彼の笑顔を、しばしぼんやりと見上げる。
『コイツの顔って、こんなだっただろうか・・・・・?』
見なれた顔な筈なのに、どことは言えないが、いつもと変わって見える。
利吉は首を傾げてから、マジマジとその顔を見つめた。
「どうかした?」
「あ、いや・・・・・」
首を横に振ってから、ハタと気がついた。
『・・・・・・・・・礼をいうべきだろうな』
彼が通りかからねば、本当に穴の中で朽ち果てていたかもしれない。
彼の滅茶苦茶な行動に怒鳴りつけたりしてしまったが・・・ここは礼を言うべきだろう。
利吉は、もう一度秀作を見上げた―――――
・ その日、見上げた君 ・ ――5――
立ち上がり、礼を言おうと口を開いて・・・・・口篭もる。
「あー・・・その・・・・・」
「んー?なぁに?」
どうも、コイツに頭を下げるのには、抵抗がある。
いつも多大なる迷惑をかけられているせいなのだが、それとこれとは話が別だ。
ここは大人の分別をもって、ちゃんと礼を言うべき・・・・・・
―――そう内心で葛藤している利吉を、秀作は不思議そうに眺めて。そして、ポンと軽く手を打った。
「ああ!」
「え?」
「もしかして・・・・・・」
大人気なく礼を言うのを渋っているのを、見透かされたろうか?
―――ドギマギと戸惑う利吉に、ずいっと顔を近づけて、秀作はにっこりと笑った。
「おしっこ?」
我慢しなくてもいいよ〜。
・・・のほほんと笑う秀作に、利吉は顔を紅潮させて唸るように言った。
「ちがう」
「え?違うの〜?じゃあ・・・」
うーんと唸った秀作は、また思いついたようで、にっこりと笑った。
「んじゃ、大きい方?」
まだ一人で出来ないのかな?
おにいちゃん、お尻拭いてあげるから大丈夫だよ〜。我慢しないで、しておいで?
邪気なく笑う秀作に、利吉はプルプルと握った拳を震わせて。
「違うわっ、ボケ〜〜〜〜〜〜〜!!」
――――今度こそ、力の限り怒鳴ったのだった。
******
ぜーゼーと肩で息を整えながら――――
酸欠でクラクラする頭を押えつつ、弱弱しく呟いた。
「―――そうじゃなくて、俺は君に助けてもらった礼を言おうと・・・」
怒鳴って、疲れて、最後にはなんだかよろよろしている利吉を秀作は不思議そうに眺めていたが・・・その言葉にやっと合点がいったようで、にこりと笑った。
「そっか!・・・どういたしましてv」
「・・・・・」
力を使い果たした利吉は、ぺたりとそこに座りこんだ。
秀作もそれに習って隣に座ると、自分の腰についていた水筒を差し出した。
「のむ?」
「・・・ありがとう」
今度は素直に礼を言って、それを飲み干す。
喉を水が伝っていく――――
それと共に、気持ちが静まっていくのを感じる。
水分補給で、ようやく気持ちが落ち着いたようだ。
「ね、名前聞いていい?」
ふぅと、息を吐いていると―――飲み終わるのを待ち構えていたように、秀作が声をかけてきた。
「り・・・・・」
「り?」
「り・・・・・・・・・・・・・・・利、蔵。」
『利吉』と答えかけて・・・途中で誤魔化した。
自分が山田利吉の馴れの果てと知られるのは、嫌だった。
―――答えてから、チラリと秀作の反応を伺う。
「利蔵くんかぁ!あ、僕秀作っていうの。よろしくね!」
だが、秀作は利吉の不自然な答えを気に留めた風もなく、また質問してきた。
「ね、なんであんな所にいたの?」
「・・・ある場所に急いでいてね。うっかり落ちてしまったんだ」
「そうなんだ〜」
「君は?」
「実家から忍術学園に帰る所だったの。あ・・・僕ね、忍術学園で働いているんだー」
知ってる。
・・・・・とは、言えなかった。
―――利吉は、じっと自分の手の平を見つめる。
『元には、戻らなかったか・・・・・』
利吉の体は、未だ幼児のまま―――
穴から出たら元に戻れるのではないかと一縷の望みを持っていた利吉は、深くため息を吐いた。
『どうしたものか・・・・・』
何がどうなってこんな事になったのか。それすら分からない。
「ところで・・・どうして、そんなに着物がだぼだぼなの?」
「え?」
「それ、大人用だよねぇ?」
不思議そうにこちらを見る秀作に、利吉は言葉を詰まらせた。
利吉の今の姿は、幼児の姿。
だが、小さくなったのは体だけで衣類などは、小さくはならなかった。
そのままでは動き辛いので、袖も袴も何度も捲り上げ、帯や紐であちこちを調節してなんとか身につけていたのだ。
「・・・・・汚れたので、父のを借りたんだ」
―――利吉はそらとぼけた。
ヘタないい訳なのは分かっている。
だが、なんとも言いようがなかった。
自分が利吉だと言っても信じられないだろうし?
・・・いや、コイツならあっさりと信じるかもしれないが、言いたくなかった。
山田利吉ともあろうものが、マヌケにも穴に落ちて縮んでしまったなどと、学園で話されたら堪らない。やはりここは、他人のフリだ・・・・・。
「ふぅん」
だが、当の秀作はまったく疑った様子もなく頷いた。
それに少しホッとしつつ、利吉は思考を切りかえる。
『とりあえず生命の危機は去った。だが、この状況に甘んじる訳にはいかないな・・・』
確かに命は助かったが、この幼児の体のままでいる訳にはいかない。
しばらくは仕事が入っていないが、それも長い間ではないのだ―――忍仕事をこの格好でこなせる訳がない。
『早く元に戻らないと』
この状況では・・・このまま山を降りて学園に助けをもとめるのが、一番良い方法だろう。
―――だが、自分のフライドがそれを拒んでいた。
『とにかく、自力でこの状況を打開する術を探ってみよう・・・』
利吉は立ち上がると、忌々しい穴をもう一度覗きこんだ――――――