恋の予感に、同僚二人は猛烈に苦悩し始めた。
『お、俺・・・何考えてんだ!?アイツだって、急にダチに迫られたら困るって!』
『こんな事考えるなんてイルカにわりぃよな!?アイツ、全くそっちのケなかたったし』
タナゴもウグイも、それぞれ心の中で葛藤する。
『イルカは友達だ!友達だよ!?・・・・・・・・でも』
『アイツはこの前まで、馬鹿言って笑いあってたダチだ!!・・・・・・・・でも』
苦悩しながらイルカに目をやると―――にこっと笑い返された。
『『でも・・・・・・・・・・かわいいっ』』
かあっと二人同時に顔を赤らめた。
―――しかも、コイツは可愛いだけでは、ない。
『『そのうえ・・・・・コイツは絶対、良い嫁になる!!』』
二人同時に、身を乗り出した――――
・ この腕に花を ・ <4
>
「・・・・・おまえら、どうしたんだ?」
急にずいっと近づいてきた悪友二人を、イルカは怪訝な顔で見上げた。
さっきまで顔を赤くしたり青くしたり、目を白黒させたりしていた二人。
様子がおかしいなぁと思っていたら、二人同時に顔色を『赤』で止めて、近寄ってきた。
『具合でも悪いのか?・・・それにしても』
ちょっと、近過ぎやしないか?お前達。
話をするにしても、異様に体が近い。顔も近い。
女体になって少し背が低くなってしまったので、上からこの近さで見下ろされると、なんだか圧迫感を感じる。
しかも、なんか二人して・・・・・・息遣いが荒い。
「お前ら、二人揃って風邪か?なんか顔赤いぞ?息も荒いし」
「い、いや・・・風邪じゃないけど」
「あ、ああ、風邪じゃないけど・・・でも、病ではあるっていうか」
「え、本当に病気なのか!?保健室、行くか?」
そう言うと、これまた二人揃って首を横に振った。
そのまま、なんだかもじもじしていた二人だが・・・タナゴが先に口を開いた。
「・・・そ、それよりさ。今日は仕事早く終わるだろ?これから『俺と』飲みにいかないか?」
「え?」
「ちょ、ぬけがけすんな!・・・イルカ、『俺と』飲みにいこうぜ?俺、奢るし!!」
「ぬけがけはお前だろ!?・・・あ、イルカっ、もちろん俺も奢るから!『俺と』行こうぜ?」
何やら張り合い出した二人に、イルカは益々分からなくなって、首を傾げた。
別に飲みに行くのはいいけれど、何故二人して『俺と』を強調して張り合ってんだ?
いつもみたいに、三人で飲みに行けば良いだけじゃないか?
しかも、奢ってくれるなんて、どういう風の吹き回しだろう・・・薄給のくせに。
―――二人の懐事情はよくわかっているイルカなので、益々首を傾げるしかない。
『博打で一山当てたのかなぁ??』
困惑しながら二人の喧嘩を見ていると、後からカンナが呆れた声をあげた。
「・・・ったく、二人ともいきなりそれなの?その前に親友として慰めるとかないのかしら」
ま、かわいいもんね〜?これは、私が紹介する必要なくなるかもね。
・・・ブツブツとそんなことを呟くカンナ。
その科白にもまた首を傾げながらも、彼女の『慰める』という言葉に、ハッとした。
イルカは胸の中にこみ上げてくる熱い想いを感じ、二人を見上げて両腕を大きく開いた。
「わ、わわっ!?」
「い、いるかっ!?」
言い合いをしている二人の首に腕を回して、二人まとめて抱きしめた。
いつもと違って、首にぶら下がってしまっている感があるが、ま、それは仕方ない。
顔をさっきより更に赤くして困惑している二人に、にかっと笑ってやる。
「俺、お前達、大好きだ!」
言われた二人は、くらりと眩暈がして倒れそうになる。
が、ここで倒れたらライバルに遅れをとる!!・・・と、お互いに踏みとどまった。
そして、どちらからともなく、そろぉりとイルカの背中に腕を回そうとしたが・・・
その前に、イルカはさっさと腕を放して、身を離してしまった。
二人の空しさ漂う腕だけが、宙に残される。
「イル・・・」
「お前ら、いい奴らだよな。奢るなんて無理しちゃって・・・慰めようとしてくれてんだろ?」
「え?」
「さっき俺が凹んでたからだろ・・・・心配させちまってわりぃな」
「あ、いや・・・そうじゃなくて」
「でもさ、そんなに心配すんなよ!確かに俺の恋愛は八方塞って感じだけどさ」
苦笑しながら、それでもイルカはなるべく明るく言った。
「恋人できなくったって、どーってことねぇよ!・・・俺には、子供達もいるからさ」
一生一人だって、それなりに楽しく暮らしていけるって!大丈夫だよ。
ははっと笑うイルカに、二人は握りこぶしを握った。
『『一生一人なんてもったいないっ・・・恋人なら、俺がっ!!』』
そう言おうと思った時―――不意に、職員室のドアが開いた。
「あのー、ちょーっと、いい?」
聞こえたのは、どこか間の抜けたような喋り方の声。
皆一斉にそちらを振向くと、そこには銀髪で長身の忍が立っていた。
『誰だ?』
イルカがぼんやりとそう思っていると、横からカンナの上ずった声が聞こえた。
「は、はたけ上忍!!どうしたんですか、こんなところに・・・」
「あー、俺ねぇ、まだ子供達の引継ぎ書類もらってなかったのよ」
あくまでものんびりと答えるその男に、カンナが色めきたっている。
タナゴやウグイも固まったまま、直立不動で男を見つめている。
・・・・・・・これが、はたけカカシ―――?
「うちの子達の担任、いる?」
ゆっくりとした足取りで入室してきたカカシの科白に、イルカはハッとした。
「あ、すみません!お・・・私です!!」
俺、と言おうとして、初対面の上忍相手なので丁寧に私と言いなおした。
急いで側に行き、ぺこりと頭を下げる。
「はたけ上忍ですね?初めまして。私があなたの担当される子供達の担任、うみのイルカです」
そう挨拶をして、次の相手の言葉を待つが・・・・・目の前の男は、何故か喋らない。
ただ、じっとこちらの顔を見つめている。
だんだん居心地が悪くなって、イルカは恐る恐る声をかけた。
「あの・・・・?」
「・・・・・ああ、ごめーんね?はたけカカシです。どうぞよろしく」
「こ、こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します」
右目だけしか見えていないが、どうやら微笑んだらしいカカシに・・・イルカは、ドギマギしながら返事を返した。
先ほどまでの友人達の噂話とのギャップに、なんだかとまどう。
もっと大男で強面の、豪胆な男を想像していたから―――
「早速ですが、引継ぎ書類いただきたいんですけどね」
「ひきつぎ・・・・・ああっ!!」
その意味を理解して、イルカは青くなった。
引き継ぎの書類は、事前に担当上忍師との引き継ぎがあり、その時渡す事になっている。
他の生徒の書類は全て渡し終えたイルカだが、その日このはたけカカシだけは不在とのことで会えなかった。
後で届けよう・・・そう思っていたその日に火影室に呼ばれ、元に戻れない事を知り――
後は泣き暮らしていたので、すっかりと頭から抜け落ちてしまっていた。
「も、申し訳ありません、今お持ちしますので少々お待ちください!」
慌てて自分の机に戻るイルカの後で、カンナがカカシに職員室にある応接セットのソファーを進めた。
「はたけ上忍。どうぞ、こちらにお掛けください」
「んー?ありがと」
「粗茶ですが」
「どーも」
それを見ていたタナゴとウグイが心の中でツッコむ。
『カンナ先生・・・いつお茶を?しかも、いつの間にこんなに人が;』
魔法のようにお茶を差し出したカンナにもビックリだが、
さっきまでいなかった筈の女子職員がいつの間にか全員集合しているのにも、ビックリだ。
『やっぱ、イルカの方が可愛い・・・・・』
『少なくともアイツはここまでミーハーじゃないしな』
さりげないフリして、しっかりカカシを観察してうっとりしている彼女達に、二人はため息をつく。
そんな周囲の状況に気付く事無く、イルカは引出しを引っ掻き回して目当ての書類を探し当てた。
息を弾ませてソファーに座るカカシの横に立つ。
「お待たせしました!こちらです。・・・・・ここにサインを頂きたいのですが?」
「ここね?」
サラサラとサインをするカカシの手を見ながら、イルカは頭を下げた。
「あの・・・お渡しするのが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
「ん?いや、いいよ。引き継ぎに行かなかったの、俺ですしねぇ」
「いえ、後日にでもお届けするべきだったんですが・・・ちょっと、その、アカデミーを休んでいたもので。すみません」
恐縮しながらそう言うイルカに、カカシはスイッっと書類を差し出した。
「気にしなーいで。俺、一週間ほど任務についててさっき帰ってきたとこなんですよ。どっちにしろ、今しかサインできなかったんだから、同じでしょ?」
相変わらずのんびりとした口調でそう言って、瞳を弓なりに細めるカカシに・・・イルカは、嬉しくなるのを感じた。
怒られなかったのが嬉しい訳ではない。
ナルト達の担当が、大変な人物かもしれないと危惧していたので、ホッとしたのだ。
任務中厳しいのは当たり前だが・・・一部の上忍には、部下を道具のように扱う者もいる。
まぁ、そんな者は上忍師には選ばれないだろうが、噂を聞き不安だったので。
凄い人の筈なのに偉ぶったところもないし、瞳が優しい。
それに・・・確かここに入って来た時、あの子達のことを『うちの子』と言った。
―――――多分、この人になら任せて大丈夫だと、そう思った。
「あのっ!あの子達のこと、宜しくお願いします!確かに皆まだ未熟ですが、サスケは才があるのに努力を惜しまないし、サクラは頭が良い上に意外に負けず嫌いで頑張り屋だし、ナルトは・・・確かに、成績は悪かったですが、何事も最後まで諦めない根性があります!」
宜しくお願いします!
そう言ってもう一度頭を下げるイルカの横で、カカシはスッと立ちあがった。
「ま、その辺はね、見て決めますが。・・・確かにお預かりします」
「はい、それはもちろんです。宜しくお願いします」
立ちあがったカカシの為に、横にずれて道を空ける。
だが、彼は一歩進んだだけで、その歩みを止めた。
「ところで・・・」
「はい?」
「さっき『恋人ができない』とか叫んでたの、アナタですよね?」
「えっ・・・!」
いや、『できない』ではなく『できなくったって』だが・・・なんにしろ、聞かれていたのかと思うと、なんだか恥ずかしくなった。
「す、すみません。お見苦しい所を・・・・・・」
「別に見苦しくはないけど。つまりアナタ・・・今恋人いなくて、募集中ってことですよね?」
「え、いや・・・」
確かに居ないけど、募集まではしてません。
そう思いつつ、なんと答えるか迷っていると―――カカシは、また目を細めて、笑った。
「なら、俺なんかどうですか?」
「は?」
ぽかんと、イルカは口をあけた。
「アナタ、俺の好みです。―――付き合ってもらえませんか?」
呆然とするイルカの耳に、そんなカカシの科白が聞こえてきた―――――