なんとか『男らしさ』をアピールして、カカシに男だというのを信じてもらおうと思うイルカだったが・・・その作戦は、最初から躓いてしまった。

まず、食事のチョイスを間違った。
普段は、まさに『独身男』といった感じのメニューばかりを頼んでいるのだが、昨日吐くほど飲んでしまい、胃もたれしていたため、胃に優しいメニューを注文した。
それがまずかった。カカシさんに女性らしい食嗜好と勘違いされてしまった。

『食事内容で失敗したなら、態度でだ!』

一度はへこたれそうになったイルカだったが・・・
何とか気を取り直すと、もう一度気合を入れつつカカシを見つめた―――




・ この腕に花を ・ <13 >




どうするか考えて、とりあえずお絞りで顔を拭いてみた。
男らしいを通り越して、オヤジくさい仕草・・・おしぼりで顔拭き。
これでカカシさんも幻滅しただろうと内心ほくそ笑みつつ、顔を上げた。
案の定、彼は少し驚いた顔でこちらを見つめて。

「・・・イルカ先生、おしぼりで顔を拭くのはオヤジがやることですよ?」
「はは、すみません、つい・・・気持ちよくて」

してやったりと、笑顔で答えたのだが。

「でも、イルカ先生がやると、なんだか微笑ましいですね?」
「はぁ?」
「あ、そのおしぼり汚れたでしょ?取り替えますよ。俺のはまだ使ってませんから」

思わぬ反撃に唖然としていると手に持っていたおしぼりを持っていかれてしまった。
変わりに手の上に乗せられたのは、使用してない新品のおしぼり。
それに気がついて、慌てる。

「あ、あ、別に取り替えなくていいですよ!っていうか、カカシさんのが無くなるじゃないですか!」

返そうと、渡されたばかりの新品のおしぼりを差し出したが。
カカシはその新品のおしぼりには見向きもせず、じっとイルカの使ったおしぼりを眺めて。
あろうことか・・・「くん」と匂いを嗅いだ。

「・・・アナタの匂いがする」

うっとりと呟く男に、イルカは真っ赤になった。

「な、何言って・・・!へ、変態ですかっ!?」
「ふふ、ごめーんね?俺、アナタの匂い、すごく好きなものだから・・・つい」
「へっ?」
「良い匂いだよねぇ。夕べは、腕に抱きながらクラクラしちゃった・・・」

初めて会った時から思ってた・・・アナタの匂い、俺にはたまらない。
―――嗅ぐと、ついうっとりしちゃうのよ。
カカシはそう言いながら額宛を外して、ベストをくつろげて。
そして、ゆったりとした仕草で、薄く開けた瞳でこちらに流し目をくれて、妖艶に微笑む。
その笑みに、『うっ』っと言葉を詰まらせて、イルカは再び赤くなった。

『このひと・・・っ』

服着てても、色気垂れ流しなんだ!?
脱いでなくても、色気大王なんだ!?
微笑むだけで、猥褻物陳列罪なんだ〜〜〜〜〜〜!!
頭の中でそう叫びながら、イルカは速攻でカカシの手の中の使用済みおしぼりを取り返した。

「ば、バカな事言ってないで返してください!ほら、あなたはこっちを使って!」
「えー?」
「えー?じゃありません!!」

恥ずかしくて乱暴な口調でそう言ってから、イルカはハタ・・・と思い当たった事を聞いてみた。

「カカシさん、もしかして・・・」
「なに?」
「あなたが俺の事『好み』だって言ったのは、体臭の事だったんですか?その、容姿とかじゃなく・・・?交際を申し込んだのは、好みの匂いだったからですか?」

恐る恐るそう聞くと、カカシはきょとんと瞬きをしてから、微笑んだ。

「きっかけは、そうですね」

俺、常人より嗅覚良いんで、匂いには敏感なんですよ。
例えば、容姿が好みでも、匂いが気に入らないと付き合う気にはなりませんねぇ?
・・・匂いって、大事ですよ?
そういうカカシの言葉に、イルカは脱力した。

「あれ?イルカ先生、なに脱力してるの?」

言っとくけど、もちろん匂いだけって訳じゃありませんよ?
きっかけは匂いですけど、顔も性格も込みで丸ごとぜーんぶ好きですよー?
っていうか、こんなに好みの人もいないって位で・・・だから、断られてもあきらめられなかったっていうか・・・って、聞いてます?
呆けたように宙を見るイルカにカカシはそう付け足すが、当のイルカは意識を遥か彼方に飛ばしてしまって、全く聞いていなかった。

『好きなのが匂いなら、服とかは関係ないんじゃないか!』

カカシに気に入られるようにと、同僚達に着せ替え人形にされた。
下着も、今まで使用していた物のサイズが合わなくなったので、女物に変えなきゃいけないのは仕方が無い事だが、カカシに気に入られるためだけに、不必要にひらひらスケスケしたものばかり買わされてしまった。
しかも、彼女達が選んだ服や下着は、男物より圧倒的に布地が少ないのに、かなり高かったのだ!
『今までの服なら、この三倍は買えたのに・・・』そう嘆きながら、「自腹」でそれらを購入したイルカにとって、『好きなのは匂い』発言に脱力するのは致し方ないことだろう。

『不必要な物のために、あんなに大枚を・・・(涙)』

そう心の中でさめざめと泣いていると、顔を覗き込まれた。

「ねぇ、イルカ先生。俺の話聞いてます?」
「・・・カカシさんっ!」
「はい?」
「俺、明日から支給の忍服でもかまいませんよね!?」
「・・・は?そりゃ、別に忍服でもかまいませんけど・・・?」
「服装で嫌いになるってことはないですね!?」
「それは、もちろん。・・・どんな格好でも、どんな姿でも、アナタが好きです」

真面目な顔でそう答えるカカシに、イルカは久しぶりに心からの笑顔を見せた。

「良かったー!もう、こんな格好させられないで済む!」

カカシさんが服は関係ないと太鼓判を押したんだ、支給服着ていても皆への言い訳もつく。
ああ、これ以上あのバカ高い買い物をしなくていいんだ!!
これ以上買わされたら、今月どうやって暮らそうかと思ってたんだ〜!本当に良かった!
一人で納得してガッツポーズをするイルカに、カカシはボソリと小声で呟いた。

「・・・一応、愛の告白だったんですけーどね」
「え、何か言いました?」
「まぁ、いいです・・・」

カカシの溜息に首を傾げていると、店員がこちらに向かってくるのが見えた。

「あ、料理来たみたいですよ!」
「お待たせしました〜。温野菜サラダと、湯豆腐、メバルの煮付けと・・・」

店員が次々と置いていく料理を眺めつつ、イルカは先程までの胃もたれが少し和らいだのを感じて微笑んだ。
状況が変わった訳ではないけれど、女装しなくて済むと分かっただけでも、気分が上昇する。

『やっぱり、そう簡単に女になんかなれないよなぁ・・・』

やはり、体が変わっても女にはなれそうもない。
もっとチャクラがあれば、一生変化して過ごしたいくらいだ。
俺を女と信じて想ってくれるこの人には少し申し訳ない気がするけれど・・・女にはなれないんだから、諦めてもらうしかないだろう。
男だという説明には耳を貸してくれないから、事実を説明して諦めてもらうのは難しくなったが・・・普通に、女性として振ることは有りなんじゃないだろうか?
ちょっと気が咎めるが・・・好みじゃないとか、適当に理由をつけて。

『ああ・・・でも、先生達が許してくれるかどうか』

ちょっと強引なところもあるけれど、基本的にいい人みたいだから、真剣に断ったら彼は聞き入れてくれると思う。
たぶん、上忍の地位を使って無体な事などしないタイプの人だ。
だから、カカシさんの方はなんとかなるかもしれないが・・・それを同僚の女性教師達が許してくれるかどうか?
・・・というか、絶対許してくれない気がする。

『先生方が上忍達から罵詈雑言を浴びせられたのは、俺の所為だから・・・無碍にはできないしなぁ』

かといって・・・友達にはなれても、女性のようにこの人を愛するなんて無理だろう。
なにより、その気も無いのに付き合うのは、やはりカカシさんに失礼だ。

「やはり、ここは男をアピールして、向こうから断ってもらうしか・・・」
「なにがです?」
「あ・・・えと・・・」

どうしていいか分からず言葉を濁すイルカに、カカシはクスリと笑った。

「イルカ先生、とりあえず食事しませんか?」
「あ・・・はい」

イルカは慌てたように割り箸を割った―――



******



その後食事をした訳だが・・・カカシとの食事は、思いの外楽しいものだった。
胃に優しいメニューにしたせいか、食事も美味しかったし、色恋抜きにしたカカシとの雑談はとても楽しくて、「恋人とかじゃなく、友達としてならすごく仲良くなれたかもしれないな・・・」そう思わせられた。
そして、七班の話題がでると「カカシに男だと分かってもらう作戦」の事などすっかり忘れて、話し込んでしまった。
夢中になって子供達の話をしていると、カカシがふと気がついたように言った。

「イルカ先生・・・足、崩したら?」
「え?ああ・・・そうですね」

上忍との食事だったんで、一応正座をしていたのだった。
そういえば、少ししびれてきたな・・・と思いつつ、足を動かす。

「話に夢中になって忘れてました・・・ちょっとしびれちゃいましたね」
「俺に気を使う事は無いですからね?これからも俺が言わなくても楽にして?」
「はは、そりゃありがたいですね。んじゃ、そうします」

そう言って足を崩して楽な姿勢を取ったら・・・カカシが驚いたように目を見開いた。
その表情を見てイルカは『なんだ・・・?』といぶかしんでから、『ああ・・・』と内心ほくそ笑んだ。
何の考えもなしに、いつもどおり座ったのだが・・・それは『胡坐』で。
さすがに女が胡坐をかく姿に、カカシは驚いたようだった。
だが―――イルカにとっては好都合。
ここで幻滅されれば、お付き合いの話はなかったことになるだろう。

「イルカ先生、その座り方は・・・」
「え?何かおかしかったですか?俺、いつもこうですけど?」
「・・・・・・・・・・・・・いつも?」
「ええ。同僚との飲み会とか、外で腰下ろす時とか―――いつもこうですよ」

朗らかにそう答えて、カカシの様子を窺う。
『きっと、彼は今頃幻滅したような顔をしている事だろう』・・・そう思いつつ視線を向けたのだが。
予想に反して、彼は真剣な・・・いや「怖い」と言っていいほどの険しい表情をしていた。

『え・・・?幻滅通り越して、怒った?』

はしたな過ぎてムカついたとか、理想だとおもったのに夢を壊された・・・とか?
少々ビビリながら、そろぉりと上目遣いで彼を見上げた。
すると、抑えたような声が聞こえてきた。

「・・・イルカせんせ・・・オレの事、試してます?」
「は?」
「そんな挑発的な格好で・・・」


俺の自制心、試してます―――?


『はい?』
―――そう聞きかえす前に、カカシが目の前にいた。
瞬身を使ったらしい彼に驚いて後ずさると、後ろの壁に背中が当たる。
逃げ場が無くなったイルカの後ろの壁に片手をついて、カカシが顔を覗き込んできた。
イルカは、ごくりと唾を飲みこむ・・・。

「カ、カカッ・・・?」
「・・・アナタ、さっき支給服で良いかって聞きましたね?そうですね、アナタは支給服の方が良い」
「え・・・・・」
「こんな服で足広げて・・・丸見えじゃないですかっ!ダメですよっ!!」

どうやら、向かいから見るとパンツ丸見えだったらしい。

「え・・・と」
「しかも、同僚との飲み会なんて!外も言語道断、誰が見てるかわかんないんですよ!?」

アナタのそんな姿、他の男が見るなんて許せません!
すごい剣幕で怒るカカシに、イルカは困惑しつつ彼を見つめた。

「あの・・・誰も気にしないとおもうんですけど・・・・・」

今までこんな格好した事もないし、第一男だったんだから、誰も気にする訳が無い。
だが、イルカの言葉は、さらにカカシに怒りに火を注いでしまった。

「アナタは自覚無さ過ぎです!」
「そ、そんなことは・・・・・・」

言い訳しようとしたら、抱きしめられた。
それに驚いて、身じろぎをする。

「ちょ・・・カカシさん、やめっ・・・・・」
「決めました・・・」
「は・・・?」
「今日から俺と暮らしましょう!」
「はぁっ!?」
「こんな無自覚で無防備なアナタを放っておけません!」

あまりの発言に、呆然としていると・・・先程の荒々しさを一転させ、カカシは愛し気に、優しく抱きしめなおして言った。

「俺が側にいれば、絶対アナタを危険な目には合わせたりしませんからね・・・」

優しげな声でそう耳元に囁かれたが・・・イルカはその言葉にハッと我に返って、カカシの胸に両手をつっぱった。

「ちょ・・・!そんな事勝手に決めないでください!!」
「嫌?」
「嫌っていうか・・・だ、第一、あなた手は出さないって言ったじゃないですか!?それなのにいきなり一緒に住むなんて・・・」
「ああ、心配しないで?もちろんアナタの了承があるまでは、体の関係は我慢しますから・・・」

家、どちらにします?
住み慣れたところがいいならアナタのアパートでもいいですけど、俺の部屋の方が広いし・・・うちにきません?
―――抗議の声も聞かず上機嫌で話を進めていくカカシに

「・・・は、話を聞け〜〜〜〜!!」

――――彼の腕の中で、ジタバタと暴れるイルカだった。






いきなり同棲(笑)


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