イルカは自分の担当教室の前で立ち止まり、ドアをじっと見つめた――――
今日は子供達にとって大事な日だ。
俺にとっても新しい人生の始まりの日だけど・・・子供達にとっても始まりの日。
――――今日、子供達はスリーマンセルの組み合わせを言い渡され、上忍師と引き合わされる。
アカデミーを離れ、忍への道を一歩踏み出す子供達。
今まで手塩にかけてきた俺の教え子達の、門出の日。
イルカは、ふうっと息を吐いた。
『今日、来てよかった・・・』
私事にかまけてこの日休んだりしたら、俺は多分一生後悔してた。
火影様が俺にくれた休暇が三日だったのは、アカデミーの予定を知っていたからだろう。
うろたえる俺に心の整理をつける時間をくれ、落ち着いた気持ちで子供達の門出に立ち会うように計らってくれたのだ。
イルカはあらためて三代目に感謝をしながら、背筋を伸ばした。
「よし、いくぞ!」
そう小さく呟きながら、気合を入れ、ドアに手をかけた。
その後ろ姿は、先ほどの職員室とは異なり・・・男性のものだった。
・ この腕に花を ・ <3>
ナルトのブーイングなど小さなトラブルがあったものの・・・。
クラス全員の班編成の発表が終わった――――――
「後は、上忍師の先生がお前達をここに迎えに来てくださるから、いらしたら速やかに各先生の指示にしたがって動くように」
そう最後の指示を出して、イルカはぐるりと教室内の生徒を見渡した。
自分の手から離れていく、愛しい子供達。
その先に待っているのが厳しい道なのを知っているから、心中はかなり複雑だ。
彼等の成長は嬉しい。
―――だが、彼等の先にある修羅の道を思うと、胸が苦しくなる。
『いや・・・こいつらは、強い。・・・強い子達だ』
悩むだろうが、きっと乗り越えてくれると・・・・・そう信じよう。
イルカはきゅっと唇を噛み、そして子供達を見つめた。
「・・・これから、お前達は厳しい道に進む事になる。でも、きっとお前達はそれを乗り越えていける!なんてったって、俺の自慢の教え子達だからな?」
頑張れよ!
ニッっと、満面の笑顔で笑ってやる。
すると、子供達もそれぞれに笑顔を浮かべて、「もちろん」とか「大丈夫」などと返してくれて、イルカの笑みもますます深くなった。
そのうちナルトが「おう!イルカ先生まかしとけって、俺は火影になる男だからな〜!」と軽口を叩き、サスケに「ドべのクセに大口叩くな、ウスラトンカチ」と切り捨てられ、軽く騒ぎになったりしたが・・・イルカは頼もしさを感じながら、子供達をみつめた。
「では、先生はこれで退出する・・・と、その前に。最後にお前達に言っておかなきゃいけないことがあった」
「なにー、先生?」
子供達が見つめる前で、今度は苦笑して見せた。
「うん、実はな・・・」
印を結んで、変化を解いた。
現れた女体のイルカに、ポカンとする子供達。
それを見ながら、イルカはまたニッと笑って見せた。
「先生・・・事情があって、女になったから。これからずっとこの姿だからな!卒業後会いに来てくれる時は、間違えないでくれよ?」
その後、教室内はまた騒然となったのだった――――
******
職員室に戻った教師たちは、今年度の資料などを片付けながら話をしていた。
「あ、アスマ上忍のとこが出ていった・・・上忍師の先生、これで全部かな?」
「んー・・・そろそろ終わりじゃねぇ?」
窓の外を見ていたタナゴが声をあげ、ウグイが続く。
「いや。ナルト達の班がまだだ・・・・・」
イルカの心配げな声を聞いて、タナゴが苦笑した。
「相変わらずお前、ナルト、ナルト、だなぁ」
「ちょっ!人聞きの悪いこというなよ!俺はひいきはしてないぞ!?・・・・・してないけど」
「わかってるって。昔からいうもんな『出来の悪い子ほど可愛い』ってよ?」
俺らだって同じだ。出来の悪い生徒ほど、心配になるもんだ。
そう笑う同僚二人に、イルカも笑い返した。
『俺の場合、その上にどうしてもアイツに俺のガキの頃を重ねちゃうから、余計気になるんだよな・・・』
やっぱ、ちょっとヒイキかなぁ。
イルカが内心で苦笑していると、タナゴが聞いてきた。
「ナルトんとこ、上忍師誰だっけ?」
「えっと、はたけカカシ上忍・・・って聞いたけど?」
「はたけカカシ!?」
「なんだよウグイ・・・大きな声だすなよ?」
「だって・・・はたけカカシって、『写輪眼のカカシ』じゃねぇか!」
「え?」
「お前だって、名前ぐらい聞いた事あるだろうが?」
「あ、うん。でも・・・本当に名前ぐらいしか」
「かーっ、お前、本当に噂話とか疎いからなぁ」
ウグイとタナゴは顔を見合わせてため息を吐くと、イルカに説明しだした。
「あのな、『写輪眼のカカシ』っていえば、他国のビンゴブックにも載ってる、木の葉トップレベルの忍だぞ?・・・今現在の現役では最強だな、多分」
「へぇ!ナルト、そんな人に教えてもらえるのか!」
「ああ・・・でもなぁ」
「なんだ?」
「はたけ上忍の下忍試験、難しいって聞いたぞ?」
「そ、そうなのか?・・・・・かなり厳しい人なのか?」
「あー・・・その辺は俺もよくわからねぇよ。それこそ一介の中忍が話しかけられるような人じゃねぇしなぁ。いろいろ噂は聞こえてくるけどさ?もと暗部だとか、戦い中は鬼人だとか、出会った敵は一瞬で殲滅・・・とかさ?」
イルカはウグイの言葉に固まった。
聞いただけでも、厳しそうな人だ・・・サスケはともかく、サクラやナルトがついていけるだろうか?
不安に顔を曇らせるイルカの後から、別の声がかかった。
「それだけじゃないわよ〜!?くの一のランキングで常にトップなのよ!」
声をかけてきたのは、明るくサッパリした気性のくの一・カンナ先生。
「カンナ先生、なんのランキングなんです?」
「もちろん、『抱かれたい男』よv」
「だ、だか・・・れっ!?」
「エリートだし、高給取りだし、何しろ強いしねv・・・しかもねぇ、常にマスクしてるんだけど、下ろすとすっごい美形って噂なのv」
「・・・・・・・・・・はぁ」
「はぁ・・・じゃないわよ!イルカ先生も今月から投票権得たんだから、ちょっと興味もちなさいって!」
カンナの言葉に、イルカはきょとんと瞬きをした。
「え、投票権??」
「くの一には、コハル様発行の『月間くの一』って小新聞が毎月配られるのよ?アンケート用紙もついてて、それでランキングに投票出来るの」
「そ、そうなんですか!?」
し、知らなかった・・・・・。
イルカだけではなく、タナゴやウグイも心の中でそう呟く。
「先生、忍者登録も『くの一』に訂正したんでしょう?だったら、今月から配布されるわよ?」
「はぁ」
「今月号は特に期待してるの。なんてったって、赤丸独身忍者特集よv」
「あ、赤丸・・・?」
「つまり、独身で有望な忍の特集なの・・・今フリーのくの一達は色めきたってるわよv」
つまりは、男探しに有効らしい。
「いや、俺、そんなものもらっても・・・・・」
「・・・まぁねぇ、イルカ先生は女になりたてだしね」
「ですよ。ナリはこんなになっちゃいましたけど、これからも男見てときめくとはおもえませんって」
「そうよねぇ・・・・じゃあ、百合な恋人探すの?」
「えっ!?そ、そんな事は考えてないですっ!俺、不毛な恋愛はちょっと・・・・・」
そこまで考えて、凹んだ。
女になった事にパニックになってよく考えてなかったが、あらためて考えると、俺のこれからの恋愛は八方ふさがりだ。
・・・凹みだしたイルカに、慌てたようにカンナは声をかけた。
「い、イルカ先生。その辺はゆっくり考えればいいわよ!女として生活していくうちに、気持ちも変わるかもしれないし。どうしても女しか愛せないって時は、アタシが同性専門のくの一紹介してあげるから!」
「・・・・・・ありがとうございます」
励まされながらも、がっくりと肩を落としたままのイルカを見ながら―――
タナゴとウグイは気の毒そうに声を顰めながら会話する。
「そういえば、そうだよな・・・」
「俺達、いままでも揃って女にはあんまり縁がなかったけど・・・イルカは、それが絶望的なレベルになるだもんなぁ」
「ああ、カンナ先生が百合な相手紹介してくれるみたいだけど、それもまた、複雑だよな・・・」
「うん。かといって、男好きになれってのも無理だろ?アイツ完全にノーマルだったし、体変わったくらいで男に抱かれる気にゃならんだろうしなぁ」
「イルカ・・・災難だなぁ。良い奴なのに」
二人は、心底気の毒そうに、顔を歪めた。
「そうだよな。気の良い奴だし・・・苦労してる奴だから、優しいし、思いやりあるし」
「そうそう!そんな奴だからさ、子供達にも好かれてるしな?」
「ああ。それにさ、アイツ意外に料理とか上手なんだよな!」
「うんうん。俺もさ、酔っぱらって泊めてもらった時なんか、甲斐甲斐しく世話してくれて。朝はありあわせで、ササッと美味い朝飯つくってくれたりしてさ」
「あー!俺もさ、風引いた時世話してもらったんだ。粥もつくってくれたりしてさ・・・俺、一人暮しだからなんか優しさが身にしみたな〜。つい『お前、良い嫁さんになるぞ』なんて、からかったりして・・・・・・・」
そこで、不自然に二人の会話が途切れた。
二人の視線の先には、イルカ。
男の時、割とがっちりしていたイルカの体型は―――なんというか、むっちりした体型に変化している。
太っているとか言う意味ではなく、出るところは出てくびれている所はちゃんとくびれている・・・つまり、結構グラマー。
しかも、性格は以前のまま―――思いやりがある良い奴で。
子供に好かれて、優しくて。
経済観念がしっかりしてて、料理も上手い。
そして、なんと言っても男だったんだから、男心もばっちりわかったりして・・・・・・
二人がじっと見つめていたら、イルカが気がついたようで顔を上げた。
・・・落ちこんでいるくせに、こちらの心配げな顔を見た途端、健気に笑って寄越す。
「・・・お前らまでそんな顔すんなって!ま、なんとかなるだろ?」
ちょっと、瞳をうるませての、儚げな笑顔。
決して美人タイプじゃないけど、なんか・・・・・・・・可愛い。
『『・・・・・・・・っ』』
・・・・・・・・・おもわず、きゅんとしてしまいました。