・・・二人で過ごす時間が、あまりにも心地よくて――――
もう、この人が側にいてくれるならどんな理由でもいいと・・・そんな気分になっていた。
だけど・・・・・・愛しいと気がついてしまった今は、やはりその言葉は痛かった。

「・・・・・本当は、コハル様ご推薦のくの一があの任務につくはずだったんだーね?」
「そうです」
「ま、ちょっとおかしいなとは思ってたのよね・・・」

大名の姫の護衛。しかも父親の大名が色々問題を抱えているので、狙われる危険性が大きかったあの任務。
大名が金に糸目をつけなかった為、上忍ばかりの班編成になったのは納得できたのだが・・・ 後から『サポート』として、イルカが配属された時、妙だと思っていたのだ。
何故なら、護衛対象は『姫』。・・・こんな時には着替えやら湯あみやら、女しか入りこめない場所にも張り付ける、『くの一』がつくのが普通だからだ。
それなのに、サポートとしてきたのは男。
だが、拝命書はちゃんとしたものだったし、くのいちはやはり数が少ない分慢性的に人手不足ではあるし・・・相手方からもクレームがつかなかった為、そのまま任務についたのだが。
――――まさか、入れ替わっているとは思わなかった。


「なんでそんなことを?・・・まさか、前々から俺のこと好きで、近づくチャンスを覗ってたとか?」


内心で『そうだったらいいのに・・・』と呟きながら、皮肉めいた口調で問いかける。
けれど―――そんな訳無いとは、最初のイルカの態度から分かっていた。

「・・・あなたは高名な忍だから、もちろん名前は存じてました。でも、あなただから近づいた訳じゃありません。相手が偶然あなただったんです」
「うわ、ひどっ!」

茶化した口調で返したけれど、心の中でもう一度同じ言葉を呟いた。

『ひどい、よね・・・』

こんなに好きにさせといてから、俺じゃなくても良かったなんて。
ああ、なんか泣きたくなってきた―――
じっと見つめていると、イルカは居心地悪そうに身をよじった。

「・・・話しますから、一度どいて頂けませんか?」

・・・逃げませんから。
視線を逸らして言うイルカに、カカシは彼の上から退いて、黙って拘束を解いた。
置きあがってソファーに座りなおしたイルカは、拘束されて痺れたのか、手を少しさすってからカカシを見つめた。

「俺は、コハル様が選んだ人があなたの元へと向かうのを、どうしても止めたかった・・・」
「なんで?・・・・・ああ、アンタその女に惚れてるの?」

冷えた声が出た。
彼が俺に近づいた理由は惚れた女を守るためなのか?と思うと、抑えられなかった。
少し殺気がもれてしまったのか、イルカはふるりと小さく身を震わせたが、表面上は変わらない表情で、淡々と続けた。

「彼女と俺は・・・いわば幼馴染です。俺も彼女も九尾の事件で両親を失なった・・・」

彼女はコハル様に引き取られ、俺は三代目のお世話になって・・・コハル様が火影屋敷を訪ねた時など、よく一緒に遊びました。
俺、小さい頃は腕白坊主だったから、よく擦り傷なんか作って・・・一つ上の彼女は、そんな俺をいつも優しく手当てしてくれました。
―――昔を懐かしむように、イルカは遠い目をして言った。

「でも、大人になってからは会う事も少なくなりました。俺は内勤だし、彼女は火の国に常駐の、長期里外任務に出ていましたから」

だがつい一月ほど前、三代目のお使いで火の国に行った時、久々に彼女に会う事ができた。

「彼女は、『好きな人が出来た』と幸せそうにいってました」

大名屋敷に勤める衛兵で、一緒に大名の警護しているうちに仲良くなったと。
『忍ではないけれど、彼を愛してしまった。叶うなら彼と結婚して、彼の側にずっといたい』と、言っていた。
俺は祝福しました・・・幼い頃辛い体験をした彼女。大きくなっても、くのいちとして色々と辛い任務をこなしてきたのを知っていましたから。

「その時は、幸せそうな彼女に『結婚式には呼んでくれ』と笑って別れました」

恥ずかしそうに頷く彼女を見て・・・次に会うのは結婚式の日かと、そう思っていた。
―――だが、次に彼女に会ったのは、里内だった。

「顔色の悪い彼女を問い詰めたら、彼との事をコハル様に反対されたと言っていました。『木の葉の忍として生まれたのだから里を守ることがお前のつとめ、忍びの里にとってチャクラを持つ子は里の宝・・・里の中の優秀な男と一緒になり、子をもうけよ』と・・・」
「断ればいいじゃないの、そんなの」
「彼女はコハル様に恩義を感じているんです・・・親を無くして絶望していた彼女を受けとめ、守り・・・厳しい中にも慈しみを持って育ててくれたから。忍の技も、彼女はコハル様から全て教わった。彼女にとって、コハル様は親であり、師匠であり・・・大恩ある人なんです」

そのコハル様からの命を、彼女は断れなかった。
背いて逃げる事も、出来なかった―――

「俺が会った時は、彼女は全てを諦めていました。どうやら彼には一方的に別れを告げてきたようです。まだ間に合うから俺がコハル様に嘆願すると言っても、首を横に振るばかりで・・・『コハル様を裏切る事は出来ない』と、ただそう言うばかりでした」

でも、俺は諦められなかった・・・彼女の幸せを。

「俺は、コハル様が見合いなどではなく、任務に乗じて選んだ相手に近づけるつもりなのをつきとめました。相手であるあなたがこの縁談を了承しておらず、彼女があなたを誘惑するよう命ぜられているのも」

それならば、頑固なコハル様に嘆願してヘタに話をこじらせるよりも・・・まずは時間を稼いで打開策を練ろうと思った。

「あなたをやりすごせば、この話は行き詰まり、少し停滞するはずですから」
「・・・なんで?あのバァサン、やる気満々なんでしょ?すぐに次の候補見つけるかもしれないじゃないの?」
「あなたから了承も得ていないのに『祝い』などと名目をつけて強引に送りこもうとしているんですよ?多分、あなたに直接話をすればにべも無く断られるのを分っているのに、諦めきれないんです。きっと、『候補』など考えておらず、コハル様はどうしても彼女をあなたと添わせたいんだと思います」

まずはあなたとの縁談を壊し、時間を作る。
その間に、本命に断られて次を考えあぐねて迷っているコハル様を説得するつもりだった。
もちろん、彼との事を諦めて虚ろな目をしている彼女も。
―――だから、任務を差し替えた。

「あなたと話をつける為と、彼女がコハル様の命を実行に移すのを避ける為・・・コハル様が温泉に出かけた後、彼女にはこっそり別の任務に入れて、俺が代わりにあの任務につきました」
「別の任務に入れて・・・って、そんな簡単に変えられないでしょ?」
「俺は三代目の秘書のような仕事もしてるので・・・実は、任務の人員振り分けなども手伝っています。だから、班員を入れかえるのは割と簡単なんです」
「ええ〜!?」

カカシは驚きの声を上げた。
まさか、中忍が任務班編成なんかやってるとは思わなかった。
・・・・・・この人、やっぱり只者じゃないかも。

「・・・もしかして、コハル様が温泉に行ったのも、アンタのさしがね?」
「ええ、里にいられるといろいろと面倒ですからね。俺が昔馴染みの大名の奥様に誘ってくれようお願いしたんです」
「・・・・・アンタ、大名の奥方とも知り合いなの?」
「三代目のお供で何度もお会いしてまして・・・俺のことを気に入ってくださって、良く声をかけていただいていたので、『コハル様がこのごろ体調不良のようだ』と言ってみたら、いい温泉があるので連れていってくださると」
「・・・よくアンタのさしがねだって、コハル様にバレなかったねぇ?」
「奥様に『コハル様は年より扱いして心配するとすごく怒る』と言ったら、『あなたに教えてもらったのは内緒にしてあげる』と言われました」
「・・・・・・ホント、要領いいって言うか、ソツがないっていうか」

カカシは、感心したような呆れたような、複雑な溜息をついた。
この人、本当に中忍なの?と、疑いたくなってくる。

「でもさ・・・俺、アンタに何も言われてないよ?その女を振るように話をつけるつもりで任務にもぐりこんだんだよね?」
「それは・・・・・・」
「・・・・・なによ?」
「任務中に他の上忍の方から、あなたは女癖がとても悪いと聞きまして・・・」
「あらー・・・」

カカシはバツが悪そうに頭を掻いた。
別に女をとっかえひっかえだったのは本当だから何も言うことないけど・・・好きな人にそう言われちゃうと、なんとなく居心地悪い。

「ヘタに打ち明けて、逆に興味を持たれては困るとおもいまして・・・あなたがコハル様の思惑に乗って結婚するとはおもえませんでしたが、その・・・」
「結婚はしないけど、味見はしちゃうかもと思ったわーけね?」
「まぁ、ハッキリ言えばそうです。どうするか思案していたら丁度あなたに貸しを作ることができ、あなたはその礼をすると言った・・・なら、とりあえず俺があなたの恋人の位置に納まってしまおうと」

イルカは俯いてそう呟く様に言った。

「そうすれば、任務から帰った彼女があなたを誘惑にきても、思い留まらせる事ができるし。それに・・・・・」

そう言って言葉を切るイルカに、カカシはハタと思い当たった。

「もしかして、その『彼女』・・・カエデとか言う女?」
「え、なんで知ってるんです!?」
「誘われたからねぇ、昨日の夜」
「カエデは帰ってきてたんだ・・・!そ、それで・・・どうしたんです!?」
「・・・断ったよ。アンタ、浮気はダメだって言ったじゃない?」
「・・・はぁ〜〜〜」

大きく息を吐いて安堵するイルカに、ムッとした。

『俺が何をいっても、何をしても、いつもすました顔して落ち着き払っているくせに・・・あの女の事となると、そんなに動揺するわーけね』

カカシが剣呑な視線を送っているのにも気付かずに、イルカは目を伏せてホッとした様に胸に手を当てた。

「良かった・・・後は、コハル様を説得できれば・・・・・」
「そう上手くいくかねぇ?あのバァサン、手ごわいよ?」
「それはわかってるんですが・・・」
「ま、せいぜい頑張って?ところで・・・カエデって女は振った訳だし、俺達の『恋人ごっこ』も終わり?」

あえて、聞いた。
イルカの行動は全て『カエデ』の為。
それなら、もう俺には用がないのだろう・・・
なかばヤケになってそう聞いたのだが、意外にもイルカは言葉を詰まらせた。

「え・・・・っ」

その様子に淡い期待を抱くが・・・自分を警めるように、軽く頭を振った。
さっきも言ったが、この人が俺の側に居るのは、全てその女の為なのだ。
・・・ということは、俺と別れない事で、まだ女の為に何か出来るという事だ。
――――そういえば。

「そういえば、アンタさっき『それに』っていったよね?アンタが俺の恋人になった訳、もう一つあるんでしょう?」
「・・・・・」
「・・・今更隠してもダメだよ。さっさと吐きな」

そう言うと、イルカはしぶしぶと言った感じで口を開いた。

「こんな風に縁談を進める所を見ると、コハル様はあなたの事も気にかけていて、良い女性と結婚させたいと思っているんだと思います。だから・・・あなたが男と付き合うのも、コハル様には我慢できない事なのではないかと・・・」
「―――つまり、コハル様が俺達のことに難癖つけてきたら『別れてやるから、彼女を自由に結婚させてやれ』とか、言うつもりだったって訳?」
「・・・・・上手く行くかはわからないですけど、打つ手はなるべく多い方がいいでしょう?」

あくまでも淡々と語るイルカに、沸沸と怒りが沸く。

『なによ、それ』

恋人になったのも
恋人の地位にすがるのも――――すべて、その女の為。

元々それが目的だったわけだけどさ。
でも・・・・・・じゃあ、俺は?
アンタにいいように振りまわされて、アンタの思惑に踊らされて。



――――――いつのまにか、アンタを愛してしまった俺の気持ちは、どうすればいい?



「アンタ、会った時から思ってたけどさ・・・・・・・いい度胸だね?」
「・・・・・・すみません」
「謝れば済むとおもってんの?」


まさか、タダで済むと思ってないよね?


今度は腹の底から、冷えた声が出た――――




説明長くてすみません><。
ちょっとシリアス気味に・・・・・可愛さあまって、ブチギレ寸前?


back     next    ナルト部屋へ