「さて・・・どうだい、カカシ?」
診療台の上に座っていたカカシは、里長の問いかけに瞑っていた目をゆっくりと開けた。
「これに懲りたら、女には気をつけるんだね」 意地悪な笑みを浮かべる綱手に、カカシは渋い顔をした。 『ホント、意地悪なんだから・・・イルカ先生の前でそんなこと言わなくてもいいのに』
これから愛を乞おうとしている相手の前で、そんな揶揄はやめてくれ・・・とは思ったが、逆らったら更に手ひどいしっぺ返しを食らうのは経験上身にしみている。 「それにしても、薬・・・しばらく手に入らないんじゃなかったんですか?」
手に入らないというのは実は嘘で、面倒だから後回しにした・・・とかじゃないでしょうね?
「・・・殴んなくてもいいじゃないですか」
了見は狭くないけど、面倒くさがりのくせに・・・。
「まぁ・・・ね。丁度手に入ってね」
どこか含むところがありそうなその視線を、訝しく思うが・・・。
「イルカも災難だったね。偶然居合わせたばかりにカカシのヘマに付き合う羽目になって」
仕方なかったとはいえ、嫌な思いもしただろう。
「いえ・・・詫びなんか、別に」
大体、お前は専任じゃないだろう?
「えっ・・・ち、違いますよ、火影様!どうやら中途半端にかかった術が、最初の相手だった俺で補完してしまったみたいなんです。カカシさんは、俺でしか治まらなくなっちゃったから、仕方なく俺のところに・・・」 知った名を聞いて、カカシは顔を上げるが・・・綱手はカカシの瞳の問いに答えることはなく、不思議そうに首を傾げている。
「・・・でも、おかしいねぇ・・・」 唖然とするイルカとぎょっとするカカシを見比べて、綱手は肩を竦めた。 「確かに暗示は黒髪だけだったから、黒髪の中から好きなのを選ぶのは可能だが・・・でも、禁断症状が出たら見境が無くなる筈だ。自分の意思ではなんともならないからこそ有効な術なんだよ。それなのに、まだ選り好みできるなんて・・・さすがカカシだねぇ」 綱手は妙なところに感心してから、じっとカカシとイルカを見比べて呟いた。
「まさか、お前がねぇ・・・」
綱手の見透かしたような呟きに、カカシは居心地悪そうに視線を逸らす。
「火影様?」
釈然とせず躊躇するイルカを、綱手はとっとと部屋の外へと追い出す。 「・・・お前にいい女を紹介してやりたかったんだが、無理みたいだね」 溜息交じりの呟きに、立ち止まって、聞き返した。
「・・・・・薬草を持ってきてくれたのは、椿ですか?」
そいつのこと『エロオヤジだから、えけすかない。もう任務を回さないで欲しい』って言ってたんだけどね。
「お前が禁断症状を消せないでいるってことで、手に入れてくれたらしいが・・・女の前でかっこつけたわりには、あっさりイルカに泣きついたのかい?」 自分から泣きついた訳ではなくイルカが気がついてくれた訳だが・・・女々しく彼のアパートの前でウロウロしてたのだから、そう言われても仕方が無い。
「ふぅん・・・と言う事は、まだ片思いか。なぁ、カカシ。今からでも乗り換える気はないかい?ちょっと勝気で素直じゃないが、あれはいい女だよ?イルカは男じゃないか・・・不毛だよ」
イルカとの事を反対するような言葉に、カカシは眉を寄せる。 「だって勿体無いじゃないか―――――――イルカが」
お前なんかにやりたくないねぇ。 「お前はどうでもいいが・・・ああいう真っ直ぐな男ってアタシ好みなんだよね。男にやるのは勿体無いねぇ」 そんな事を言う綱手に、カカシはぎょっとしたように彼女を見た。
「だ、ダメですよ!どれだけ年離れてると思ってるんですか!?」
こんな気持ち初めてなんですからっ! 「片思いのくせに大きな口を叩くんじゃないよ?・・・まぁ、面白いもの見れたから、今日のところは譲ってやるよ」
十代の時より青臭い顔しやがって。 「もう行っていいよ―――後で、椿には礼をいっときな」 カカシは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも綱手の言葉に頷いて、そして部屋を出て行った。
さすがにもう聞こえる事はないだろうという場所まで離れてから、カカシは忌々しげにそう呟いた。 「とはいえ・・・綱手様のは冗談にしても、うかうかしてたら誰かに持っていかれる可能性はあるよね」
暗示が解かれて、はっきりした。 カカシは先に部屋を出たイルカを探すべく、闇の中に踏み出した―――
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