唖然と穴があったはずの場所を見つめていた利吉だったが・・・
すぐに厳しい顔になってもう一度辺りを見まわし、場所が間違いないのを確認する。
兎を抱えていた腕を解くと、暴れていた兎が一目散に草むらに逃げて行った。
「利蔵くん?」
不思議そうに首を傾げる秀作を振り返ることなく、利吉はおもむろに印を切った。
「臨 兵 闘 者 皆 陳 烈 在 前!」
呪文を唱えた後、すぐに辺りの気配を探り、もう一度穴を探す。
だが、やはりもう一度穴が出現する事は無かった―――
・ その日、見上げた君 ・ ――7――
『だめか・・・・・』
もしや、敵忍か古狸の類に惑わされているのかと思い、印を切ったが・・・状況は変わらない。
注意深く気配も探ってみたが、妖しげな気配は感じられなかった。
だが―――普通に考えて、穴が一瞬にして出来たり消えたりする訳がない。
『となれば”何かに惑わされている”と思うのが妥当だが・・・』
それでも、忍として幻術などにも精通している利吉でさえ、それを破る事が出来ない。
『やはり、穴があった方が幻術なのか?』
だが、利吉は穴の中でも九字の印を切っていた。
それこそ、己が縮むなど幻術に他ならないと思ったから。
だが、その時もなんの変化もなかったのだ―――
『簡単に破れるような術ではないということなのか・・・?』
なにか、強い力が働いている・・・?
だが、なんの手がかりも―――――
「利蔵くん?」
「っつ!?」
色々と考えを廻らせていた眼前に、急に秀作の顔がどアップで現われて、思わず驚愕する利吉。
だが、利吉の動揺など気にもとめない風に、相変わらずのんびりとした口調で秀作が口を開いた。
「ねぇ・・・穴無くなっちゃったし、ウサギも逃げちゃったし・・・かえろっか?」
「は?」
「穴でなにかしたかったみたいけど、消えちゃったらしょうがないよねぇ。だから帰ろう?これ以上ここにいると、暗くなってきちゃうよ?」
「・・・・・」
利蔵君の家って、どこなのー?
ニコニコとそう問いかける秀作を、利吉は毒気が抜れたようにぼんやりと見上げた。
『確かに・・・な』
確かに尋常でない状況ではあるが。
考えられる手段を講じても状況が変わらぬなら、ここであれこれ考えていても仕方ない。
そして、やはりここで夜を迎えるのは、危険な気がする。
『こいつ・・・ぼんやりしている割には、たまに的を射てる・・・な』
利吉は、チラリと秀作を見上げた。
この状況に何も感じていないほど鈍感なのに。
言っている事はたまにズバリと正しかったりするのだ。
「へんなやつ・・・・・」
「え?」
「・・・・・なんでもない」
「?・・・ねぇ、家は?」
「家は―――」
ここから北の方向。
忍術学園へは、南。
『父上の前にこの情けない姿を晒すのは抵抗があるが、やはり家より学園に向かうのがいいだろう』
学園に行けば、解決策がわかるかもしれないし。
それに・・・・・
『ほっとくわけにも、いかないだろう・・・』
利吉は答えを待つ秀作を、見上げた。
なにしろ、得体の知れないことばかりの森。
今度は、彼の方に何が危険が降りかかるかもしれない。
彼は学園に帰ろうとしているのだから、ここは別れず二人で行動した方が良い。
「私も忍術学園にいく」
「え?なんで?」
「・・・・・知り合いがいるんだ」
「そうなの?」
秀作は少し不思議そうに首を傾げたが、それ以上聞くこともなく、折っていた腰を伸ばした。
覗きこんでいた時より離れた視線で、秀作は利吉を見下ろして笑った。
「じゃ、行こうか?」
「ああ」
「じゃあ、忍術学園にしゅっぱーつ!」
上機嫌で宣言した後、先に立って歩き出す秀作の背中を見ながら、利吉は小さな声で呟いた。
「・・・・・・行ければ、だけどね」
ここを無事に抜けられればいいが。
利吉はチラリと先ほどまでいた穴の辺りをさりげなく振り返る。
そこは変わらず静寂な景色。
忌々しげに眉を寄せ、利吉は秀作の後に続いた。
だが、二人がそこから去った後、
一瞬だけ、生き物の様にぐにゃりと景色が揺らいだ―――――