穴に落ちてから三日後―――利吉は相変わらず、穴の中にいた。

「今日もいい天気・・・・・・・・だな」

小さくそう呟いて、つかれたように目を閉じた。


あれから三日。
穴を覗きこんだのは、小鳥とウサギと野ねずみだけだった。




・ その日、見上げた君 ・ ――3――




この三日間、雨は降らなかった。


水筒の水は後僅か。もう一口くらいしか残っていない。
食べ物は足りていたが、水分が十分に取れないのが辛かった。
子供の体だから、尚更それは堪えて。
脱水症状を起こしかけているのか、体がとにかくだるかった。

ため息を吐いて―――利吉は、ごろりと寝返りを打った。

たいして大きい穴ではなかったが――――
幼児の姿になった利吉は、何とか横になって寝ることができた。
その点ではこの姿を感謝しそうになったが・・・そもそも大人の体ならここから楽に抜け出せるのを思い出して、やめた。

利吉は仰向けになって、丸く切り取られた空を見上げた。

空は青く、白い雲はゆっくりと流れていく。
気温は暑くもなく寒くもなく、快適で。
遠くに、小鳥の鳴き声。木の葉が風で揺れる音。
――――――うんざりするほど、のどかな光景。

「これで、穴の中でさえなければ・・・悪くない休暇といったところか」

だが、景色ののどかさとは裏腹に、状況は逼迫してきている。
・・・・・この小さな体は、後何日この状態で耐えられるだろうか?


「このまま誰も来なければ・・・私はこののどかな景色を見ながら死ぬのだな」


利吉はそう呟いて、自嘲気味に笑った。
自棄になっているわけではない。
まだ食料もあるし、いつも死と隣り合せの仕事をしているせいか・・・さほど恐怖も感じない。
・・・だだ、晴れぬ苛立ちを感じていた。

今までもっと最悪な危機を、乗り越えてきた。
食べるものなど一欠けらもなく、泥を煤って耐えた事もある。
一呼吸遅れただけで命を落とすような・・・そんな究極に逼迫した戦いもあった。
先の見えぬじりじりとした敵の包囲に耐え、僅かなチャンスをモノにして生還した時もあった。
どんな時も利吉は諦める事無く、知力体力の全てを使い、生きる道を探し当て。
――――そして、危機に打ち勝ってきた。


その俺が―――――こんなところで、死ぬのか?


敵と刃を交える事もなく。
重要な機密を抱えている訳でもなく。
ただぼんやりと空を眺めて、果てるのか。
―――これが自分に与えられた最後なのかと思うと、たまらない焦燥感が襲ってくる。

そこまで考えて、利吉は苦笑した。
『こんな事を考える辺りが、仕事中毒と言われるゆえんか・・・な』
学園に寄った時に子供達に言われてしまったことを思い出す。
その時は少々腹をたててしまったが、今こうしてあらためて考えると、なるほどなと思った。
綺麗な景色と鳥の囀りを聞きながら果てるより、ギリギリの戦いの中で果てる方が良いなどと考えているあたり、確かに仕事中毒・・・つまり、普通ではないのだろう。

『この世に未練がない訳ではないのだがな・・・』

それでも、自分には今――――守るべき大切な人もいない。
気軽な一人身だから、余計にそんな思考になってしまうのかもしれない。
もちろん父母には申し訳ないとは思うけれど・・・まだまだお元気な二人だから、今次点私が守ってやらねばならぬという感じではないし。

『ここから抜け出ることが出来たなら、恋人でも作ろうか・・・』

こんな仕事だからいらないと父に言ったら
こんな仕事だからこそ欲しいのだと父は言った
その意味がこんな事になって、やっと少しわかった気がする。
―――大切なものがあるからこそ、生への執着が沸くのだ。

『まだ・・・・・死にたくないな』

こんな風に・・・これから知っていく事も、気がつくことも、たくさんあるはず。
――――それを全て諦めるのは、業腹だ。

『誰でも良いから・・・この際、忍たまでもかまわないから』



だれか、俺をここから出してくれ



心の中でそう呟きながら、利吉は瞳を閉じた。
そのまま少しうつらうつらし出した時――――天から、声が聞こえた。


「あれぇ、誰かいるの?」


天の声?
いや、それにしては随分気の抜けた・・・・・?
ぼんやりとそこまで考えて、ハッとした。

「いる!落ちたんだ・・・助けてくれ!」

ガバリと上体を起こして、上を見上げて――――固まった。

「落ちちゃったの?」

そう聞き返して来る顔は、見知った顔。


『・・・・・確かに誰でも良いからとはいったけど』


彼の名は、小松田秀作。
忍者を目指していたとは思えないほど、ほわわ〜んとしてて。
かと思えは、融通の利かない頑固者でもあり。
そして、天才的とも思えるほどのドジな、忍術学園の事務員。



・・・ついでにいえば、側にいるだけでなんだかイライラしてしまう、利吉が今現在もっとも苦手だと思っている相手だった―――





やっと秀ちゃんでたけど、これっぽっちですみません;
次からはずっと一緒ですのでv




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