「・・・・・・俺の、なんですか?」
そう静かな声で問われて、カカシはハッと我に返って、目の前の男を見つめた。
鼻先がぶつかりそうなほどの近い距離。
普通の中忍なら、間違いなく蒼白になっているであろうその状態でも、うみのイルカと名乗った男は、平静を保っている。
いや、平静どころか――――ひんやりとした気が感じられそうなくらい、彼は冷静で。
里の誇り『写輪眼のカカシ』と、羨望と・・・そして畏怖を込めて名を呼ばれる男が。
息をのんで、ただ微動だにできずに、その黒い瞳を見つめていた――――――
・ あなたを愛する夢を見た ・ ――5――
黙りこんでこちらを見つめる男に、イルカは言葉を続けた。
「あなたは思い出せない俺を責めますけど・・・・・あなた自身は、思い出したんですか?」
「・・・・・・いや、それは・・・」
「思い出せないんですね?それなら、こんなふうに俺だけが責められるのはおかしくないですか?」
「・・・・・」
「何度言われても・・・・・申し訳ないですけれど、俺はあなたとどこで会ったのか思い当たりません。もちろん、狭い里中でしかも同じ忍・・・どこかですれ違った事くらいはあるかもしれませんが。だからと言って、個別認識するほど関わった覚えはないです」
キッパリとそこまで言ってから、イルカは一転、穏やかな雰囲気にもどって苦笑した。
「あなたも俺も覚えがない・・・・・・つまり、俺達は初対面ってことですよ、はたけ上忍」
何で俺なんかをあなたのような方が気になさるのかはわかりかねますが・・・高名な『写輪眼のカカシ』に声をかけていただいて、光栄でした。よろしければ、これを機にお見知りおきいただければ嬉しいです。
社交辞令を言ってペコリと頭を下げて幕引きを図るイルカに、カカシは姿勢をもどして。
でも、やはりそこから立ち去る事も、黒い瞳から目を逸らす事もできずに、立ち尽くす。
それに気がついて、イルカは再び困ったような笑いを浮かべた。
「・・・・・・はたけ上忍、どうしてそんなに俺なんかを気になさるんですか?」
「どうしてって・・・・・・」
夢で会うから。
――――とは言えずに、カカシは言葉を詰まらせた。
『そうだ・・・・・この人は夢に出てきただけの男なんだ』
―――現実には、この男の言う通り、接触した覚えなどない。
『それなのに必死になって・・・・・・俺、何してるんだろうね?』
―――そうはおもうものの。でも、あの夢はあまりにリアル過ぎて。
『勘違いしたみたい、ごめーんね』
―――そう言って立ち去るのが一番良いと思うのに、足が動かない。
『だって・・・気持ちよかったんだもん』
―――あれを、夢だけで終わらせたくない。
・・・・・・・・・・だって、現実にこの人はここにいるんだから。
『でも、いったいなんて言えば・・・』
どう言えば、この人とあの夢の中のような関係になれるだろう?
目を細めて考えを廻らせながら、彼を見つめる。でも・・・良い言葉が思い浮かばない。
部下として、側に置きたいんじゃない。
ましてや、上官の権力を使って服従させたい訳でもない。
さっきのような社交辞令を言われるような間柄ではなくて、もっと親しくなりたい。
そう言う関係って、なんだろう?
『・・・・・恋人、とか?』
確かに、はじめてイルカを夢で見た日、自分は彼に『好きだ』と言っていた。
でも。
『違う・・・』
違和感を感じて、マスクの下でカカシの口元が歪む。
なぜだか―――『恋人』と言う言葉がしっくりこない・・・。
言葉を繋げられず黙り込んでいると、急に受付所のドアが大きな音と共に開け放たれた。
「カカシ!貴様、こんなところにいたのか!!」
飛びこんできたのは―――――ガイ。
「折角の俺の友情を足蹴にするとは許さんぞ〜〜!!」
早速勝負だ!!
構えをとるガイに、その場に居合わせた全員がポカンと口を開けた。
「・・・・・・相変わらず、お前って空気の読めない奴だーよね」
邪魔されて、苛立ちを露にカカシはガイに振向いた。
その暑苦しい顔を見て、更に機嫌が悪くなるのを感じる。
『そもそも、コイツが途中で起こしたりしなけりゃ、こんな欲求不満になることもなかったんだ』
しかもよく考えれば、あの時夢の中のあの人は俺と自分との関係を口にするところだった!
コイツが邪魔さえしなければ、今こんなふうに悩んでいる答えが、すでにわかっていたはずだったのに。
そう思ったら、なんだかますます憎らしく思え・・・・・カカシはガイに体ごと向き直った。
「今日は俺、ちょっと機嫌悪いんだよね。いつもみたいに遊んでやれないけど・・・いい?」
任務後、僅かに殺気をまとわせていることはあっても、普段はどこか飄々としている男。
それが、ゆらりと本物の殺気を立ちのぼらせるのに、周りの忍は戦慄いた。
―――――――ざざっと、二人の周りから引き潮のように引いていく。
だが対峙していたガイは、不敵に笑って見せた。
「ふん。やっと本気になったか・・・もちろんかまわんさ」
俺とお前はライバルだからなぁ。
ガイからも殺気が漏れ出したところで、突然二人の後ろから怒鳴り声が聞こえた。
「お二人共止めてください!!」
声の主は、イルカだった。
「・・・止めないでよ」
「止めますよ!こんな所でやられたら迷惑です。やりたいならよそでやってください!!」
ハァハァと肩で息をしながらそう怒鳴ったイルカは、次にガイに向き直った。
「ガイ先生も止めてください。こんなところで、ガイ先生らしくないですよ!」
任務後の下忍達もいるんです。
上忍師であるあなたがこんな所で私闘なんて、示しがつきませんよ!?
そう嗜めるイルカに、ガイはバツが悪そうに構えを解いた。
「すまん、イルカ・・・確かにお前の言う通りだ」
「いえ、わかってくださったなら良いんです。すみません上忍のあなたに生意気なことを」
ふかぶかと腰を折って頭を下げるイルカに、ガイはいつもどおりのガイスマイルを向けた。
「そんな事気にするな!正しい事を言うのに、階級差など関係ない」
ましてや、俺とお前は友達だ!
キラリと歯を光らせて親指を立てるガイに、カカシはギョッとしたように顔を向けた。
「・・・・友達?」
「ん、そうだが?・・・この前俺の部下たちのアカデミー時代の事を聞きたくてイルカを飲みに誘ったんだが、コイツは実に気持ちのイイ奴でな。息投合して熱い友情を誓い合ったばかりなんだ。なぁ、イルカ?」
「はい。ガイ先生はとても気さくな方で・・・友人として付き合ってくださると言われて、俺も嬉しかったです」
にっこりと笑い合う二人を見ながら、カカシは頭をかなづちで殴られたような衝撃を味わっていた。
『友達・・・・・』
一緒に飲みにいったり、楽しく話をしたり、階級差など気にせず言い合える関係。
そんな関係を、ガイはこの人とすでに築いているのか?
ふるふると震える手を拳の形に握り締めて、カカシは叫んだ。
「ずるい!!!」
おもわず、そこにいる全ての人物が、カカシを凝視する。
少しの間を置いて、イルカからどこか間抜けな声が漏れた。
「・・・・・・・・・・は?」
「ずるい、アンタずるいよ!!何でガイなんかとそんな関係なの!?」
「いや・・・何でって言われても・・・・・・」
「酷いよ、俺の事は思い出せないくせに、ガイとは友達だなんて!」
―――――それは俺があなたとしたかったことなのに!
そこまで考えて、ハッと気がついた。
・・・・・そうだ、それこそが俺が求めていた関係だ。
カカシはイルカの両手を取って、迫った。
「ねぇ、俺とも友達になって!」
しん、と辺りが静まり返って。
しばしの間の後、豪快なガイの笑い声が響いた。
「なんだ、カカシ。お前イルカと友達になりたかったのか?」
友達を欲しがるとは、お前も人間らしくなったじゃないか。
がはははと笑うガイを無視して、カカシは更に迫った。
「ね、お願い」
イルカはそんなカカシをじっと見つめて。
そして―――――苦笑した。
「・・・・・・・・俺なんかでよろしかったら」
「アンタがいいの!―――じゃいいんだね?絶対だよ?」
「はい」
「ありがと!嬉しい」
先ほどの殺気はどこへやら。
上機嫌に頬を緩める上忍に、周りの忍達はただただ唖然とするばかり。
そんな中、やはり唖然と事の成り行きを見ていたコハダに、イルカが振向いた。
『やっぱり・・・・・だろ?』
そう言っているかのようなイルカの苦笑交じりの視線に、コハダはコクコクと頷いて見せたのだった。