「イルカ先生・・・」

カカシはそう呟いた。
呼びかけたと言うよりは、口から勝手に零れ落ちたのだが・・・その声に反応して、イルカが歩みを進めてくる。
近づいてくる彼の表情を知るのが怖くて、カカシは咄嗟に視線を足元に落とした。

「・・・・・カカシ先生、こんばんは」
「・・・・・・・・・・・こんばんは」

イルカの挨拶を受け、もう夕刻になっていたのだと気がつく。
改めて辺りを窺うと、広がる夕闇。
確か、椿と別れてからここに着いた時は、明るかった筈だ。
―――自分は思いの外・・・長い時間、ここに佇んでいたらしい。

『会わない方がいいとか言っておいて・・・』

カカシは心の中で自分を嘲笑した。
彼の為には会わないほうがいいなどと、綺麗事を口にしつつ・・・彼に救われたくて、ここを動けずにいたらしい。
これでは彼が帰ってくるのを待ち伏せていたのと同じだ。
―――溜息をついてうな垂れるカカシを見つめ、イルカがおずおずと声をかけた。

「カカシさん・・・」
「・・・・・・はい」
「あの・・・なぜここに?」

イルカの問いかけに、カカシは俯いたままピクリと僅かに肩を揺らした―――



 ★カカ誕2009★ 『魅惑の黒髪』・・・8 




ゆっくりと顔をあげて、彼の顔を見つめる。
視線が会うと、イルカは瞳を揺らして・・・そして、視線を外した。
それを見て、カカシは顔を歪め――――でも、気付かぬ素振りで彼に声をかけた。

「・・・先日のお礼を言いに。本当にご迷惑をかけました」
「いえ・・・もう体の方はよろしいんですか?」
「・・・・・ええ」
「その・・・・・・・・暗示は、もう?」

視線を外したままそう聞いてくるイルカを見つめる。

『ああ・・・』

アナタはやはり俺を見てくれない・・・。
暗示とは別の焦燥感が押し寄せる。
彼の視界に入れてもらえないのが、こんなにも苦しい。
彼の視線を気にしつつ―――でも、己の瞳は我知らず、風に揺れる黒髪に瞳が吸い寄せられていく。

『アナタの・・・黒髪』

暗示をかけたくの一や、椿の髪の艶やかさには遠く及ばないイルカの髪。
無造作に束ねた髪は、健康そうではあったが、人目を惹くものではない。
だが、カカシにはそれが至高のものに見える。
うっとりと彼の黒髪を見つめた後、次に伏せがちな瞳に目がいった。

『アナタの黒い瞳が見えない・・・』

みたい、見たい・・・アナタの黒い瞳が見たい。
心臓が早鐘を打つ。
呼吸が速くなる。
汗が、全身にジワリと浮かぶ。
体中が、彼を求めているのを感じる。

『アナタが・・・・・・・・・・・・欲しい』

お願いだから、アナタの瞳に俺を映して。
アナタの瞳に俺が映ったら、そのままアナタを抱きしめて、口付けて、組み敷いて
・・・・・喘がせて。

『そして・・・アナタを俺のものにする』

5日前に見た彼の濡れた瞳を思い出して、カカシ瞳から理性の光が消えていく。
彼で自分を満たす事以外、考えられなくなっていく。

『イルカ先生・・・・・』

ゆっくりとカカシの右手が上がる。
だが―――

「カカシさん?」

訝しげなイルカの声が聞こえて、手が止まった。
イルカの声を聞いて、カカシの瞳に理性の光が僅かに戻る。
改めてイルカを見つめると、彼の瞳はこちらを見ていた。
だが、夕闇が深くなっていて、彼の瞳の色が良く見えない。
・・・・・見えないから、なんとか自分を抑えられる。
―――小さく息をついて、カカシは笑みを作った。

「・・・すみません、ちょっと疲れてて。―――暗示は解けました」
「ああ、そうですか!良かったですね」

ホッとしたようなイルカの声。
友人の身を心配して、だろうか?
それとも、もうあんな風に襲われる心配がなくなったことに安堵しているのだろうか?
―――たぶん、両方なのだと思った。

「ご心配おかけしました。アナタには迷惑かけちゃいましたからね、ご報告しなきゃとおもいまして」
「そうでしたか・・・わざわざありがとうございました」

笑顔を浮かべたらしいイルカだったが、すぐにその視線が逸らされるのを感じる。
それを寂しく思いながら、これ以上はいられないと、カカシはその場を去ることにした。

「いえ・・・では、俺はこれで」
「あ・・・・・・はい、おやすみなさい」

なんとか、足を前に出した。
堪えて、歩みを進める。

『とにかく、ここから離れないと・・・』

彼の隣を通り過ぎる時、意識が遠のきかけた。
それでも、カカシはなんとか彼の隣を通り過ぎることが出来た。

『このまま、暗示が解けるまでしのげば・・・またアナタは俺を見てくれるだろうか?』

せめて・・・以前の位置に戻る事ができるだろうか?
でも・・・・・・・。

『以前の位置では俺が満足できないだろうな・・・』

その前に・・・・・・狂わなければ、だけど。
自嘲的な笑みを浮かべてから、瞬身を使うべく、印を結ぼうと右手を上げた。
だが―――


「カカシさん!!」


持ち上げた右手を、後ろから伸びたイルカの手が掴む。
腕を掴まれたまま、カカシは振り向かずに答えた。

「・・・・・なんですか?」
「あなた・・・本当に暗示、解けたんですか!?」
「ええ」
「・・・なら、どうしてまたそんな汗を掻いているんです!?」

そう叫ぶイルカの声を聞きながら、カカシは瞳を閉じた。


『ああ・・・』


どうして、そんな事に気がつくんですか?
やっと、ここまで足を進めたのに・・・アナタ自ら引き止めるなんて。
そんな事をしたら・・・。



―――もう、自制が効かなくなる。



カカシは、ゆっくりと振り向く。
振り向いた先は、薄暗い夕闇。
だが―――その時・・・まるで運命のように、近くの街灯が灯った。

目の前のイルカの姿が、灯りに照らされて浮かび上がる。
間近に、彼の黒い瞳が見えた。

「イルカ、せんせい・・・・・」

名を呼ぶ声が、嗄れる。
―――――彼の黒い瞳の中には、自分の顔が映っていた。




痴漢防止効果もある街灯なのに、かえって襲われそうな予感(笑)


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