イルカの言葉に僅かに顔を歪めて。
カカシは内心で、相手を探してくるよう頼んだ暗部の後輩を毒づいた。
『梟のやつ・・・伽って言ったの?』
なんでそんな『慰安を強要している』ような言い方すんの!?
もう少し言いようがあるでしょうよ?もっと、のっぴきならない事情あることを匂わせるとか!?
しかも、それを言ったのがこの人に向かってだと思うと、なんだか泣きたくなる。
『でも』
言い方を変えたところで・・・やってもらう内容は、結局同じだ。
―――言い訳しても仕方ないと、カカシは肩を落としつつ、頷いた。
「ええ・・・」
頷いた拍子に、ポタリと地面に汗の粒が落ちた。
★カカ誕2009★ 『魅惑の黒髪』・・・2 
戦場で上官から伽を申し付けられるのは、よくある事だ。
だが正式な強制力はないし、里としても認めている行為ではない。
・・・しかし、それは暗黙の了解として存在していた。
だが、カカシは今まで一度たりともそんな要請をしたことは無い。
幼い頃から戦場で育ったから、血を見るなんて日常茶飯事で。
戦闘と血で猛り、高ぶってどうしようもない・・・などと言う事が無かったのだ。
それに、相手にも不自由しなかった。
里内はもちろん、戦場でさえ、こちらが依頼しなくとも相手の方から擦り寄ってくる。
男を相手にしたことは無かったが・・・女となら、お互いの合意の上での行為は、戦場でも経験があった。
―――が、断じて上官の権威をカサにきて、下位のものに強要したことなど無い。
『しかも、もう収束した任務の引き上げ時に伽を強要するなんて、どんな腐れ上官よ?』
イルカ先生、呆れてるだろうなぁ。
梟の所為だ!梟が悪い!!
もう少し、言いようがあるだろう?
そしてなにより、なんでイルカ先生に声を掛けんのよ!?
心の中でそう毒づくが・・・黒髪と指定したのは自分で。
そして、しくじってこの事態を招いたのは自分なのだ。
・・・やはり、責任は自分にある。
『出来るなら、なかったことにして消えたい・・・』
切実に、そうできたら・・・と思う。
だが、今の状況でそれは出来そうもなかった。
だって、どうしても誰かに相手をしてもらわないと動けないほどなのだ。
平静を装ってはいるが、本当はどうにもならないほど切羽詰まっていた。
――確実に追い詰められていく自分を感じながら、カカシは声色だけは穏やかに言った。
「確かに俺が依頼しましたが、アナタを指定した訳ではないんです。アナタと俺の間柄じゃ、さすがに気まずいでしょ?」
階級も違うが、教え子を介して仲良くなった。
会えば他愛ない会話をし、どちらともなく誘い合って、飲みにいく。
性格が全く違うので、最初の頃はやりあったりもしたが、今では関係は良好。
彼と一緒に過ごす時間は、何故か心地よい―――かけがえのない友だとまで、カカシは思い始めていた。
『イルカ先生はどう思ってるか分からないけど・・・絶対嫌われては無い筈』
相手の気持ちは量る術もないが・・・ともかく、自分達は良好な友人関係を築いていた。
・・・そんな相手に伽を依頼されたら、気まずい事この上ないだろう。
「だから・・・他の人に頼んできてもらえないですか?」
自分の科白に、落ち込む。
この人が、伽とか・・・そんな理不尽なものを嫌っているのを知っている。
彼は真っ直ぐな人なのだ。
その彼を、人づてとはいえ伽の相手として呼びつけただけでも凹むのに、今度は自らの口で『伽の相手を探してきて』と言わなければないこの辛さ。
出来れば、この人だけには言いたくなかった科白だ。
だが・・・もう猶予は無いのだから、仕方が無い。
諦めにも似た気持ちでそう言ったのだが・・・何故かイルカは動かなかった。
それどころか、こちらに近づいてくるのが見えて、焦る。
「イルカせん・・・?」
「薬・・・ですか?」
「え・・・」
「あなたほどの人がそんなに汗を掻くなんて、それしかないでしょう?・・・媚薬の類ですか?」
イルカの言葉にカカシは目を見開き―――
そして、観念したように呟いた。
「・・・そうです」
この身は、薬に侵されていた―――