体を押し戻された椿は、眉を寄せた。
「・・・なによ、私じゃ不満だって言うの?」
怒ったように顔を若干紅潮させてそう抗議する椿に、カカシは苦笑いを浮かべた。
彼女は紅と張るほどの美人だ。
それこそ、男から求められる事はあっても断られる事は少ないだろうから、プライドが傷ついたのだろう。
「別に、お前に不満がある訳じゃないよ」
お前とは体の相性もよかったんだけーどね。
・・・・・でも、今回は駄目なのよ。
カカシはそう言って肩を竦めた―――。
★カカ誕2009★ 『魅惑の黒髪』・・・7 
彼女のプライドをこれ以上傷付けぬようそう言ってみたのだが、椿はそれでも不満そうに鼻を鳴らし、睨むようにカカシを見据えた。
「じゃあ、なんでよ?ここ数日、黒髪の女のところを渡り歩いてたんでしょう?」
「確かに渡り歩いてたけーどね・・・渡り歩いてただけなんだよね」
「え?」
「最初は遊郭に行ったのよ。馴染みの黒髪の女がいたからね?でも、駄目だった」
「駄目・・・って」
訝しげに顔を顰める椿に、カカシは大げさに肩を落として見せた。
「その女じゃ無理だったの。体は確かに追い詰められてる筈なのに、いざ女の前に立つと『違う』と、手が止まるのよ・・・だから、次の日は手だれの専任にお願いしに行ったのね?でも、やっぱり駄目でねぇ?」
二人はフェロモン系の美人だったから、三日目は先の二人とタイプが違う、清楚な感じの人を選んでお願いしてみたけど、やはり結果は同じ。
思案して、四日目は思い切って男に頼んでみたんだけどね?―――全く、駄目だった。
「そして五日目の今日・・・途方に暮れて、ここにいるって訳」
溜息混じりにそう言うと、椿は眉を寄せた。
「・・・黒髪の暗示じゃなかったの?」
「その筈だったんだけどね・・・」
ため息をつくカカシを椿はしげしげと見つめていたが・・・。
やがて何かに気付いたようで、ハッと息を飲んだ。
「あなた・・・その汗!」
カカシのこめかみの辺りに浮かぶ汗を見て、椿は目を見開く。
この男とは彼が暗部の時からの付き合いだが、彼がこんな風に汗を掻くのを見たことがなかった。
ベッドの上でさえ涼しい顔をしているのが悔しくて、彼を陥落したくて何度も誘った事さえある。
―――その彼が、動いている訳でもないのに、額に玉の汗を浮かべていた。
「ま、仕方ないよ。4日前から出てる禁断症状を、解消出来ずにいるからね?」
イルカを抱いて落ち着いた体。
しばらくもつかと思いきや、次の日からすでに禁断症状は襲ってきた。
だからこそ、この四日間、女のもとを(一人は男だったけど)渡り歩いていたのだ。
「ちょ・・・大丈夫なの!?」
「さすがに今日はマズイかーもね」
玉の汗を掻いているくせに、いつもと同じのんびりとした声色で答えるカカシに、椿の方が焦ったような声を出した。
「なにを暢気な・・・ねぇ、今から私と試してみない?」
先ほどの含むような態度とは違い、彼女の言葉にはこちらを心配する響きがあった。
「・・・ありがと。でもやっぱり無理だと思うよ」
そうじゃなきゃ、もうとっくに襲い掛かって、ここで組み敷いてるよ。
苦笑いしながら答えるカカシに、椿は何かに耐えるように唇を噛んで・・・聞いた。
「じゃあ・・・どうするの?薬はまだ出来ていないんでしょう?」
「ん〜。実は、この苦しみから俺を救ってくれる人の・・・当てはあるんだよね」
「なら、なんでさっさと行かないのよ!?」
相手が渋ってるの?
これは伽とは違うでしょう?命令でも何でも使ってしまいなさいよ!
―――そう叫ぶ椿に、カカシは困ったように笑った。
「なんで、か。・・・なんでなんだろーね?」
「え・・・?」
「別に相手が渋ってる訳じゃないんだけどね・・・なんでか、言いたくないんだよ」
苦しみから逃れたいから抱かせてくれなんて、あの人に言いたくないんだ。
「言えば、すぐに抱かせてくれるとは思うんだけどねぇ」
でも、あの人・・・また俺を見てくれなくなるだろうしね・・・。
独り言のように呟いて遠くを見るカカシを見つめて、椿は目を見開いた。
「カカシ、あなた・・・」
その人の事を・・・?
途中で言葉を止めて押し黙る椿に、カカシは声色だけはあくまでのんびりとした調子で告げた。
「ま、なんとかするよ・・・・・椿、ありがとね」
カカシはそういい残して、彼女の前から消えた―――
******
「・・・とはいえ、どうすりゃいいのよ」
椿にはああ言ってみたが、実際のところどうしていいかわからなかった。
イルカ先生を抱けば、きっとこの狂おしい辛さから逃れられる。
だけど・・・。
『あの、報告終わっても来なくていいですから・・・』
そう言って、俺から視線を背けたイルカ先生。
「あれは・・・効いたよね」
あの人が欲しくて狂いそう。
でも、またあの人があんな風に俺から視線を背けるかと思うと、心が引き裂かれそう。
「いったい・・・どうしたらいいかねぇ」
途方にくれたようにそう呟いて、カカシは古ぼけたアパートを見つめた。
・・・そこは、イルカの住んでいるアパート。
二階の角にある、彼の部屋の窓を見つめる。
―――そこに、灯りはついていなかった。
『いなくて、良かったかも・・・・・』
会ってしまえば、俺は――――
苦しげに顔を歪めるカカシ。
だが、突然ビクリと肩を揺らして、体を強張らせた。
「・・・・・カカシ、先生?」
後ろから聞こえてきた声。
それは、すごく聞きたくて・・・そして、聞きたくない声だった―――