夕刻の、アカデミーの校門。
その門柱に背を預けて、本を読む人物がいた。
誰かを待っている風のその男だが、特に辺りを気にするそぶりも、そわそわしているそぶりもない。
ただ、ゆっくりと本のページをめくり、瞳が活字を追っているだけ。
だが、そんなゆったりとした時間を過ごしていた男が、急に活字を追う視線を止めた。
パタンと本を閉じ、ポーチに仕舞ってから、ゆっくりと歩みを進め・・・校内を見る。
そこには、一人の人物。
肩を落としてノロノロと歩いていたその者は、男がこちらを見ているのに気がついて、慌てたように駆け寄って来た。
だが、男から二メートルくらい前で、急に足を止め・・・もじもじと、恥ずかしそうな仕草。
その後、意を決した様に・・・でも、顔は俯き加減のまま、口を開いた。
「あ、あの・・・お待たせ致しました」
「いーえ、全然。・・・ところで、イルカせんせ?」
「は、はい」
「それ、すごく可愛いです。似合ってますよ」
指摘された途端、走ってきた人物・イルカは、顔を真っ赤に赤らめて。
そして、少しでも足を隠そうと、ミニスカートの裾を引っ張って泣きそうな顔をした―――
・ この腕に花を ・ <11
>
同僚の女性教諭達に『二人の中を応援します宣言』をされた後―――
彼女達は早速とばかりに、今後のカカシとの予定を聞いてきた。
「ところでイルカ先生、次にはたけ上忍といつ会うの?ちゃんと約束してきた?」
「えっと・・・・・・一応、今日の帰りに迎えに来ると言われましたが」
朝食を断り逃げるように部屋から出ようとした時、カカシに呼びとめられた。
恐る恐る振向くと・・・彼は、上半身ハダカのままゆっくりと近づいてきて、イルカが開けようとしていた襖に手をかけた。
襖とカカシとの間に挟まれたイルカは、所在無さげにカカシを見上げる。
無体な事はしないと言われたばかりではあったが、彼が昨夜自分を抱こうとしていたのも知った後なので、不安が膨らんでいく。
―――だが、イルカの不安をよそに、カカシはにっこりと微笑んだ。
「イルカ先生。朝飯はフラレちゃったけど、夕飯はいい?」
「え?で、でも・・・」
「折角恋人になれたんですもん、出来るだけ一緒にいたいんです。・・・お願い」
ちゅ・・・
右手を握られ・・・『お願い』と言うと同時に、指にキスされた。
イルカはカアッと、首まで真っ赤になって。
――――そして、カカシの手を振り払うと、襖をスパ―ンと開けて逃げ出した。
「夕方アカデミーに迎えに行きますからねー」
逃げ出す背中に、カカシのそんな言葉が掛けられる。
振向くと、男前な顔が優しく微笑んでいた――――
『ちゃんと断らなかったから、来るんだろうなぁ・・・やっぱり』
なるべく考えないようにしていたのに、早々に思い出させられて・・・イルカは項垂れた。
だが、落ちこむイルカをよそに、女性教諭達は色めきたった。
「やーん、朝まで一緒にいたのに、今夜も約束してるのね?ラブラブね〜♪」
「ホント、『愛されてる』って感じで羨ましい〜!」
「・・・・・・・・出来るなら代わって差し上げたいですけどね・・・・・・・」
盛りあがる彼女達に聞こえるか聞こえないか位の小さな声でボソッと呟くと・・・どうやら耳ざとく聞こえたらしいカンナがクスリと笑うのが聞こえた。
『・・・・・酷い。カンナ先生は別だと思っていたのに!』
彼女も結構面白がっているのかもしれない・・・
恨めしそうに見つめると、『ごめんね?』といった感じで、ウインクと小さく投げキッスが返ってきた。
『・・・・・・・・・・・・・・・・それ、男の時にやって欲しかった(涙)』
しくしくと心で泣いていると、また女性教諭達に話しかけられる。
「んじゃ、そう言う事で昼休みにね?」
「へっ!?」
どうやら、カンナ先生に気を取られている間に、いくつかの会話を聞き逃していたようだ。慌てて、聞き返す。
「す、すみません!昼休みに、なんですか?」
「もう、聞いてなかったの?・・・昼休みに買い物に出ようって話をしたのよ?」
「買い物・・・?あ、備品の買出しですか?」
備品などは業者に届けてもらうのがほとんどだが、急に入用になったものや、特別に使いたいものなどは、直接教師達が買いに行くのだ。
今までも、女性達が買い物に行く時、イルカはよく荷物持ちに付き合わされていた。
「やだ、違うわよ!備品じゃなくて、イルカ先生の服を買いに行くんでしょ!」
「服?」
「だってぇ、折角のデートなのに、その忍服じゃ色気ないわよ?」
そんなんじゃ、はたけ上忍がその気になってくれないかもしれないでしょう?
・・・さりげなく付け加えられた恐ろしい科白に、イルカは飛びあがった。
「その気になられたら困るんです!色気は必要ありません!!」
っていうか、どうやったら俺から色気が出るって言うんだ?
きっと絞ったってガマの油ほども出ない。
「それじゃあ『はたけ上忍をメロメロにする』っていう、イルカ先生の目的が果せないでしょう?」
「・・・・・それは俺の目的じゃなくて、あなた方の目的では・・・」
「それに!・・・はたけ上忍の事を置いといたとしても、コレ、まずいでしょ?」
「コレ・・・って?」
じっとこちらを見つめる女性教諭に、首を傾げていると・・・その白い手が自分の方に伸びてきた。
おもむろに、ベストのファスナーを引き下ろされる。
ぎょっとしていると、彼女はぷにっとソレをつついた。
「だからぁ・・・コ・レv」
彼女の人差し指が突ついたもの・・・・・イルカの胸。
彼女が指を引くと、豊満なバストがぷるんと揺れた。
「うわっ!?」
慌ててベストをかき合せたイルカは、真っ赤になって彼女を見上げた。
「な、なにするんですかっ!?」
「そんな立派なバスト、野放しにしてたらまずいでしょ〜?」
「の、野放しって・・・・・」
「そうよぉ?確かに上忍とかの中にはこれ見よがしにみせびらかしてるのもいるけど、私達は仮にも教師。ゆさゆさと揺り動かして歩くのはどうかと思うわ?」
「ゆ・・・ゆさゆさ・・・・・」
「それと、下も以前のままでしょ?」
「え、えっと。まぁ、その・・・」
「ダメよ、ゴムの緩いトランクスなんかで歩いてちゃ?」
「・・・・・・なんで俺のパンツがトランクスなの、知ってるんですか?」
「細かいことは気にしないで?」
彼女はにっこりと笑ってから、ビシリとイルカを指差した。
「とにかく、こんなおっきいおっぱいなのにノーブラ、その上、すぐにずり落ちてうっかり中身が見えちゃいそうな男性用のトランクスなんか穿いてちゃダメ!」
―――ガタガタンと、椅子が倒れる音。
見ると、再びタナゴとウグイが倒れこんでいた。
どうやら倒れた時鼻を打ったようで、今度は鼻血まで出している。
・・・・・どうにも、この頃あいつ等は落ちつきがない。
『悩みでもあんのかな?後でそれとなく聞いてやるか・・・』
そんな事を思っていると、ずいっと顔を覗きこまれた。
「これはゆゆしき問題よ?私達アカデミー女性教諭の品格を下げることにもなるわ。イルカ先生も女になったのなら、その辺キチンとしてもらわないと」
「す、すみません・・・・・」
「分かってくれたなら良いわ。大丈夫、私達が買い物に付き合って、いいの選んであげるからね?」
「はい・・・宜しくお願いします」
品格とまで言われたら、イルカには頷くしか術はなくて。
そして、昼休み・・・イルカは沢山の女性に囲まれつつ、買い物に出かけたのだった。
******
『まさか、コレ・・・買うのか?』
買い物先の店で・・・女性達が次々持ってくるものを見て、イルカは青くなっていた。
正直、女の体で過ごすようになってから、胸の揺れが気になって仕方なかったから、何とかしたいとは思っていた。
とはいえ、イルカとしてはサラシでも充分だったのだが・・・『形が悪くなる!』との猛抗議を食らってしまった。
それならば・・・と、自分としては単に揺れを押さえられればいいので、『スポーツタイプ』と書いてあるシンプルな物を手に取った。
これなら着けるのも楽そうだし、許容範囲。
だが、それもまた、猛抗議を食らって却下された。
『私達か可愛いの、選んであげるv』
―――そう言って店内に散った彼女達。
だが、手に持っている物をチラリとみて、青くなった・・・
それは、イルカには直視に耐えられない物だったのだ・・・正直、中身が入ってなくても、手に取ったら鼻血が出そう。
鼻を押さえながら、視界に入れないようにしていたら、もっと恐ろしい会話が聞こえてきた。
『やっぱり上下お揃いが良いわよね♪』
お揃いって・・・やっぱり、下も女性物ってことですか!?
パンツも確かにずり落ちていたので、新しいのが欲しかったのだが・・・別にサイズを変えるだけで、元のトランクスで良かったのに!!
なのに、やっぱり彼女達が選んだのは、当然のように女性物で。
最後にそれらを問答無用で押し付けられたものの、やはり女性用のものだと思うと上下とも正視に堪えられず・・・女性達の言いなりによく見もせずに購入して、なんとか買い物は出来た。
・・・・・一応、必要な物(いや、俺はいらなかったのだが)は買ったので、そこで終りにしたかったのだが。
それから女性達はますます張り切った。
人を着せ替え人形にして、あれやこれやの大騒ぎ。
しかも、何故かやたら露出の多い物ばかりを着せたがる。
『品格はどうなったんですか・・・・・?』
そう問いただしたいほど、どう見てもセックスアピール重視の服ばかり選ぶ彼女達に、イルカは涙するしかない。
そんなイルカを哀れに思ったのか・・・カンナが助け舟を出した。
「ねぇ、そういうのも素敵だけど・・・はたけ上忍の好みとは違うんじゃない?」
その一言で、彼女達の動きが止まった。
「そうだった、はたけ上忍はケバイのは好みじゃなかったんだわ!」
「うっかりしてたわね・・・あんまり露出が多いと引かれちゃうかもしれないわ」
そんなこんなで彼女達は胸の谷間を際立たせた服や、背中が丸あきの服や、へそが出た服は諦めてくれた。
再度選んだのは水色基調の服。
体のラインを綺麗に見せてはいるが、上品なデザインで・・・先程よりは随分おとなし目な服になった。
それに少しはホッとして、イルカは拷問のような買い物を終えた。
だが――――ホッとしたのは束の間だった。
『うう・・・まさか、こんな格好させられるとは』
確かにスカートは短い上に横にスリットが入っていたが、その下に穿くスパッツも彼女達は選んでくれていた。
それならいいか・・・と思っていたのだが。
帰りぎわ、着替える際に、スパッツは無常にも取り上げられてしまった。
『他の日は良いけど、今日はダメv』
そう言われて・・・ミニスカートのまま、校内から放り出された。
ミニなのにスリットは結構深いし、その下のパンツは布が圧倒的に足りないし、レースが透けてるしっ・・・!
「なんのバツゲームなんだろ、これ・・・・・」
大体、こんな格好滑稽なだけだろう?
確かに体は女になったが、自分には元々女性っぽい部分など一つもない。
性格だって、昔から女子生徒なんかからは『イルカ先生って、若いのにおっさんくさい・・・』なんて言われていたほどだ。
・・・・・・・おっさんのミニスカート。もはや、公害なのではないだろうか?
はたけ上忍も会ったばかりだからその違和感に気がつかなかっただけだと思う。
・・・・・そこまで考えて、ハタと気がついた。
『そっか・・・・・彼に俺が元・オトコだって言うのを知らしめる良いチャンスかもな?』
立ち振る舞いやちょっとした仕草・・・どうやったって、女のようには出来ない。
女性らしい服をきてみたところで、俺のガサツで男臭い態度は変え様もない。
そして、そんなものを見ていれば、カカシさんもオヤ?と気がつくに違いない。
自分が男だと説明するのは拒否されてしまったが、それを見れば段々に分かってくれるだろう。
「なら、気が重いけど・・・この道化のような格好にも意味が出来るってことだよな」
それにしても、恥ずかしい・・・・・うみのイルカ、一生の恥!
とうちゃん、かあちゃん、こんな情けない姿を晒してごめんなさい!!少しだけ目ぇ瞑っててくれ!
イルカは、天国の父母にそう謝罪しつつ、校門に向かった。
******
そして――――カカシとの、先のやり取り。
予想以上のこっぱずかしさに、涙が出そう。
『だが、これでカカシさんもわかってくれる・・・・・』
そう思って我慢していたのに、カカシの口から出た言葉は。
「それ、すごく可愛いです。似合ってますよ」
・・・・・・・・・・・・・・何故だ。
上忍だから、やっぱり感覚が凡人とは違うのか?
――――自分を見て気味悪がらないカカシに、首を傾げるイルカだった。