途方にくれたように立ち尽くしていた利吉だったが、しばらくしてその場で跳躍しだした。
ぴょんと飛んで、土壁にしがみ付く。
だが、もろい土の壁はすぐに崩れ、利吉はまた穴底に転げ落ちた。
次に、懐からカギ縄を出して、投げてみる。
だが、カギ縄は上の木に届くどころか、穴の上にでることさえなく、落下した。
――――それを何度も繰り返して。とうとう利吉は呟いた。
「だめか・・・・・」
小さい体の跳躍力はたかが知れてて。
小さな手の握力・腕力ははほんのわずかで。
そして、穴は深く、側面の土壁はもろい。
――――これでは、自力で上れる訳もない。
利吉は、はぁ・・と、ため息を吐いた―――
・ その日、見上げた君 ・ ――2――
『本当に今日はついてない・・・』
母に大量の荷物を頼まれたのもついてないし。
その荷物の配達先が、説教を必ず食らうだろう父の元・・・というのもついてなかった。
その上、こんな所に落っこちるなどという、忍たまレベルの失敗をしでかし。
落ちたら何故か体が縮んでしまったという、なんとも有り得ないほどの運の悪さ。
しかし、それ以上に最悪なのが・・・・・
『誰か通りかかるまでに、いったい何日かかるか・・・・・な』
利吉は、眉を寄せて考える。
ここは、元々あまり人が通るような所ではない。いわゆる獣道――――というやつで。
こんな所を偶然通りかかるのは、それこそ獣か・・・山に山菜を採りにくる者ぐらいだろう。
だが、残念ながら山菜の採りの時期ではない。
つまり、偶然人が通りかかり助けられる可能性はかなり低いといえた。
となれば、自力脱出するしかない訳だが・・・
それは先ほど試した結果、困難。限りなく無理に近い。
―――利吉は、今は尻の下に敷いてしまっている『母からの愛の小包』の結び目をごそごそと開いた。
中に入っていたのは、予想通り大量のカミソリ。
ガックリと肩を起こしながら更にごそごそと探していくと、別の包がみつかり・・・中には餅と梅干と干し柿が入っていた。
『ありがとうございます、母上』
懐には兵糧丸が入っているし、腰の水筒には水が入っている。
水が水筒の中身だけなのは心細いが、雨が降れば水は飲める。
ここしばらくの天候などを考えると、後2・3日も我慢すれば雨は降るだろうと思われた。
大雨が降れば、また別の危険にも見舞われるが・・・それはとりあえず置いておいて、食料の面は何とかなりそうだ。
『食べ物と水が確保されているのだから、しばらくはもつだろう。だが・・・』
それは、いつもの自分だったら・・・・・だ。
記憶を失った訳でもないし、知識も失ったわけでもない。
体は小さくなったが精神的には大人のまま―――だから、こんな状況でも精神状態はもつだろう。
『だが・・・この体はどこまでもつだろうか?』
この体・・・子供に当てはめて見ると、たぶん五歳くらいか?
となると、体力がどこまでもつのかが気がかりだが。
――――とにかく、体力を温存しながら、状況を見るしかなさそうだ。
『次の仕事の予約は、三週間先だったな』
珍しく、ここ三週間ほど仕事が入っていない。
いや正しくは・・・入っていたのだが、なくなってしまったのだ。
戦場へ赴く仕事がはいっていたのだが、予想以上に早く終息した為キャンセルになった。
だから、他の仕事を入れようかと思っていた矢先だった。
普段なら、突然のトラブルに『仕事をドタキャンせずにすんで良かった』と思うところかもしれないが。
『ホント、運の悪い・・・・・・』
今は、その状況が恨めしい。
後三週間、自分は全くのフリーなのだ。
私が姿を見せなくても、誰も不思議に思わない。
つまり・・・・・それは、私が消えた事に誰も気がつかないということだ。
『運が悪いと嘆いたばかりなのに、その運に任せるしかないとは・・・』
利吉は深くため息をついて、丸く切り取られた空を見上げた―――――