「うわぁ・・・・・・・」
イルカは、そう呟いたまま絶句した。
その彼の目の前には、いかにも格式ありそーな、建物が建っていた。
「本当に、ここでいいんだよな?」
一度唾を飲みこんでから、店の表札をもう一度見つめる。
ここは、確かに霞通り。
そしてその表札には、はたけカカシが告げた店名『大楼』の名。
辺りを見まわしても、ここ以外にこの店名は見つからないし、やはりここが待ち合わせの場所なのだろう。
だが、なんとか店先に進んだが、戸に手をかけるのが躊躇われた。
「お、俺・・・・・入っていいんだろうか?」
食事をすると思われたので、それなりに財布に金は入れてきた。
・・・・・が、ここからはとてもそんな金額じゃ足らなそうな匂いが、プンプンする。
それに、この手の店は一見さんお断り!とか、言うだろう?
スルリと店名が口から出たところを見ると、はたけ上忍は常連だろうから・・・連れと言えば入れてくれるのだろうか?
嫌な汗を掻きつつたっぷり五分迷った後、イルカはキッと前を見つめると、その戸に手をかけた。
『なるようになる!!』
姿形は女になってしまったが、イルカは本来『男気』のある男。
彼女は男らしく、スパ―ンと戸を開け放って中に足を踏み入れた―――――
・ この腕に花を ・ <6
>
イルカの緊張とは裏腹に、中に入ると物腰の柔らかい女将が出迎えてくれた。
どうやら上忍がちゃんと話を通しておいてくれたらしく、あっさりと奥へと案内される。
見事な中庭を見つつ渡り廊下を渡った先にあったのは、庵のような離れ。
―――そこに、彼は待っていた。
「来てくれたんですね」
「は、はぁ・・・・・」
薦められるまま彼の向いに座って、イルカは身を小さくした。
居た堪れない・・・ものすごーく、居た堪れない。
こんな高級料亭に入ったことなど一度もないのに、いきなり奥の離れと来た。
全くもって自分にそぐわない。いや、自分の方がこのお部屋様にそぐわない。(激汗)
『せ、せめて着る物くらいもう少しましなものを着てくればよかったか?』
イルカの格好はアカデミー帰りなので、そのまま忍服だ。
とはいえ、家に良い服があるかといえば、ない。
ましてや、女物なんか、あるわけない。
・・・・・服どころか、未だにパンツも男物のトランクスのままなくらいだ。
―――ぐるぐると考えていると、向かいからクスリと笑う声が聞こえてきた。
「そんなに緊張しなーいで?」
「は、はぁ・・・すみません、私、こういったところは初めてで」
「心配要らないよ。気がねいらないように離れにしたんだし、くつろいで?」
俺も行儀作法なんて苦手だから、いつもこの部屋とって、好きなようにしてんの。
女将は分かってくれてるから、何か言われる事もないしね?だから足もくずしてさ、楽にしてね?
そう言って、カカシは目を細めた。
イルカはそれでも戸惑っていたが・・・・・カカシも忍服のままなのに気がついて少し気が楽になった。
さすがにいきなり胡座はかけなかったが、肩の力を抜いて、少し緊張を緩める。
そうしているうちに、目の前にはイルカが今まで見たことがないような豪華料理の数々が並べられた。
――――思わず、目が釘付けになる。
「ここ、海鮮がうまいのよ・・・勝手に決めちゃったけど、イルカ先生、魚大丈夫?」
「はい、大好きです!!」
「そ、良かった」
「で、でも・・・ここ、高そう・・・ですよね?」
心細くなってそう聞くと、カカシはまたクスリと笑った。
「誘ったのは俺ですから、もちろん俺の奢りですよ。心配しないで、いっぱい食べてね?」
まずは、一杯。
そう言って、カカシはイルカの盃を満たした。
料理に目を奪われているうちにさっさと酌をされてしまい、イルカは恐縮してしまう。
『うわ、上忍・・・しかも写輪眼のカカシに酌させちゃったよ』
恐縮しているうちに、カカシが手酌で自分の盃に注ごうとしているのに気がつき、慌ててお銚子をひったくり彼の盃を満たした。
なんとか手酌だけは阻止できてホッとする。
中忍が長いので、この辺の上下関係はしっかりしなければ・・・というのが、体に染み付いていたりするのだ。
「んじゃ、乾杯」
カカシに促され盃を持ち上げ、乾杯をして。
その盃を口につけたまま・・・・・イルカは固まった。
『しまった・・・・・っ!のんきに乾杯している場合じゃなかった!!』
実は・・・イルカはここに来るまでに、色々考えを廻らせながら来たのだ。
食事が始まってからでは、益々断り辛い事になる。
だから、当初の予定では・・・席につく前に交際が出来ない事を断り、そのまま帰ろうと思っていたのだ。
それなのに、店構えに圧倒されて呆然としたまま座して。
見たことのないような豪華料理にこれまた圧倒されて、つい乾杯までしてしまった。
『いかん、いかん!一刻も早く断らないと!』
まずは、自分が女ではない事を説明して。
上忍のプライドを傷つけないように、断りを入れて。
――――そして、速攻・・・とんずら。
『元が男と知った途端、ここの代金折半になったら、どうしよう・・・』
冷や汗を垂らしながら、それでも言わねばなるまい・・・と、顔を上げて。
――――イルカは、再び固まった。
「ん?どうしたの、イルカ先生?」
そう聞いてくるカカシの顔を見ながら、イルカは返事も返さずポカンと彼を見つめた。
――――彼は、額当てと口布をとっていた。
『これは、いったい誰だ?』
目の前に、映画スターがいる。
いや・・・この前招待券もらって見た映画の俳優より数段、イケメン。
つーか、イケメンなんていう軽薄な言葉を使うのがおこがましいような、美しさ。
なんていうか、神々しい??もしや、人間じゃないかも!?
――――って言うのは流石に大げさかもしれないが、それでも尋常じゃない男前がそこにいた。
「・・・・・はたけ上忍って、男前なんですね・・・・・」
呆然と呟くと、目の前の男前は嬉しそうに笑った。
「俺の顔、アナタの好みでした?」
なら、嬉しーね。アナタもとても可愛いよ?・・・昼も言ったけど、俺好み。
・・・そんな事を言われて見つめられ、知らず知らずに頬が赤らむ。
しかも、この男前な顔で視線を向けられると、落ちつかない事この上ない。
困って顔を背けると、「ホーント、可愛いね」などとまた微笑みかけられ・・・焦る。
―――断りに来た筈なのに、イイ雰囲気(?)になって、どうする!
とにかく早く言わないと!!
イルカは更に焦りながら、カカシを見つめた。
「あのっ、はたけ上忍っ」
「あ、酒なくなっちゃった・・・イルカ先生が酌してくれると美味しいね。もう一度いい?」
イルカが呼びかけると同時に、カカシはにっこりと笑いながら自分の盃を差し出した。
言葉を途中で不自然に切りながらも・・・イルカは慌てたようにお銚子を持ちあげる。
「え、あ、は、はい・・・どうぞ」
「ありがと。・・・ん、やっぱりいつもより美味しい。はい、お返し。イルカ先生もどうぞ?」
「へっ、いや、私はもう・・・!」
だから、酒飲んでる場合じゃないんだって!!
イルカは慌てて断るが・・・そんなイルカに、カカシはニコニコと笑いながら、更に薦めた。
「あれ?酒はお嫌いでしたか?」
「い、いえそう言う訳ではないのですが・・・今日は」
「うまいんですけどね、『木の葉寒梅』。」
「えっ、これがあの!?」
木の葉寒梅は知る人ぞ知る、名酒である。
ただ、生産数が少なく値段もバカ高い。
イルカは実は酒が好きで、『木の葉寒梅』には「いつか飲んでみたいなぁ〜」と憧れを抱いていた。
当然、おいそれと手を出せるものではなかったから、憧れるだけだったが。
その幻の名酒がここに!?
『さっきは味なんてわかる状態じゃなかったからなぁ・・・』
ごくり、と・・・イルカの喉が小さく鳴る。
酒を見つめて迷っていたら、不意にカカシに手を取られた。
驚いて彼を見つめると―――カカシはゆっくりとした仕草でイルカの盃をとり、それをイルカの手の平に乗せた。
そして、その盃に再び酒を満たす。
「ね、飲んでくださいよ・・・アナタの為に用意したんですから」
そう言って、カカシはもう一度微笑んだ。
******
「でぇ、その時のナルトと言ったら!・・・傑作でしたよぉ」
「へぇ〜、それは見てみたかったですねぇ」
「あとぉ、こんな話も・・・・・あり?」
イルカはとろんとした目で、お銚子を振って首を傾げる。
どうやら空になったらしいそれを、カカシはやんわりと取り上げて・・・
別のお銚子を持ってイルカの隣に移動すると、イルカの盃を満たしてやった。
「あぁ、すぃません・・・」
「いいえ。足りなかったらもっと頼むから、好きなだけ飲んでいいですよ?」
「ありがとうございますぅ!・・・ほんと、この酒、美味いですねぇ!はたけ上忍っ」
「カカシでいいですよ」
「んじゃ、カカシさん・・・ととっ」
ぐらりと揺れたイルカの体を、抱きとめる。
そのままぼんやりと見上げてくるイルカに、カカシは微笑みかけた。
「なんですか?イルカ先生・・・」
優しく話しかけながら髪をなでてやると、イルカは猫のように気持ち良さげに目を閉じてから、ニパッと笑った。
「ふわふわして気持ちいい・・・・・なんか、楽しいですねぇ?」
「・・・・・ええ、そうですね」
本当に。
カカシはそう言って、目を細めて微笑んだ―――――