「実は、薬なんです・・・」
そう呟いて、溜息をつく。
『さすが先生、言わなくても事情を察してくれた』
だが、カッコ悪さは更に上乗せされた気がする。
・・・だって、ドジったのが、バレバレだ。
「・・・情けない話ですが、敵の死に際にくらいました。・・・誰か呼んできてください。他にも黒髪の人、いるでしょう?」
「黒髪?」
「黒髪でないとダメなんです・・・」
カカシの言葉に、イルカは訝しげに首を傾げた―――
★カカ誕2009★ 『魅惑の黒髪』・・・3 
『こんな事になるなんてね・・・』
訝しげなイルカの視線の先で、カカシは密やかに溜息を吐いた。
今回の戦は、国同士の小競り合い。
敵国が忍びを雇ったと、懇意にしている国から、急遽木の葉に依頼が舞い込んだ。
木の葉が組した国は、最初劣勢で。
怪我人も増えてきて、とうとう暗部が投入された。
・・・その指揮を任されたのが、カカシだった。
カカシはもう暗部を退いてはいたが、他の依頼が重なっていたため木の葉も人員不足で・・・駆り出される羽目に。
火影の命を受け、かつての後輩達を率いてカカシは参戦した。
暗部が投入されて、戦況は大きく変わった。
次々と相手の忍は倒れていき、勝利は目前となる。
―――最後に対峙したのは、頭部をすっぽりと布で覆ったくの一だった。
『油断していたつもりはなかったんだけど・・・』
女だからと油断するようなことは、無かった。
だから、隙を見せる事無く、そのくの一を倒した。
倒した後も、倒れた女がこと切れたのを確かに確認した。
―――だが、死んだと思った女は何かの術を使っていたようで・・・一瞬だけ息を吹き返し、自分に霧状のものを浴びせたのだ。
『つっ!?』
避けきれなくて、半分ほど浴びてしまいながら、女を振り向く。
すると、女は見なれない印を組んだと思うと、口から血を吐きながら、低く恨みに満ちた声色でこう告げた。
「お前も道連れだ・・・・・私の面影を求めて、狂い死ぬがいい」
その言葉を聞いて、カカシはハッとした。
『面影を求めて狂い死ぬ・・・?』
昔・・・何かの術を受けた後、そんな風に死んでしまった男の事を思い出した。
―――敵の女に術を受けた後、女の面影を追いながら狂い死にする仲間の死に様を。
『くっ』
頭部を覆っていた布を自らの手で一気に取り去ろうとする女―――
カカシは急いで目を閉じて。
そして、そのまま火遁を放って、くの一の体を焼き尽くした。
『間に合った・・・か?』
断末魔の叫びが聞こえなくなってから、ゆっくりと慎重に目を開ける。
目の前には、判別もつかぬほど焼き尽くされた、躯。今度は起き上がる事はなかった。
次に、自らの体を確認するが、違和感は感じられない。
カカシは、ホッとしつつそこを去った。
忍び部隊を失った相手国は脆く崩れ去り、戦いは終結。
その日のうちに木の葉にも撤退命令が出た。
部隊が撤退する中――カカシは梟だけを残して、自分の率いてきた暗部も撤収させ、自身は近くの川に入り、先程の薬を念入りに落とし始めた。
「特に、変化は無いな・・・」
薬がかかった左腕の辺りを念入りに確かめるが、目立った変化は無い。
薬自体は、それほど人体に悪影響のあるものではなかったのだろう。
甘い、この特有の匂いは媚薬系の薬だと思われるが・・・そういった強烈な欲求も感じない。
『あの女は薬を浴びせた後、印を結んでいた・・・』
つまり、薬と術・・・二つが合わさって初めて効果のあるものなのだろう。
そして、女は頭部を覆った布を取ろうとした・・・あれを途中で阻止したから、術の発動にはいたらなかったのだ。
きっと、あの時女の顔を見ていたら、今頃自ら殺めた女を狂おしく求めていただろう。
『やはり、以前見た・・・狂ったあの男が受けたのと同じ術だったみたいね。・・・気がついてよかった』
そう思いつつ水を浴び―――最後に頭まで水に潜って薬を完全に落とすと、冷たい川からあがって、再び暗部装束を身に着ける。
装束を着け終わったあたり、音も無く黒い影が隣に舞い降りた。
「先輩、どうでした?」
「ああ。媚薬系のものだったらしいが、特に影響なかったみたいだーね?」
「そうですか、良かったー!もしかして俺、貞操の危機!?とか、思っちゃいましたよ?」
ふざけた調子で軽口を叩く後輩に、しらっと冷たい視線を向ける。
「そうなっても、お前だけは絶対選ばないから心配いらなーいよ」
「ええっ〜?――先輩にだったら、俺・・・男の子の一番大切なモノ、あげてもいいっスよ〜?」
「いらない」
「うわ、ひどっ!」
大げさに泣きまねする後輩を呆れたように見つめる。
『誰がコイツに「梟」の面なんか預けたのよ・・・』
名に似合わぬ、明るくチャラい後輩に溜息を吐きながら、カカシは部隊が撤収している場所へと歩き出した。
******
部隊の撤収はかなり進んでいた。
それを見つつ、カカシは梟に振り向く。
「撤収も滞りないな・・・俺達も帰還しよう」
「了解」
今回は体力も残っているし、早く帰還して報告を済ませよう。
・・・そして、イルカ先生に会いに行こう。
『だって、お祝いしてくれるっていってたもんね。・・・今から急げばギリギリ間に合いそう』
自分の誕生祝いをしてくれると言ったあの人。
そんな事をしてもらうのは、ガキの頃のスリーマンセルの仲間以来だったカカシは、くすぐったい気持ちになりながらも、了承した。
『腕によりをかけて、うまいもん作りますね?』と―――そう言ってもらった次の日、突如ねじ込まれた今回の任務。
泣く泣く断りの手紙を式で飛ばして、任務におもむいた。
でも、今帰れば・・・彼の手料理は無理でも、一緒に酒くらいなら飲めるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、カカシは地面を蹴るべく足に力を入れる。
―――だが。
「先輩?どうかしましたか?」
動かぬカカシに、梟が訝しげに問いかける。
だが、カカシはそれに答えを返さず・・・片手を持ち上げ、頭を抑えた。
『なん・・・・・だ?』
突如襲ってきた、立ちくらみのような感覚。
くらりと揺らぐ感覚に、目を閉じて。
そして――――カカシは、息を飲んだ。
瞳を閉じた途端、脳裏にまざまざと浮かび上がる映像があった。
脳裏に浮かび上がったもの―――それは、黒髪。
『まさ・・・か』
艶やかな黒髪。
カカシの頭の中で、幻想的に揺らめく。
「黒・・・・・・髪」
誘うように揺らめくそれに、ふらりと手を伸ばす。
「先輩?」
梟の、訝しげな声が聞こえて。
ハッとして、伸ばした手をぎゅっと拳の形に握り締めた。
『・・・・・しくじった』
自分の脳裏に浮かぶ、魅惑的に揺らめく黒髪。
・・・それは、カカシが先のくの一を炎で包む前に一瞬だけ見てしまった、彼女の黒髪だった―――。