カカシには、よく一人で訪れる場所が二つある。
そこは、悩みや迷いがある時に訪れる場所だった。

一つ目は慰霊碑。
己の迷いや悩みなどを、父や師や親友などに問いかけたくて足を運ぶ。
二つ目は顔岩。
見晴らしの良いそこで風に吹かれると、迷いや悩みなどが晴れていくのを感じる。
―――二つの場所は、迷い悩めるカカシにとって大事な場所だった。

今まさに悩みを抱えているカカシは、どちらかに足を向けようとして・・・少し考えたのち、顔岩に向かった。
顔岩近くにある展望所の手すりに寄りかかりながら、慰霊碑のある森の方を眺める。
本当は慰霊碑に行って、師に相談したかった。
さすがに今回の悩みは、父や親友には相談しづらいものではあるが・・・。
あの明るく只者ではない師なら、相談内容に動揺することもなく、いつもの笑顔でいいアドバイスをしてくれそうな気がした。
もちろん、慰霊碑の中の師が本当に答えてくれるわけは無いが・・・あの場所で師に相談しながら考えれば、己の悩みの解決策が浮かぶかもしれないと思ったのだ。
だから、本当なら慰霊碑の方に行きたかった。
だが・・・行けなかった。

『だって、あそこには先生だけじゃなくて、あの人のお父さんとお母さんもいるもんね・・・』

さすがにご両親の前じゃ言えないよねぇ。
そう呟いて、カカシは深い溜息をついた―――



 ★カカ誕2009★ 『魅惑の黒髪』・・・6 




あの後―――
イルカを抱いたお陰で体が楽になったカカシは、反対に歩けなくなってしまったイルカを、背負って帰還した。

病院には行かなくて大丈夫だと言いはるので、彼はアパートに送ってあげて。
今日は動くの辛いだろうと、そのまま世話をしていると、『カカシさん、報告あるでしょう?もう行ってください』と言われてしまった。
『でも・・・』と抵抗するも、『あなたを引き止めてると、俺まで怒られるんです。迷惑だから行ってください』と怒られた。
仕方なく、『後で来ます』と言い置いて、しぶしぶドアに向かう。
だが、ドアを開ける前に声を掛けられた。

「・・・カカシさん」
「はい?」

『やはりいてください』と言ってくれるんじゃないかという淡い期待をもちつつ、慌てて振り向いた。
だが、イルカは強請るような甘い表情をしておらず・・・それどころか、強張った顔で、こちらから視線を外している。

「あの、報告終わっても来なくていいですから・・・」
「え・・・・・」

どうして?
そう聞き返そうとして、言葉がでなかった。
彼は、あきらかにこちらを見ないようにしていた。

イルカ先生。朗らかで真っ直ぐなイルカ先生。
笑う時も怒る時も・・・いつでも話をする時は、人の顔を真っ直ぐ見て話をしてくれる。
その彼が、こちらを見ないようにして話をしていた。
―――――まるで、視界に入れたくないとでも言うように。

『・・・つっ』

自分の中には、先程彼を抱いた時の甘い余韻が残っていて。
だから、つい無理をさせた恋人を労わるような気分で彼の世話をしてしまっていたが・・・彼は、違うのだと思い当たる。
彼にとって俺は、嫌ってはいないけれど、いいとこ『友達』で。
抱いた時には確かに彼の瞳にも色欲が浮かんではいたが、終わった今となっては、あまり思い出したくないことなのだろう。
・・・当然、俺の顔も見たい訳がない。
暗示を解除出来ていない今なら尚更だ・・・もしかして、身の危険も感じているかも知れない。

「・・・そうですか。本当に大丈夫なんですか?」
「はい、大丈夫です」
「分かりました。では、行きますね」

カカシもイルカから視線を外して。
そして・・・頭を下げた。

「イルカ先生、ありがとうございました。・・・助かりました」
「いえ・・・」

布団の上で小さく返事を返すイルカに背を向け、今度こそ彼のアパートを出た。
屋根の上を飛んで移動していると、隣に黒い影が並ぶ。

「早かったですね、先輩。ふられたんですかー?」
「・・・・・」
「お気にいりっぽかったのに、残念ですね。・・・まぁね、こういう恋って実んないんですよね〜。その時は盛り上がっても、我に返った時点で終わりってもんですよ」

俺も、毒抜きしてもらったくの一に次の日会いに行ったら、すっげー冷たくあしらわれた事あるっすよ?
梟は、そう言って肩を竦めた。

「ま、そう気を落とさないでくださいよ!もう里に帰って来たんだから、暗示なんか綱手様がババッと解いてくれますよ。もし時間がかかるとしても、黒髪なんて沢山います。暗示が解除されるまで、日替わりでお願いすればもつでしょ?」

先輩は特にモッテモテですからねぇ、相手探すのにも困んないでしょ?
うらやましいっすよねー。俺も一回あんなにもててみたいですよー。今度俺にいい女紹介してくれません?
隣で喋り続ける梟に、カカシは不機嫌な声を返した。

「お前、ホントおしゃべりだよね?面、変えたら?九官鳥とかにさ?」
「ええっ、酷いっスよ先輩!場を和ませようとしてるのに〜!あっ、待って下さいよ〜!!」

ギャーギャー騒ぐ後輩を置いて、カカシはスピードを上げた。
そして、解術をしてもらう為に火影の元に向かったのだが。

「えっ・・・なんでですか?」

解術できないという里長に、カカシは焦ったように聞きかえした。

「これを解術するには特別な薬を調合しなきゃならないんだよ」

その薬は珍しい薬草を使わなければならないという。
そして、今は里に無いというのだ。

「手に入りにくいうえに、先日別の薬に使ってしまった後でね・・・次に手に入るのはいつかわからん」
「ちょ・・・!じゃあ、俺はどうすればいいんですか!?」
「別に大丈夫だろう?そのくの一の顔を見たなら緊急を要するが、お前が見たのは黒髪だけだ。 禁断症状が出たら黒髪の者を抱いときゃ、狂う事はない。材料が手に入るまで、適当に見繕ってお願いして歩くんだね」

お前なら相手には困んないだろう?尚更問題ないじゃないか。
しばらくは難しい任務は入れないでおいてやるから、相手の方は自分でなんとかしな。
面倒くさそうにそう言われ、「忙しい」と追い出されてしまった。
仕方なく、カカシはその場を離れたのだが。


『あれから五日か・・・』


毎日綱手様にお伺いたてているが、さすがに五日ぐらいじゃ手には入らないらしい。

『いつになったら解術できるのよ・・・』

このままじゃ、イルカ先生に会えないじゃない・・・。
ふう・・・と溜息を漏らした時、後ろから近づいてくる気配を感じた。
振り向くと、そこに女が立っていた―――

「ここにいたのね、カカシ・・・」
「椿?・・・何の用?」

そこにいたのは、上忍仲間の椿。
何度か一緒に仕事もしたことがあり・・・そして、一時期、体も繋げたことのある相手だった。

「ん・・・ちょっとあなたに関する噂、耳にしてね?」

意味ありげに笑うところを見ると、噂と言うのは自分がかけられた暗示のことなのだろう。

「どこから聞いて来たのよ・・・」
「あら、内緒だったの?・・・くの一の間じゃ話題騒然よ?」

可笑しそうにそう言って笑う椿に、溜息をつく。
どうやら、自分が『黒髪』を求めていると言うのは、結構な噂になっているようだ。
まぁ、里に帰ってから、日替わりでそっち方面の専任のくの一やら遊郭やらを渡り歩いていれば、噂にくらいなるだろう。
昔はともかく、この頃はそういったところにあまり足を向けることなく、清く正しく生きていたから、余計に目立ったのかもしれない。

『だって、イルカ先生と酒飲んでるほうが楽しくなっちゃってたからねぇ』

ふう・・・と息を吐いて、彼女を見つめた。

「・・・そう。それで?」
「あら、つれない物言いね?・・・あなたを助けてあげたくて来たのに」

私の黒髪―――お役に立てるんじゃなくて?

そう言って、椿はこれ見よがしに自分の長い黒髪をさらりとかきあげた。
しっとりと艶めく黒髪。
・・・件の術をかけてきたくの一の髪も艶やかだったが、それよりも数倍、椿の髪の方が美しいだろう。

「今夜の相手も探しているんでしょう?・・・私でいかが?」

椿が妖艶に微笑んで、カカシの首に両腕を回してくる。
そんな彼女を、カカシは無言で見下ろした。

『まぁね、確かに相手は欲しいんだけどね・・・』

・・・実際、困っている訳だし。
色々含むところが見え隠れして面倒ではあるけど、まぁ、ありがたい申し出と言えるだろう。
普通なら、お願いしちゃうところ。
だが――――


「ごめん・・・折角だけど、いいわ・・・」


カカシは溜息と共にそう言って、彼女の両肩を押し返した―――。




もちろん椿さんの髪はつやっつやの黒髪です。(笑)


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