薬の小瓶をテーブルに置いて、綱手はカカシを振り返った。

「さて・・・どうだい、カカシ?」

診療台の上に座っていたカカシは、里長の問いかけに瞑っていた目をゆっくりと開けた。
パチパチと瞬きをしてから、にっこりと笑う。


「いいみたいです」


脳裏に焼き付いた、黒髪の残像が消えました。
カカシの答えに、側にいたイルカがホッと息を漏らすのが聞こえた―――



 ★カカ誕2009★ 『魅惑の黒髪』・・・10 




里長は満足そうに頷くと、腕を組んでカカシを見下ろす。

「これに懲りたら、女には気をつけるんだね」
「・・・別に女だから油断した訳じゃないんですけーどね」
「そうかい?なら、今回くらっちまったのは、今まで弄んできた女達の呪いかもしれないねぇ」

意地悪な笑みを浮かべる綱手に、カカシは渋い顔をした。

『ホント、意地悪なんだから・・・イルカ先生の前でそんなこと言わなくてもいいのに』

これから愛を乞おうとしている相手の前で、そんな揶揄はやめてくれ・・・とは思ったが、逆らったら更に手ひどいしっぺ返しを食らうのは経験上身にしみている。
カカシは溜息を漏らすに留めて、話題を変えた。

「それにしても、薬・・・しばらく手に入らないんじゃなかったんですか?」

手に入らないというのは実は嘘で、面倒だから後回しにした・・・とかじゃないでしょうね?
不審げに見つめてそういったら、頭を叩かれた。

「・・・殴んなくてもいいじゃないですか」
「若造が生意気いうからだ!私はそんな狭い了見の女じゃないよ!?」
「・・・じゃあ、運良く例の薬草が手に入ったんですか?」

了見は狭くないけど、面倒くさがりのくせに・・・。
内心で愚痴りながら聞いてみると・・・何故かチラリと横目で見下ろされた。

「まぁ・・・ね。丁度手に入ってね」
「・・・そうですか」

どこか含むところがありそうなその視線を、訝しく思うが・・・。
それを問う前に、綱手はカカシの隣に立っているイルカの方を向いた。

「イルカも災難だったね。偶然居合わせたばかりにカカシのヘマに付き合う羽目になって」
「え?あ・・・いえ・・・・・」
「でも、もう大丈夫だよ。暗示は解けたからね?」

仕方なかったとはいえ、嫌な思いもしただろう。
詫びに何か欲しいものをせしめてやりな?
身包み剥ぐくらいせしめたって大丈夫だよ?またすぐにSランク任務をわんさか入れてやるから、コイツの懐は問題ないよ。
何気に酷い事を言いつつカラカラと笑う里長に、イルカは困ったような顔で笑った。

「いえ・・・詫びなんか、別に」
「階級が下だからって、遠慮なんかしなくてもいいんだよ?」

大体、お前は専任じゃないだろう?
それなのに、里に帰ってからも毒抜きに指名する腐れ上忍なんかに、遠慮なんか要らないさ。
剣呑な視線でカカシを見つめてそう言う里長に、カカシはぐっと言葉を詰まらせ、イルカは慌てたように手を横に振った。

「えっ・・・ち、違いますよ、火影様!どうやら中途半端にかかった術が、最初の相手だった俺で補完してしまったみたいなんです。カカシさんは、俺でしか治まらなくなっちゃったから、仕方なく俺のところに・・・」
「そうなのかい?・・・ああ、だから椿が・・・・・」

知った名を聞いて、カカシは顔を上げるが・・・綱手はカカシの瞳の問いに答えることはなく、不思議そうに首を傾げている。

「・・・でも、おかしいねぇ・・・」
「え?」
「あの術は薬の効果と印とを組み合わせて初めて発動するものだ。暗示を刻めるのは印を組んでいる間だけ。途中だろうがなんだろうが、印を組む者を葬ったら、そこで術は終わりだ。後で補完することなど無い筈なんだが」
「ええっ!?」

唖然とするイルカとぎょっとするカカシを見比べて、綱手は肩を竦めた。

「確かに暗示は黒髪だけだったから、黒髪の中から好きなのを選ぶのは可能だが・・・でも、禁断症状が出たら見境が無くなる筈だ。自分の意思ではなんともならないからこそ有効な術なんだよ。それなのに、まだ選り好みできるなんて・・・さすがカカシだねぇ」

綱手は妙なところに感心してから、じっとカカシとイルカを見比べて呟いた。

「まさか、お前がねぇ・・・」
「・・・・・」

綱手の見透かしたような呟きに、カカシは居心地悪そうに視線を逸らす。
そんな二人を見て、イルカだけが訝しげに声を漏らした。

「火影様?」
「・・・何でもないよ。ま、とにかく術は解けた。帰っていいよ」
「え・・・あ・・でも?」

釈然とせず躊躇するイルカを、綱手はとっとと部屋の外へと追い出す。
カカシはそれに続こうと立ち上がってドアに向かっただったが。
―――すれ違いざま、綱手が呟くのが聞こえた。

「・・・お前にいい女を紹介してやりたかったんだが、無理みたいだね」

溜息交じりの呟きに、立ち止まって、聞き返した。

「・・・・・薬草を持ってきてくれたのは、椿ですか?」
「火の国の大臣が持っていたのを知ってたらしいね」

そいつのこと『エロオヤジだから、えけすかない。もう任務を回さないで欲しい』って言ってたんだけどね。
自分が持ってきたと言わなくていいと言われたんだが、なかなか健気だと思ってね?勝手に一肌脱ごうと思ったんだが。
―――綱手はそう言って苦笑した。

「お前が禁断症状を消せないでいるってことで、手に入れてくれたらしいが・・・女の前でかっこつけたわりには、あっさりイルカに泣きついたのかい?」
「夕方彼女に会いましたから・・・見るに見かねて手を貸してくれたんですね。泣きついたと言われれば・・・まぁ、反論できませんね」

自分から泣きついた訳ではなくイルカが気がついてくれた訳だが・・・女々しく彼のアパートの前でウロウロしてたのだから、そう言われても仕方が無い。

「ふぅん・・・と言う事は、まだ片思いか。なぁ、カカシ。今からでも乗り換える気はないかい?ちょっと勝気で素直じゃないが、あれはいい女だよ?イルカは男じゃないか・・・不毛だよ」
「・・・・・綱手様らしくないですね、他人の色恋に口出しなんて」

イルカとの事を反対するような言葉に、カカシは眉を寄せる。
たとえ里長だとしても、口出しして欲しくない事だ。
不毛・・・などと言うところを見ると、はたけ家の子孫を残せとか、そういうことだろうか?
今まで幾度と無く言われてきた上層部の言葉を思い出しつつ不満げに里長を見つめると、彼女がもう一度溜息をつくのが見えた。

「だって勿体無いじゃないか―――――――イルカが」

お前なんかにやりたくないねぇ。
―――ふぅと息を吐きながら『お前なんか』を強調しつつ首を横に振る綱手に、カカシは顔を引きつらせた。
そりゃイルカ先生は勿体無い程可愛いけど・・・・・俺は?

「お前はどうでもいいが・・・ああいう真っ直ぐな男ってアタシ好みなんだよね。男にやるのは勿体無いねぇ」

そんな事を言う綱手に、カカシはぎょっとしたように彼女を見た。

「だ、ダメですよ!どれだけ年離れてると思ってるんですか!?」
「男とよりはマシだと思うけどねぇ?」
「ダメです!イルカ先生はオレのです!!」

こんな気持ち初めてなんですからっ!
そう勢い込んで訴えると、綱手はふふんと笑った。

「片思いのくせに大きな口を叩くんじゃないよ?・・・まぁ、面白いもの見れたから、今日のところは譲ってやるよ」

十代の時より青臭い顔しやがって。
くくっと人の悪い笑みを浮かべてから、綱手はくるりと踵を返して、ひらひらと手を振った。

「もう行っていいよ―――後で、椿には礼をいっときな」

カカシは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも綱手の言葉に頷いて、そして部屋を出て行った。



******



「ったく・・・たちの悪いばーさんなんだから」

さすがにもう聞こえる事はないだろうという場所まで離れてから、カカシは忌々しげにそう呟いた。

「とはいえ・・・綱手様のは冗談にしても、うかうかしてたら誰かに持っていかれる可能性はあるよね」

暗示が解かれて、はっきりした。
彼を好きだと言う気持ちは、やはり暗示の所為なんかじゃない。
―――なら、今から行くべきところは、唯一つ。

カカシは先に部屋を出たイルカを探すべく、闇の中に踏み出した―――




綱手様に遊ばれてます(笑)


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