言われた言葉の意味を、頭の中で反芻する。
『俺のこと、好みだって?・・・・・付き合ってって、いったよな?』
意味を理解した途端、イルカの顔は恥らうようにほんのりと赤くなる・・・ことは無く。
彼・・・いや『彼女』の顔には、なんというか・・・非常に気の毒そうな表情が浮かんでいた
・ この腕に花を ・ <5
>
イルカはカカシの顔を見ながら、胸の中で呟いた。
『もったいねぇなぁ・・・この人、ホモなんだ?』
いや、俺は別に否定派ではないけれど。
いたってノーマルな俺から見れば理解できない事ではあるが、どうこう言うつもりは毛頭無い。
だって、好みというのは人それぞれだ。他人がとやかく言うものじゃないだろう?
でもさ・・・エリートで金持ちで強くて―――とにかく、凄い人なんだろ?
抱かれたい男ランキングで常にトップな、モテモテ男なんだろ?
引く手あまた、よりどりみどり。
この人なら、望めばどんな美人だって手に入りそうなのに・・・それなのに、本人は女に興味無いのか。カンナ先生達、ガッカリするだろうなぁ。
―――カカシの顔を見つめ、イルカは思わず呟いた。
「もったいねぇなぁ・・・・・」
「は?」
「あ、いえ。す、すみません・・・」
いかんいかん。さっきも言ったが、個人の趣味にとやかく言うつもりは全く無いんだ。
だけど、俺はホモじゃない。
上忍相手だし、なんと答えるか迷う所だが・・・とりあえず、『自分は男色ではない』事を告げておいた方が良いだろう。
――――そう思いつつ、イルカは勢いをつけて顔を上げた。
「あのっ、私・・・・・」
ノーマルなんですけど。
そう言おうとした時―――ギクリとした。
勢いつけて顔を上げたせいで、ベストの中の大きめの胸が、ぶるんと揺れたのだ。
(ノーブラだから、余計に・笑)
それに気がついて、イルカはサア―ッと、顔色を変えた。
「どうしたの?」
「え、いや、その・・・・・」
忘れてた、俺、女だったよ!!
ということは?・・・この人、ホモじゃないんだ。
この人から見れば、ふつ―に女に声をかけただけだったんだ。
なんだ・・・勘違いして、思いっきり不憫そうな顔してしまった気がする。
失礼だったよな、失敗失敗。・・・って、そんな事考えてる場合じゃなくて!!
俺・・・この人に『女として』交際申し込まれてるんだ!?
それにやっと気がついて、イルカはにわかに慌てだした。
『ど、ど、ど、どうしよう!?』
こんなにストレートに交際を申し込まれた事など、男としてだって一度もない。
ドキドキと胸の鼓動が早くなっていくのを感じた。
『と、とはいえ・・・断らないと、な』
不意打ちの攻撃(?)で動揺してしまったが、俺からみれば『同性からの告白』。
自分としては男と付き合う気はまったくないし、断るしかない。
―――そこまで考えて、イルカは眉を寄せた。
『上忍にこんな所で恥を掻かせて良いんだろうか?』
ここはアカデミーの職員室。ギャラリーはたっぷり居る。
チラリと視線で探ると、やはり職員室に居る全員の視線を集めているのが見て取れた。
しかも、殺気に近いようなギンギンの視線をくの一達から送られているのをひしひしと感じる・・・。
そんな中で・・・この里の誇りだという男が、平凡な中忍にフラれていいのだろうか?
いや、ここにいる皆は、俺が本当は男なのを知っているから変には思わないだろうが、断られたこの人はかなり気分を害するのではないだろうか?
『ま、まずは、実は女じゃないって事を説明しないとな・・・』
いや、女じゃないってのはちょっと違うけど・・・とにかく、中身が男って事を説明しないと!
そんでもって『そんな訳であなたとはお付き合い出来ません』と、丁重にお断りして!
―――イルカは、頭の中でシュミレーションしながら、意を決してカカシを見つめた。
『はたけ上忍!申し訳ありませんが俺、実は男なんです!』
そう言おうと口を開きかけるが、言葉が出る前に白くて長い指が、遮る様にイルカの唇に当てられた。
ビックリして見上げると、困ったように目を細めるカカシが見えた。
「ごめーんね、こんな所で言っちゃって。・・・困らせちゃったみたいだーね」
ここじゃ、答え辛いよね?
カカシはそういって苦笑を漏らした。
どうやら、俺がなかなか返事を返さないから、ギャラリーのせいで答えを躊躇っていると思われたようだ。
振り払う訳にもいかず固まっていると、やがて冷たい指が唇から離れていった。
それにホッとしていると、手を戻したカカシに問いかけられた。
「今日、仕事何時に終わりますか?」
「え?えっと、今日は残業もありませんから、定時には上がれるかと・・・」
「じゃ、霞通りにある『大楼』で七時に」
「へっ!?」
きょとんとしているイルカに、カカシは少し屈んで・・・その耳元に口を寄せた。
突然狭まった距離に、イルカがピクリと肩を揺らす。
すると・・・・・
待ってますから、そこで返事をください―――
耳に直接吹き込まれた、声。
先ほどまで気の抜けたような喋り方だとしか思っていなかったが・・・間近で囁かれたそれは、ぞくりとするような艶をもった美声だった。
『う・・・わっ』
思わずぎゅっと目を目を瞑ってしまった―――
目を瞑っていたのはほんの一瞬だった気がするのに、次に目を開けた時にはカカシの姿はなく。
かろうじて、ドアが閉まる音だけが、耳に届いた。
少し、呆けたようにドアを見つめてから・・・ハッと我に返る。
慌てて駆け寄ってドアを開けるが、そこにはもう彼の人の姿はなかった――――
******
イルカは視線を落としてのろのろと部屋にもどると、後ろ手でドアを閉めた。
『どうしよう、断りそびれた・・・』
確かに皆の前で恥掻かせるのはどうかと躊躇いはしたが、あらためて二人きりで会ったら、別の意味で気まずいじゃないか・・・
はぁ、と。ため息をついていると、不意に名を呼ばれた。
「イルカ・・・」
聞こえたタナゴの声に顔をあげて・・・ぎょっとした。
部屋に居た教師達全員にいつのまにやら囲まれていたのだ。
―――おもわず後ろに一歩下がると、背中がドアにあたり、カタンと大きな音が響いた。
「み、みんな、ど、どう・・・」
「イルカ!」
「イルカァ!!」
「え、あ・・・??」
最初に囲みから飛び出したのは、タナゴとウグイだった。
二人とも顔面蒼白な上、涙目だ。
「・・・どうしたんだよ、おまえら」
「イルカ・・・お前、写輪眼の嫁になるのか!?」
「は?」
「やっぱりエリートで高給取がいいのか!?・・・ううっ、お前だけは他の女とは違うと信じていたのに〜」
「はぁっ!?」
とうとう男泣きしだした二人に、イルカは首を傾げた。
・・・確かに、交際は申し込まれたが、『嫁』は飛躍し過ぎだろう、お前達。
そう思っていると、タナゴがぐすっと鼻をすすりながら言った。
「だって・・・お前すぐに断らなかったじゃないか、今夜会う約束までして・・・」
「・・・・・違うって」
「なにが違うんだよ!?」
「俺がすぐに答えられなかったのは、ビックリしすぎたのと・・・上忍に皆の前で恥掻かせちゃ悪いと思ったからだよ」
そう答えると、二人の顔が少し明るくなった。
「じゃ、じゃあ・・・断るんだ―――ぐえっ」
「「「「「じゃあ、断ってくれるのね、イルカ先生!!!」」」」」
言いかけたタナゴとウグイを跳ね飛ばすような勢いで突進してきたのは、女教師達。
間近に迫る彼女達に、イルカはますますドアにへばりつくような格好で、恐る恐る彼女達を見つめた。
「え、ええ・・・もちろんです」
何とかそう返すと、彼女達はわっと湧いた。
「良かったぁvどうしようかと思っちゃった!」
「イルカ先生は良い人だけどぉ、やっぱり一人じめされるのはねぇ」
「そうよねー!でも・・・結構気さくな人だったのね♪イルカ先生に声かけたって事は、階級とか関係ないってことよね!?」
「えーっ!?じゃあ、もしかしてあたし達にもチャンスあるってこと!?」
「そーよ!!しかもさ、いつも美人の上忍ばっか群がって側にへばりついてたから勘違いしてたけど・・・イルカ先生が好みってことは、素朴で可愛い感じの女がいいってことよね!?」
「そうね!!地味だけど、でも良いお嫁さんになりそーって感じな人にぐっとくるのかも!」
「あ〜ん。私、完全に路線を間違えてたわ!これからはたけ上忍の前ではメイクや服装変えなくっちゃ!!」
「手作りのお弁当とか、喜ぶタイプかしら!?あたし、今度思いきって渡してみようかな〜!」
・・・・・わいわいキャーキャーと盛りあがる女教師達を呆然と眺めていると、突然揃ってこちらに振り返られた。
「「「「「イルカ先生、希望をありがとう〜!!」」」」」
「・・・い、いえ。どう致しまして」
「「「「「絶対、ぜ〜ったい、断ってね!!」」」」」
「わ、わかりました」
急いでそう答えると、やっと女の波は引いていった。
ホッと胸を撫で下ろしていると、また誰かが近づく気配。
ギクリと顔をあげると、そこにはカンナが立っていた。
「あ、カンナ先生・・・お騒がせしちゃってすみません」
「あら、イルカ先生は騒いでないでしょ?周りが騒いでるだけじゃない。それにはたけ上忍を沢山観察できて幸せだったわ〜v」
「は、はは・・・」
「それにしても、ビックリしたわねぇ」
「ええ・・・だて食う虫もすきずきって言いますけど、好みってホント人それぞれなんですねぇ」
まさか、俺なんかに声かける人が居るとは思いませんでしたよ。
―――イルカはそう言って苦笑した。
「あーら、イルカ先生は可愛いわよ?すごく」
「か、可愛っ!?・・・からかわないでくださいよ、もう」
「本当よ?・・・う〜ん、そんな謙虚なとことか、気に入られたのかしらね?」
頬に指を当てて考える様な仕草をしていたカンナは、チラリ・・・とイルカに視線を寄越した。
「ね、イルカ先生。本当に断っちゃうの?」
「え?」
「・・・だって、もったいないわよ。あんなイイ男、めったに居ないわよ?」
「へ?・・・カンナ先生、はたけ上忍のこと好きだったんじゃないんですか?」
「ま、ね。でもそれは憧れっていうか、鑑賞用というか・・・ね。だから、私はいいのよ。
―――ねぇイルカ先生、皆に言われたからってそれに従って断ることはないのよ?」
「え、でも・・・・・」
「「カンナ先生っ、何てこと言うんですか!!折角イルカが断る気になってるって言うのに!!」」
二人の会話に乱入してきたのは、タナゴとウグイ。
焦ったように会話に割入って、イルカの腕を掴んだ。
「イルカ、お前断るってったよな!?」
「頼むから、断ってくれよ〜〜〜!!」
「・・・・・・何で、お前達そんなに必死なんだ?」
聞き返した途端、なんだかもじもじしだした二人にイルカは首を傾げ・・・そして、またカンナを見た。
「カンナ先生、俺やっぱり断ります」
「イルカ先生・・・」
「皆に断れって言われたからじゃなくて、その方がいいと思うからです」
イルカの言葉に、悪友二人はぱあっと表情を輝かせた。
「イルカ〜、良く決心してくれた!」
「それでこそイルカだ〜〜〜〜!!」
喜ぶ二人に、イルカはいつもの邪気の無い笑顔を向けた。
「だってさ、俺、やっぱり男と付き合うのは嫌だから」
美形だろうが里の誉れだろうが、『男ってだけで』範囲外だよなー。
こんな体になっちまったけど、やっぱり『女の人』がいいや、俺。
ははは〜とひとしきり笑ってから――――イルカは首を傾げた。
「タナゴ?ウグイ?どうしたんだよ・・・そんなに真っ白になって」
心配しなくても、大丈夫だぞ?
『もてないトリオ』からは脱退しないから、安心しろー?
イルカの言葉は、意識を遠くに飛ばしちゃった二人には届かない様で、返事は無い。
二人の肩をガクガクと揺さぶるイルカの後ろで、カンナだけが一人ため息をついていた・・・・・・。