今度は殺気を抑えなかった。
だって・・・憎らしいじゃないの?
アンタから近づいてきたくせに。
初めて好きになったのに。
――――俺のモノにならないなら殺してしまいたいと、衝動的に思ってしまうほど・・・
愛しいと気がついてしまったのに。
『どうしてくれよう?』
そう思いながら、その頬に手を滑らせると。
殺気で息が碌にできないらしい彼が『う・・・』とあえぐのが聞こえた―――
★カカ誕2008★ 『バースデープレゼント』・・・9 
「くっ・・・・は・・・ぁ」
息苦しげに喘ぐイルカを見つめていたカカシの殺気が、急に消えた。
「はあっ・・・はぁ、は・・・ぁ」
苦しさが取れ、肩を上下させて、息を整えるイルカ。
その姿を見ながらカカシの思っていた事は―――
『・・・・・いろっぽーい・・・・・・』
ハァハァと荒い息をするイルカを、うっとりとした目で見つめる。
喘ぐ声。
苦しくてもがいたため、乱れて顔に掛かる髪。
先ほど自分が引き裂いたせいで、露になった胸元。
―――――すべて、そそられる。
『いつもと全然違う・・・』
恋人としてカカシの側にいたイルカだったが、色気を感じさせるような仕草は全く無かった。
上下関係は一応把握しているようで俺に対して敬語は使っているけれど、でも媚びることなくキッパリとした態度は男らしいし。
料理をしている後ろ姿だって、無駄の無い動作と流れるような包丁捌きに、『恋人の手料理』なんていう甘いものは全く感じず、腕のいい板前を雇ったような気にさえなった。
それ以外の仕草だって、何をやらせても出来あがりは繊細で完璧だが、やってる時の動作自体は男臭いもので・・・・・全く色気は感じなかった。
まぁ、もともと彼は俺が好きで近寄った訳ではないから、色気なんて出すつもりも無かったろうけど。
―――それにしても、『恋人』なんて言って近づいた割には、あんまりな『色の無さ』だったと思う。
だから、俺がこの人を好きになったのは色気にやられた訳ではない。
なにやってもソツなくこなす手際良さに感心して。
垣間見える頭の回転の早さに、唸り。
そっけない中に見つけた優しさに、じんわりして。
柔らかさが加わった笑顔に、温かくなって。
――――――それで、好きになった。
好きと気がついてからは『この人なら、抱けるかも』とは思ったが、セクシャルな興奮を酷く覚えたと言う訳ではなかった。
それなのに。
やっと息がととのって、漏らした溜息やら
乱れた為、面倒くさそうに括っていた黒髪をとく仕草やら
その際、破れた服の間からチラチラ見え隠れする、胸の突起やら
―――――どれを見ても、ドクドクと心臓がうるさい。
その乱れた長い黒髪の間から、イルカがこちらをギロリと睨む。
先ほどの殺気に怯む事も無く、怖れて縮こまることもなく。
強い瞳で、こちらをまっすくに見つめてきた。
だがその瞳には、先の苦しさの為に生理的に浮かんだ涙で潤んでおり、頬も咳き込んだ為かうっすらと紅潮していた。
いつもきちんとしている髪・服が乱されているのとあいまって、その姿は酷く扇情的に見えた。
『なによ、これ・・・今度は色気で俺を翻弄する気!?』
高鳴る鼓動にうろたえていると、イルカがすっくと立ちあがった。
何をするつもりなのかと、見つめていると、彼は中途半端に破かれた上服を、自分の手でビリリと引き裂き、投げ捨てた。
驚きでカカシが目を見開いていると、ソファーの下に敷いてあるラグの上に、イルカはどっかりと胡座をかいた。
「上忍のあなたを欺くのですから、覚悟はしてました」
上半身裸で胡座・・・という男らしいスタイルで、イルカはきっぱりと言い放った。
「覚悟、ねぇ・・・」
「ええ。けれど・・・その前に。カカシさん、あなたカエデと会ったんですよね?会って見てどうですか?結婚してもいいと、気持ちが変わりましたか?」
「え?・・・まぁ、いい女だとは思ったけど?でも、子種目的の相手・・・まぁ彼女の場合、彼女自身じゃなくて欲しがってるのはバァサンだけど・・・に付き合う気は無ーいね」
「・・・・・そうだと思いました。ならば、その件に関しては、俺達の利害は一致してる訳ですよね?」
「・・・・・・・取引しようっての?」
「手を組んで欲しいといってるんです」
ジロリとカカシはイルカを睨むが・・・
彼はそれに怯むことなく、見つめてきた。
「貴方は、他人の思惑に乗って結婚する意志はないし、俺は・・・カエデを幸せにしてやりたい。・・・この縁談、断っていただけないですか?」
「・・・この後に及んで、俺に指図するとは―――やっぱりイイ度胸だーね?」
「指図などしてません・・・・・・お願いしてるんです」
胡座を止め、正座に座りなおしたイルカがこちらを見上げる。
強い意思を表していた彼の瞳が一転、不安そうな光を湛えて・・・揺らいだ。
「お願いです・・・・・・・・カカシさん」
くらり・・・と、眩暈のような感覚に襲われる。
ああ、いかんいかんと、自分を窘めた。
この人は、あの女の為に、俺にすがっているだけ。
だけど・・・媚びる事も甘える事もなく、何かを俺に強請ることをしなかったイルカが、必死に俺にすがる姿がいとおしかった。
『こういうの、惚れた弱みって言うのかね・・・・・これも初体験だーよ』
はぁ・・・と内心で溜息をついて。
心の中で『まぁ、俺だってこんな縁談ごめんなわけだし』と自分に言い訳してから、口を開いた。
「・・・わかった」
「・・・!ホントですか!?」
ガバリと顔をあげ、腰を浮かせて膝立ちでイルカがカカシのズボンにすがりつく。
上半身裸で足なんかにすがられると・・・なんかもう、色々とテンションあがる!!
が・・・なんとか、努めて平静な声で返した。
「確かに俺としてもこの縁談に乗る気は無い訳だし・・・いいよ、断ってあげる」
「カカシさん・・・!ありがとうございます!!」
歓喜と感謝に溢れたイルカの顔に、くすぐったいような嬉しさを感じるが―――
イルカは、すぐにその表情を引っ込め。・・・ついでに俺にすがっていた手も引っ込めて、またどっかと胡座を掻いた。
「それでは―――――どうぞ?」
「は?どうぞって・・・なにを?」
「制裁されるんでしょう?」
「・・・・・・・・制裁、ね。いいの?」
「ええ、あなたを利用したのは確かですし、あなたには制裁する権利があると思います」
「制裁の権利ねぇ・・・」
「ただし、今は半分にしてもらえませんか?」
イルカの言葉に、カカシは首を傾げた。
「半分・・・?」
「半殺し程度で今は抑えていただけないかと言っているんです」
「命乞いするの?」
「はい・・・まだ、コハル様の説得が終わってませんから」
全て終わったら、残りも受けますから―――お願いします。
イルカはそのまま、床につくほどに頭を下げた。
潔い男の仕草。
女を守れるなら、己の命を捨てる覚悟の彼に・・・カカシは問いかけた。
「ねぇ・・・アンタ、やっぱりカエデが好きなんじゃないの?」
惚れているからそこまでできるんじゃないの?
そう聞くと、イルカはゆっくりと頭をあげた。
「そうかもしれません・・・」
「やっぱりね」
「でも、そうでないかもしれません」
「・・・なによ、それ」
眉を寄せるカカシに、イルカは床の一点をぼんやり見つめて言った。
「彼女の事は、もちろん好きです。・・・でも、恋愛か?と聞かれると、わかりません。彼女をちゃんと一人の女性と見ていますし、彼女に抱きつかれれば俺は赤くなってうろたえるでしょう。けれど、彼のことを嬉しそうに話す彼女を、心から祝福もしているんです」
彼女の幸せの為に命をかけても惜しくないと思います。
けれど、だからと言って俺が彼女の隣に立とうと言う訳じゃない。
俺とじゃなくてもかまわないから、彼女には笑っていて欲しいと、幸せでいて欲しいと、そう思うんです。
―――そう言ってから、イルカはカカシを見つめた。
「たぶん、彼女は俺の初恋であり、俺の憧れの女性であり、血は繋がっていないけれど、俺の姉でもあるんだと思います」
「ふうん・・・」
『姉』という言葉が出る辺り・・・恋というより、肉親の愛情に近いものなんだろう。
落ちこんでいた気分が、少し浮上する。
――――それなら、俺にもチャンスはある?
「ねぇ、ならさ・・・俺のことはどう思ってた?」
「は?」
「アンタが女の為に俺に近づいたのは分ったけどさ、アンタ家事とか一生懸命やってくれてたでしょ?全て演技なの?」
「あなたが男には興味が無いのは知ってましたし・・・俺は女じゃないから、あなたの側に置いてもらうには、役に立つところを見せないとと思って・・・」
「膝枕の耳掻きも?」
「・・・・・あなたの頼みは聞いた方がいいと」
「いつ帰るかわからないのに、俺の分のご飯作って待ってたことも?」
「・・・・・」
「最初は碌でもない男と思ったから、カエデの事を頼むのを止めたんでしょ?でも、今は・・・?一緒に暮らしてみて、俺という人間・・・やっぱり嫌い?」
腰を折って、彼の目の前に顔を近づけ、見つめた。
「ねぇ、俺の事どう思ってる?」
「・・・その、噂とは違うな・・・と」
「どういう風に?」
「確かに女性関係は派手だったのかもしれませんが・・・酷い人間ではない、と。俺をちゃんと人間的に扱ってくれてましたし、俺がした労働にいちいち礼を言ってくれました。・・・無理に入りこんだんですから、やって当たり前どころか、奴隷のように扱うことも出来た筈なのに。そもそも、上官なんだし・・・あんな口約束、反故にだって出来た筈です。でも、あなたはそうしなかった」
あなたの側にいるのは、予想に反して心地よかった・・・嫌いじゃ、ないです。
その言葉に・・・カカシは満足げに、にっこりと笑った。
「そ・・・良かった。ところでさ、まだ制裁受ける気ある?」
「もちろんです。・・・煮るなり焼くなり、好きにしてください」
「好きにしていいの?」
「はい。お気の済むように」
「そう・・・」
カカシは頷くと、とん・・・と、イルカの肩を押して、床の上に転がした。
そして、されるがままに仰向けに転がったイルカの上に、圧し掛かる。
「でもねぇ、俺・・・制裁はもういいや?」
「は?」
その言葉に、イルカはカカシの下できょとんとして瞬きをした。
カカシは『こんなあどけない顔もするーんだ。かーわい♪』などと思いつつ、女なら一発で落ちるような魅力的な笑みで微笑んだ。
「だから、これ・・・制裁じゃなくて、『愛』だかーらね?」
「はぁ?あの、カカシさん、いったい・・・・・・・んぅ!?」
―――訳分からんといった感じで、何かをいい募ろうとしたイルカの唇を、キスで塞いだ。