一緒に並んで歩きながら、イルカは隣のカカシをチラリと見上げた。

「あの、カカシさん」
「・・・なに?」
「前向いて歩かないと、危ないですよ?」
「平気。俺、上忍だから」
「・・・・・そりゃそうでしょうけど、でも、前向いてください」
「なんで?」
「なんでって・・・前向かないなら、せめてそっち側を向いてください」

自分がいる道端ではなく、道の中央を指差す。
すると、カカシは不満そうな顔をして、言った。

「それじゃあ、アナタが見えないじゃない」
「・・・・・・それでいいんですよ」
「よくないよ。だって、見ていたい」
「俺が嫌なんですっ!も、あっち向いてください!!」


も、こっち見ないで下さい!!


イルカは涙目でそう叫んだ。




・ この腕に花を ・ <12 >




他人に凝視されるのは恥ずかしいし居心地悪いものだ。
だがイルカとて、普段ならこんな風に往来で叫んだりはしないだろう。
そんな彼が叫んだのは、恥ずかしさに耐えきれなかったからに他ならない。
何故なら、顔をイルカに向けて陶酔したようにじっと見つめる・・・だけでなく、そのまま何事も無いようにスタスタと歩くカカシは妙に目立っていた。
その上、寄越されるその視線の熱っぽいこと・・・。
モテナイ生活が長く、こんな視線など受け止めた事のないイルカはとにかく恥ずかしくて仕方ない。
だから耐え切れなくて訴えてみたのだが・・・そんなイルカの気持ちを汲んでくれる事はなかったらしく、カカシは熱っぽさに今度は切なさをプラスした視線で見つめてきた。

「見つめるのさえ、許してくれないの・・・?」
「えっと、その・・・」
「俺の事、嫌いですか?」
「へ!?い、いや別に嫌いと言うわけでは・・・・・っ」

悲しげな顔を見て慌てて否定してから、チラチラと辺りを窺う。
今のところ、上忍の女達の姿は見えない。
それには少しホッとしたが、確実に一般人の視線は集まっている。
女として生きていく覚悟はできたが、まだこの姿で外に出る事は慣れていないので、見られる事自体が恥ずかしい。
それなのに、こんな風に視線を集めてしまい、いたたまれない事この上ない。

「カ、カカシさん!店、まだ先ですか!?」
「もうすぐですよ。あと5分も歩けば・・・」
「んじゃ、とっとといきましょう!!」

ガッとカカシの手を取り、その手を引いた。

「店、どっちですか?」
「あー・・・・・あの豆腐屋の角を右に曲がって」
「豆腐屋の角を右ですね!?」

カカシの手を引いてすごい勢いで歩き出すイルカの背中を、カカシは目を細めて見つめ、嬉しげに微笑む。
だが、イルカはそんなカカシに気づく余裕も無い様子で、足を速めて。
そして、二人はそのまま手を繋いで路地へと入っていった。



******



着いた居酒屋は前回の料亭とは違い、イルカでも普段から入れそうな庶民的なところだった。
案内されたのは、ふすまで仕切り、個室にしてある座敷。
向かい合って座って、店員が部屋を出た途端、イルカは噛み付くように言った。

「・・・どこが5分なんですかっ!」
「5分ですよ?・・・・・・・・・・・最短距離で進めば」
「・・・!!やっぱり、アンタ回り道してましたねっ!?」

5分で着くと言われて向かった居酒屋だったが、着いたのは30分後だった。
イルカの知らない店だった為、カカシの案内で進んでいたら、こうなった。
歩きながら不審に思っていたのだが、やっぱりそうだったか・・・と、にイルカはカカシを睨みつけた。

「なんで、そんな回りくどいことするんですかっ!無駄に疲れたじゃないですか!!」
「だって・・・」
「だって、なんですか!」
「イルカ先生が手を繋いでくれたから」
「え?」
「離したくなかったんです・・・もったいなくて」


ごめーんね?


スルリと口布を外して、微笑むカカシ。
それを見てピクリと肩を揺らし、うろうろと視線を彷徨わせながらイルカは心の中で毒づく。

『・・・反則だろ』

目の前には、一瞬息を呑んでしまうほどの、綺麗な顔。
憤り高ぶっていた気持ちが、一瞬で萎えるのを感じる。
・・・この人は、絶対この顔で今までも色々と許されて来たに違いない。

『しかも、それを自分で分かってて、有効活用しているのが腹立つよな〜』

ブツブツと心の中で毒づきながらも、それ以上責める気持ちはやっぱり消えてしまった。

「も、いいです」
「許してくれるの?」
「・・・俺なんかの手を握って何が楽しいのかわかりませんがね」

ふうとため息を吐きながら、メニューを広げた。
『あ、湯豆腐がある。温野菜のサラダも・・・』
昨日の酒が少し残ってる気がするから、胃に優しいメニューにしとくか・・・。
そんな事を考えていると、なにやら視線を感じて、顔を上げた。
目に入ったのは、熱い視線。

「楽しいですよ」
「え?」
「好きな人に触れられたんだから、楽しくないわけないでしょ・・・?」
「え、えっと・・・」
「楽しくて、嬉しくて・・・離したくなくなったんです」

カカシは腕を伸ばすと、イルカの手からやんわりとメニューを奪い去って、その手を握った。

「わかってもらえないですかね・・・そんな男心を?」

そのまま秀麗な口元に引かれていく己の手をぼんやりと見つめていたイルカだったが、触れる寸前に我に返った。
慌てて自分の手を引き戻して、残念そうな顔をしている男前を睨みつける。
・・・ゆだんも隙も無い。

『でも、そんな事をしていられるのも今のうちだけだ』

これから、『おっさんくさい』とまで言われた俺の男らしさを、めいっぱい見せ付けてやるぜ!
ふふんと心の中でほくそ笑んで、イルカはカカシを挑戦的に見つめた。
だが、カカシはイルカの意図など知らぬように自分に向けられる視線を微笑んで受け止めて、先程イルカから取り上げたメニューを差し出した。

「まずは注文しましょうか・・・イルカ先生、何にします?」
「あ、湯豆腐と温野菜サラダを・・・」
「わかりました」

カカシは店員を呼ぶと、イルカの注文と他に魚料理など何品か追加して頼んで・・・そして、イルカに向かって微笑んだ。

「イルカ先生、ヘルシーメニューが好きなんですね」
「え!?」
「美容の為ですか?だからそんなに肌が綺麗なのかな?」
「はぁ!?」

違います、昨日飲みすぎたせいで、胃もたれしてるだけなんです!
普段は焼き鳥やらカツ丼やら、家にいればカップラーメンとか、ヘルシーとは程遠いメニューなんです!!
特にラーメンは、一日三食でも平気なくらい大好きですっ!!!
そう心の中で猛然と否定しつつ、カカシを見上げた。

「ち、違うんです、俺・・・・・っ!」

焦るイルカの言葉をさえぎって、カカシは愛しげに微笑んだ。


「ホント、イルカ先生って女らしいんですね。・・・かわいいなぁ」


蕩けるように見つめられて、愕然とする。
『男らしさを見せ付ける計画』は、どうやらしょっぱなから躓いてしまったらしかった―――






なかなか思うようにいかないイルカ先生でした(笑)


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