「では、黒髪でなければというのは・・・・・」
話を聞いて、戸惑った顔から真剣な顔に表情を変えたイルカが聞いてくる。
「敵の術の所為なんです。薬を併用して強烈な暗示をかける・・・そんな術にかかってしまった。あの女は、隠していた自分の顔を晒し、俺にその顔を刻み付けるつもりだったんでしょう」
あの時、女の顔を見ていたら、あの女を狂おしく求めるようになっていただろう。
薬を落としても、植えつけられた暗示は解けない。
もうこの世にいない女を求めて、強烈な喪失感と焦燥感で自らを滅ぼしてしまう。
以前同じ術にかかった男も、敵だったはずの女に恋焦がれながら狂い死んだ。
「俺は、以前に同じ術を食らって身を滅ぼした同胞を見たことがありましてね。だから、女の顔を見る前に回避できたんですが・・・髪だけは見てしまったんです。まさか、髪だけでも効果があるとは思いませんでした・・・」
そんな訳で、黒髪の者を抱かないと、収まりがつかない―――
カカシは、溜息混じりにそう告白した。
「相手を探しに行かせた梟に、この場に残っている黒髪の人は二人いると聞きました。もう一人の人、呼んでください」
「・・・それはできません」
「え?」
聞き返すと、イルカは困ったように顔を歪めて、言った。
「申し訳ありませんが・・・俺で我慢していただけないでしょうか?」
静かに告げられた言葉に、カカシは目を見開いた―――
★カカ誕2009★ 『魅惑の黒髪』・・・4 
「・・・黒髪の人、いないんですか?」
「いえ、まだいるにはいるんですが・・・」
イルカは瞳を彷徨わせた後、意を込めたようにカカシを見つめた。
「もう一人残っているのは先日16歳になったばかりの、俺の教え子です」
「・・・!」
「優秀な生徒でしたが・・・中忍試験に合格した直後に怪我をしましてね。半年ほどリハビリをして・・・この任務は、復帰後初めて中忍として与えられた任務でした」
「・・・・・」
まぁ、結果活躍は出来なかったですけど、今日はやっとアイツが中忍としてスタートした日なんです。
―――イルカはそう言って困ったように眉を下げた。
「甘いと言われるかもしれませんが・・・できるなら、今日は伽などさせたくない」
いえ、これは医療行為でですから、伽とは違いますが・・・。
カカシの顔を見て言いなおした後、イルカはもう一度懇願するようにカカシを見つめた。
「・・・今この場に残っているのは、数人です。そして、黒髪は俺と彼だけです」
梟の面をした方は、最初アイツを指名しました。
この場にはもう男しか残っていませんから、若い方を選んだんでしょう。
伽ならそっちの方が好まれるでしょうから・・・彼は俺よりずっと、見目もいいですしね。
でも・・・そこを無理に梟面の方にお願いして、俺が来ました。
―――そう言って、イルカは視線を落とした。
「あなたも、見たら俺より彼の方がいいと思われるでしょう。・・・けれど、これは医療行為なんでしょう?伽でないなら、見目とかは二の次で・・・必要なのは、行為を果たせるかどうかです」
だから―――お願いですから、俺で我慢していただけないですか?
イルカはもう一度そう言って、頭を下げた。
******
『本当に、あなたって人は・・・・・』
お人よしなんだから。
小さくそう呟いて、カカシは溜息をついた。
確かに16歳は若い。
だが・・・忍としては、『子供』として保護する年齢でもない。
『まぁ、伽に指名している奴を見かけたら、俺だって止めさせるけーどね?』
でも、薬を抜くなどの場合は別だろう。
仲間を助けるのは、木の葉の忍としては当たり前の事だ。
・・・だからと言って、こんな時に自分は行かずに教え子を向かわせるなど、彼には出来ないだろう。
―――イルカ先生は、そんな人だ。
「分かりました・・・あなたがそれでいいのなら、俺の方はかまいませんよ」
「・・・!ありがとうございます!!」
「・・・・・お礼を言われると変な感じですね?迷惑をかけているのはこっちなのに」
「いえ、俺でお役にたてればいいのですが・・・あっ!」
話途中だった彼の腕を取って、自分が座っていたベッドの上に引き倒した。
突然の事に驚いたように目を見開く彼の上に圧し掛かると、彼の頬に自分の汗がポタリと落ちて、横に流れていく。
心の中で、『汚してごめんね?』と謝りながら、見つめた。
「すみません・・・話はこれくらいで」
始めますよ?
そう呟いて、彼の首筋に吸い付こうとすると、静止させるように彼の手が頬に触れてくる。
その仕草になんとか己の動きを止めると、もう一度ポタリと彼の頬に汗の粒が落ちた。
「悪いけど、もう余裕ないから・・・今更交代は・・・・・」
土壇場で怖気づいたのだろうか?
無理して話なんかしてたから、もうこれ以上はもたないんだけど・・・。
荒くなった息をなんとか抑えつつ聞いてみると、彼は首を横に振った。
「いえ、そうじゃなくて・・・始める前にちょっとだけ言いたくて」
「・・・・・なんです?」
恨み言とか、言われるんだろうか?
いや、それを言われるなら、終わったあとな気がするんだけど。
―――やっぱり、嫌われたのかな・・・?
薬で上がっていた心拍数が更に速くなるのを感じながら、カカシはイルカの顔を見つめた。
だが、カカシの心配とは裏腹に、イルカは穏やかに笑った。
「誕生日おめでとうございます、カカシさん・・・」
すみません、どうしても言いたくて。
どこか切なげに笑うイルカに、カカシは顔を歪ませた。
『本当なら、今頃あなたの手料理を食べて、酒を飲んで、肩でも組んで笑い合って・・・』
楽しく過ごす筈だった誕生日。
それなのに、今自分は・・・初めて手に入れた、心の底から安らげる友人を陵辱しなくてはならない。
折角贈られた祝いの言葉に、礼さえ返せずに―――言葉を詰まらせて。
それでも、彼を解放する事もできずに、カカシは噛み付くようにイルカの唇を塞いだ。
せめてもと、彼の瞳を自分の手の平で覆いながら―――。