「そういやイルカ・・・もう3日も休んでるけど、どうしたんだろうな」


アカデミーの職員室で。
イルカの同僚のタナゴは、同じく同僚のウグイにそう聞きながら茶をすすった。

イルカはこのアカデミーの中でも真面目で、無断欠勤など皆無。
その上、夏はエアコンなしでパンツ一丁で過ごし、冬は寒いと腕立てふせをして体を温めるというエコロジー(?)な男。
当然体力もあり、病気らしい病気などもしたことがない。
任務で怪我を負ったとき以外は、皆勤賞を誇る元気者だった。

それが、もう3日も欠勤している。

もちろん無断ではなく上部にはちゃんと届けが出ているようだが・・・
それにしても、あの真面目な男が3日も電話一つなく、子供の様子を聞く事もないのがどうにも不審な気がした。

「任務だって話も聞かないし、病気かも・・・俺、今日あたりアイツの家に行ってみようかな?」
「あ、イルカなら今日から出るって話だぞ?」
「え、そうなのか・・・・・そりゃ良かった。やっぱ、風邪だったのかな?」
「んー、そんなとこじゃねぇか?出てきたらからかってやるか?『お前も風邪引けたんだな?』ってさ」

イルカの悪友二人は、そんな事を言って、あははと笑った。
その時、ガラリと職員室引き戸が開く音が聞こえた。



「おはようございます!」



開くなり聞こえた元気な挨拶に、二人は『噂をすれば・・・』と顔を見合わせて笑ってから、振向いた。


「イルカ!お前3日も何して・・・・・・」


そう言い掛けてから、タナゴはポカンと口を開けて言葉を切った。
そこには、イルカ・・・・・・に良く似た、女が立っていた。




・ この腕に花を ・ <2>




「わりぃな、3日も休んじまってよ。子供達、変わりなかったか?」

二人の隣にあるイルカの机に鞄を置きながら、そう聞いてくるその女に―――タナゴは我に返ったように聞き返した。

「や、やっぱ・・・イルカなのか?」
「ん、俺だ」
「・・・その格好、どうしたんだよ?」

ウグイも、戸惑ったように質問する。
すると周りの教師達も気がついたようで、皆ぞろぞろと集まってきた。

「え?イルカ先生??」
「どうしたんですか?なんで女性に変化なんか・・・・・」

困惑した顔で次々質問してくる同僚達を見て、イルカは苦笑を浮かべて言った。

「んーと、変化って言うか・・・これが真の姿になったていうか」
「どういうことだ?」
「あ!!もしかして・・・イルカ、あの任務の時の・・・・?」

思い出したように声をあげたウグイに、イルカは頷いた。

「そ、あれからもとにもどんなくなっちまってさ・・・」
「お、俺・・・あの後お前がいつもと変わらない姿でアカデミーに来てたから、てっきり戻れたもんだと・・・・・」
「いや〜、里に戻れば何とかなると思ってたからさ、とりあえず家以外では元の男の体に変化してたんだ」
「そ、そうだったのか・・・・・」
「お、おい。どういう事だ?俺にも説明してくれよ!」
「んと・・・・・・・・なんていったいい・・・かな」

「それは、私の口から説明しましょう・・・」

タナゴがイルカに詰め寄った時、人垣の後から声が聞こえた。
振向くと、そこにはいつの間にか校長が立っていた。

「校長・・・」
「イルカ先生。皆さんに説明しても宜しいですね?」
「・・・はい、お願い致します」

イルカは校長を見つめ、頷いた―――――



******



校長の話は、こうだった。


一月ほど前、イルカは久々に任務についた。
アカデミー教師はあまり外回りの任務につくことはないが、その日は人手不足で。
しかも、アカデミーが連休中だったこともあり、イルカとウグイにその命が下ったのだ。
依頼は、ある国の神官の護衛。
その国の半数の国民が信仰している宗教の神官が、山奥にある聖地に年に一度巡礼を行う。 その道中、彼を護衛するのが今回の仕事だった。
対立するもう一つの宗教がその国にはあり、その動きがこのところ不穏だということで、木の葉に依頼があったのだ。

しかし、出立の朝―――神官が急な病に倒れた。

だが、年一度の奉納は欠かす事の出来ない行事。
仕方なく、16になったばかりの神官の娘の巫女が、名代を勤める事になった。
しかし、その際―――護衛する上で困った事が起こった。
この宗教の巫女は、20歳を過ぎるまで決して男に触れてはならぬ決まりがあった。
性的な意味だけではなく、文字通り指先一つ触れることは許されない。
父である神官でさえ、生まれてこのかた娘を抱いた事がないという、厳しいものだった。

困ったのは護衛を依頼された木の葉の忍達。
今回の任務にあたるのは、上忍二人とイルカとウグイのフォーマンセル。
だが、最初の依頼が『神官の護衛』だったため、男性だけのチーム編成だったのだ。
しかも神官の急病で日程が遅れた為、すぐに出立しないと奉納の日に間に合わない。
今から新しくチーム編成をするわけにも、新たにくの一を呼ぶ時間の余裕もなかった。

「やはり、妨害を受けたときの事を考えると、巫女殿に触れられないのは護衛しずらい・・・背負って逃げなければならぬ場合だってあろう」

眉を寄せる隊長に、イルカも考えを廻らせる。
そして、隊長と巫女に一つの提案をしてみた。


「・・・それならば、女体に変化するというのはどうでしょう?・・・こんなふうに」


イルカは印を結んで、女性に変化してみせた。
だが、巫女は首を横に振った。

「変化したといえ、まがい物であろう?中身が男では、男に触れられたのと同じじゃ」
「ダメですか・・・」

肩を落として、元に戻ろうと再び印を結びかけたイルカに、巫女が突然思い付いたように声をかけた。

「まて!・・・そうじゃ、まがい物だからいかんのじゃ。ならば、そちが本物のおなごになればよいではないか!」
「は?それはどう言う・・・・・・」
「我が神から授かりし秘術がある!」

それは、遺伝子レベルまで完全に女体に変化させる、この国の成人の儀前の巫女だけが使える女体転生の術だった。

「本来、男に触れられぬ巫女が自衛の為に編み出した術なのじゃ。邪な奴等に襲われた時、触れられる前にその者をおなごに変化させてしまうわけだな。・・・かなり力を使うからめったには出来ぬのだが、背に腹は変えられぬ。力を尽くしてそなたに施してやろう」
「えっ・・・!?で、でも・・・俺、ずっと女は困るんですが・・・(汗)」
「心配するな。解除の術もある」
「ほ、本当ですね!?」
「ああ。ただし、そちがわらわを守りきれたら・・・・・・じゃがのう?」

その術を使えるのは、わらわだけだからのう?
若干16歳な筈なのに、大人顔負けの迫力がある巫女の視線に―――イルカは、冷や汗を流しながら、「・・・宜しくお願い致します」と頭を下げたのだった。


そして、巫女の術を施され―――
もとの面影をのこしながらも、完璧な女体となったイルカは、巫女の側について、護衛任務にと出発。

――――だが、やはり道中半ばで敵の襲撃に会う事となる。

「イ、イルカ!」
「巫女様!私の側から離れないでください!!」

敵も忍を雇っていたため、忍同士の息詰まる攻防が繰り広げられた。
巫女とイルカに迫る敵忍。
それをなぎ払う為、イルカは術を使うべく、印を結んだ。

「水遁!」
「くっ・・・させるか!呪術封印!!」

イルカの水遁は敵の封印術によって、発動を阻まれ・・・・・る筈だった。

「ぐわっ!!な・・・なぜ・・・・っ」

だが、イルカの術はしっかりと発動し、敵をなぎ払った。
他の木の葉達も敵を退け―――
そして、巫女一同は無事に聖地に着くことができたのだった。

だが、巫女が聖地から宮にもどり、木の葉の忍達が任務終了にホッと息をついた時
―――イルカは、その事実を知ることとなる。

「な、なぜじゃ・・・・・」
「巫女様?」
「解術が、効かぬ」
「え?」
「そなたにかけた秘術の解除ができぬのじゃ!」
「!!」


しん、と――――その場は水をうったように静まり返ったのだった・・・



******



「・・・と言う訳で、イルカ先生は女性になってしまわれたのです。今のことろ、解術方法が見つからないとのことでした」


校長の話が終わり、あの時のように職員室は静まり返っていた。
イルカは苦笑し、その場の雰囲気を変えるように、なるべく明るい声を出した。

「火影様も色々手を尽くしてくれたんだけどなぁ、巫女様の術が特殊だった上、敵忍が使った封印術もそいつのオリジナルだったらしくて―――妙なふうに混じりあって、どうにも解けないんだと。巫女様もあの後責任感じて色々と調べてくれたらしいが、解術方法はみつからなくてな・・・見つけたのは、巫女様の何代か前の巫女様の時に似たケースがあったってことだけだったんだ」
「そ、その時は・・・どうだったんだ?」
「・・・・・んーと、死ぬまでもどんなかったらしいな」

その言葉に、また辺りは静まり返った。
再び重苦しい空気になったのに慌てて、イルカはあははとワザと笑い声を上げながら言った。

「ま、仕方ねぇよな!運がちょっと悪かったけど、別に命に別状があるわけでもなし、忍術が使えなくなった訳でもないから教師も続けられるし・・・今までと大してかわんねぇよ!ね、校長!?」
「・・・・・・・・・ええ、イルカ先生。これからもアカデミーで先生として力を貸してください」 「はい!俺、これからは女性教諭として頑張ります!」

校長にぺコリと頭を下げてから、イルカは皆に向き直った。
そして、皆を一度ぐるりと見まわしてから、大きく息を吸って、宣言するように言った。



「うみのイルカ、これから女として生きていきます!ちょっと見た目変わりましたが、これまで同様宜しくお願いします!!」



イルカは吹っ切るように、そう大きな声で宣言したのだった――――






こう言う訳で、女になっちゃいました。(笑)
女になっても、元気のいいイルカ先生でいきたいと思います!
・・・ところで、アカデミーって校長先生っているんですかね・・・?


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