ずらりと並ぶ女達を見まわして、ゴクリと唾を飲み込む。
昨日、自分がはたけ上忍と会っていたのは、周知の事実。
最初は、どう返事をしたか聞きたくて囲まれているのかも?との思いが頭を掠めたが。
『顔が・・・・・・・・・怖い(汗)』
この怒りのオーラは、どう見ても結果報告を待っている顔じゃない。
彼女達は、確実にオレが朝まであの人と一緒に居たのを、知っている。
イルカは今日二度目の意識が遠のく感覚を、必死に押し留めた――――
・ この腕に花を ・ <10
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自分を見つめる女性教諭の一人が、口を開く。
「イルカ先生、はたけ上忍と一晩過ごしたしたみたいね?・・・朝まで。」
やっぱりか・・・
イルカは予想通りの言葉に、ガックリと頭を垂れた。
「ハイ・・・」
一緒に朝まで過ごしたのは事実なので、素直に頷いた。
すると、ガタタタン!と椅子が倒れる派手な音が聞こえた。
驚いて視線を向けると、女達の後ろでタナゴとウグイが床に転がっていた。
「お、おい、大丈夫・・・」
「それで!お付き合いは了承したのかしら!?」
転がる同僚を心配して一歩足を踏み出したイルカだったが・・・
それを押し戻すように、ズイッと女達が進み出て聞いてきた。
先ほどまで前に並んでいた女達が、今度はぐるりと自分を取り囲んでいる・・・・・
ダラダラと冷や汗を垂らしながら、イルカは再び唾を呑みこみ―――答えた。
「・・・・・・ハイ」
途端、うお〜んと、まるで獣が吼えたような泣き声が聞こえてきて、イルカは一瞬怯んでから、眉を下げて俯いた。
『すみません・・・』
自分的にはフェミニストなつもりなので、女性の涙に弱い。
だから、その涙が自分のせいだとおもうと、尚更辛い――――
『それにしても・・・』
豪快な泣き声だなぁ・・・。
そう思いつつ顔をあげると―――泣いていたのは女性教諭達ではなく、タナゴとウグイだった。
『アイツら・・・そこまでモテないトリオの解散が嫌なのか!?』
ヌケガケみたいに思っているのかもしれないが、お付き合いすることになったのは男だ。そこまで羨ましがられる状態だとは思えないんだけど?
イルカが困惑していると、また一歩女性達が輪を狭めた。ぎょっとして身を硬くするイルカに、その中の一人がズイッと顔を近づける。
「イルカ先生、付き合う事にしたってことは・・・昨日、はたけ上忍と寝たのよね?」
「あ、あの・・・寝たって言えば寝たんですけど・・・・・」
「ハッキリ答えて!」
「ひっ・・・寝たといっても、添い寝ってことなんですっ!!俺、昨日酔っぱらいすぎて吐いた上にそのまま寝ちゃったらしくて、はたけ上忍が介抱してくれて・・・っ!その後、断り切れなくて一応付き合う事にはなっちゃいましたけど、ヤッてませんから!!」
女性達の怒りを少しでも沈めようと急いで言ったのだが、イルカの気持ちとは裏腹に、女達は皆一様に眉を吊り上げた。
「「「「なんですって!?」」」」
ひいっ!?
女性達の剣幕にますます縮こまったイルカだったが・・・次の会話に、ポカンと口をあけた。
「まだヤッてなかったのね・・・・・」
「でも、一応付き合う事にしたらしいし、まぁいいかしら?」
「いえ!ちゃんと繋ぎとめるには、体の関係は必要だと思うわ?」
「それはそうね、念には念を入れておくべきよ」
「あ、あの〜?」
「「「「なに?」」」」
「いったい、なんの話ですか・・・?断るという約束を破った俺を、断罪するんじゃないんですか?」
どうにもおかしい会話に、イルカはおずおずと口を挟む。
すると―――今までわいわいと言い合っていた女達は、やっと『約束』思い出したようにお互いの顔を見合って、苦笑した。
「ああ、ごめんなさい・・・私達、方針転換することにしたのよ」
「は?」
「私達、イルカ先生とはたけ上忍の仲を応援することにしたの」
「はぁ・・・・って、ええっ!?」
な、なんで?
イルカが慌てていると、後方から別の声が響いた。
「あら・・・イルカ先生、来てたのね?今日は休むのかと思ったけど・・・」
「カンナ先生っ!」
現われたカンナに、イルカは人垣を抜けて、助けを求めるように駆け寄った。
「あ、あのっ!どう言う事なんですか、これ!?俺とはたけ上忍の仲を応援って、なんで?」
「ああ・・・・・」
動転するイルカに状況を察したようで、カンナは苦笑した。
「言葉通りの意味よ。イルカ先生・・・はたけ上忍と付き合う事になったんでしょう?私達アカデミーのくのいち達は、全員一丸となってそれを応援する事になったのよ」
「ど、どうして!?昨日、あんなに『断って』って念押ししたじゃないですか?俺、リンチ覚悟で今日出勤したんですよ!?」
「あら、私は最初から薦めてたじゃないの?他の先生は・・・ちょっと状況が変わってね」
「状況?」
「今朝、イルカ先生が出勤する前に、ここに上忍の女達が押しかけてきたのよ」
「・・・上忍、ですか?」
イルカが来る少し前、ここにどやどやと上忍の女達が乗り込んで来た。
どうやらその中の一人が昨夜イルカがいた料亭に居たらしく、二人が昨日会っていたのを目撃していたらしい。
「はたけ上忍のとりまきだったらしくてね?そりゃ鬼のような形相で、イルカ先生を出せといってきたのよ。まだ出勤前だったからいないと言うと、矛先を中忍全般に向けて、罵詈雑言の限りを尽くしてねぇ・・・見るに耐えないってああ言うのよねぇ?」
「そ、そうなんですか?すみません・・・俺のせいで、嫌な思いを・・・」
交際を了承したことで、約束を破ってしまったアカデミーの先生達から責められるだろうとは思っていたが、他の人の事は全く考えていなかった。
でも、あの人の経歴・人気度を考えると、それは当然あるべきことだった。
自分のせいで皆に嫌な思いをさせ、そして・・・
『上忍にも睨まれちまったのか、俺』
現実に、更に凹む・・・・・。
イルカが頭を垂れていると、元気づけるようにカンナがポンと肩を叩いた。
「イルカ先生が悪いわけじゃないわよ?やっかんでる上忍達が悪いの!」
「カンナ先生・・・・・」
「それでね、彼女達曰く『中忍風情にカカシがいつまでも満足している訳がないわ、いい気にならないことね』ですって。そう言い捨てて、今日は引き上げて行ったんだけど・・・さすがに、あたし達もカチンときてね・・・ねぇ?」
カンナがそう振ると、女達は勢いこんで口々に上忍を罵倒しだした。
「そうよ!」
「上忍がどれほどエライってのよ!?」
「自分達だってつい最近まで中忍で『上忍って横暴よね』とか言ってたくせに、上忍になった途端『生まれた時から上忍』みたいな横柄な態度でさ!」
「任務の時だって、行く前にどのくらい中忍が下準備してあげてると思ってんの!?それなのに手柄は上忍だけのものみたいないい方して・・・馬鹿じゃない!?」
散々罵倒しつくした後、彼女達はイルカを見つめた。
「「「「――――と言う訳で、私達はイルカ先生を応援する事にしたの」」」」
「と言う訳って・・・・・」
つまり・・・・・上忍達へのあてつけなんですね?
引きつるイルカの表情を知ってか知らずか―――女性教諭達は、イルカを再び取り囲んで、その手をがっしと握り締めた。
「イルカ先生、お願いよ!あの馬鹿女達を見返してやって頂戴!!」
「中忍の魅力がどれほどのものか、思い知らせてやって?」
「はたけ上忍をメロメロにしちゃって、あの人達がぐうの音もでないようにしてやりましょうよ!」
「中忍の底力を見せつけてやりましょう!?」
彼女達の勢いにビビリながら・・・イルカはおずおずと異議を唱えようと口を開く
「で、でも・・・俺、男は嫌なんですけ・・・・・」
「「「「イルカ先生なら、大丈夫!!」」」」
な、何がどう大丈夫なんですか〜〜〜〜!?
とうとう涙目になったイルカに、彼女達は先ほどの勢いとは打って変わって
なだめるように、髪を撫でたり、肩を撫でたりしつつ優しく微笑んだ。
「心配しないで?確かにイルカ先生は元・男だけど・・・素敵なレディになれるように、私達が全面的にサポートするわ?・・・・・ね?」
顔は微笑んでいる
声も優しい
・・・・・・・・・だけど、『ね?』と言った時の目が、全く笑っていなかった。
『ああ・・・・・』
どうしよう、なんだかまた頭がくらくらしてきた。
今日、何回目だよ・・・思春期の女学生じゃあるまいし?
―――イルカは、倒れてしまわないように、足に力を入れつつ、でも押し寄せる不安に耐えきれず、すがるようにカンナに視線を送るが。
「・・・・・・頑張って?」
彼女はそう短く言って、苦笑するだけだった。
『頑張れって・・・・・・・何処をどう頑張ればいいのかなぁ』
虚ろな視線を向けた先で、タナゴとウグイが床に転がったまま泣き伏していた―――