「り、利蔵くん!」
「こっちだ、走れ!!」

息を切らしながらこちらを見る秀作に、『利蔵』こと・利吉は、そう叫んだ。
叫んでから、心の中で舌打ちをする。

『無事に帰れるかどうか、疑ってはいたが・・・』


だからって・・・これは、予想外だ!


チラリと振り返った彼等の背後に、大きな石の玉が迫ってきていた――――




・ その日、見上げた君 ・ ――8――




学園に向かう事になり、歩き出した二人だったが・・・
先頭をきって歩き出した秀作は、分かれ道の前でその歩みを止めた。

「どうした?」
「あのね・・・学園って、どっちだっけ?」

その言葉に、利吉はガックリと肩を落とす。

『コイツ、分かってて先に行ったんじゃなかったのか』

やはり、一人で学園に向かわせなくて良かった。
最初からこれじゃあ、学園に向かうどころか、迷子になるのがオチだ。

「僕の勘だと、こっちなんだけど・・・どう思う?」
「・・・・・そっちじゃない。こっちだ」

全く見当違いの方向を指差して笑う秀作に、利吉は疲れたように正しい方向を示す。

『さっき、少し見直したのがアホらしくなってきた・・・』

大きなため息をついて見せるが、当の秀作は気にした風も無く、感心した様に声を上げた。

「こっちなの?あはは、また迷っちゃうとこだった〜!利蔵君ってすごいなぁ、よく分かるね!」
「・・・・・・確か、家から学園に向かうところだと言っていなかったか?」

何度も通った事がある道じゃないのか?
そう聞くと、秀作は元気よく頷く。

「うん、そうなんだけどね・・・目印がね、無くなっちゃって。わかんなくなっちゃった」
「目印?」
「うん、分かれ道にねぇ、リスがいなくて・・・」
「・・・・・・・・・・・・リス?」
「うん。この前通った時には、ここの分かれ道の進む方向にリスがいて、次の分かれ道には小鳥がとまっていたんだけど・・・・」
「そんな動くモノを目印にしたらダメに決まっているだろう!」
「あ、そっか」

怒鳴りつけられたのにもかかわらず、秀作はなるほど!と笑っている。

「でもね、リスのほかに動かないものも目印にしたんだよ?学園の方向の道にだけ、カタクリの花が咲いてたの!・・・・でも、見当たらないねぇ?」
「・・・・・・・・・・あれは、春の花だ」
「え?」
「〜〜〜〜〜春に通った時は咲いてたかもしれないが、今はもう初夏だ!花は無い!!」
「えー、そうなの?」

なら、迷う筈だよねぇ。葉っぱも覚えておけば良かったなぁ〜。
そう言って悪びれもせずに笑う秀作に、利吉は再び肩を落とした。

「そんなんで、今までよく辿りついてたな・・・毎回リスがいたのか?」
「ううん、今まではあんまり気にした事無かったんだー。おにいちゃんが一緒だったから」
「・・・・・・まさか、今まで家に帰るたびに送ってもらっていたのか?」
「うん!でもね、この前ここを通った時、おにいちゃんが『次から一人で行ってみなさい』って。でね、その時道を覚えておくように言われて、僕、一生懸命覚えたんだけどねぇ」

・・・ちゃんと覚えた筈だったのになぁ?
そういって首を傾げる秀作を見ながら、利吉は眩暈を感じていた。

『確かに覚えていただろうが、覚える物を間違ってる・・・』

それにしても、この年にもなって兄に学園まで送ってもらっていたとは。
だが・・・それを説教したところで、無駄な気がする。
クラクラする頭を押さえていると、利吉の苦悩も知らず、秀作は明るい声で宣言した。

「でも、利蔵君に会えたからもう大丈夫だね!んじゃ、またまたしゅっぱーつ!」
「・・・・・・・だから、そっちじゃなく、こっちだと言ってるだろうがっ!!」

はからずしも、その『おにいちゃん』の代わりに秀作のお守をしなければ行けなくなった利吉は、 心の中で秀作の兄に『一人立ちさせるのなら、変化するものは目印にならない事を教えてからにしろ!』と猛抗議しながら、その後を追ったのだった。



******



その後、しばらく平穏に事は進んでいたのだが―――
急に利吉が歩みを止めた。

「利蔵君?どうしたの?」
「――――しっ!」

秀作の声を遮って、利吉は耳を澄ます。
聞こえたのは、地鳴りのような音―――
既に夕刻・・・薄暗くなった道を振りかえり、利吉は目を凝らした。そして。

「走れ!」
「え?」
「早く!!」

きょとんとする秀作の手を取り、利吉は走り出す。
訳も分からず走り出した秀作だが、走りながら振りかえり、声を上げた。

「あっ!!」
「止まるな!このまま走れ!!」

二人の後にせまるのは、大きな岩。
まるで玉のようなそれは、ゴロゴロと転がりこちらに向かってくる。

『くっ・・・!あんなものに潰されたら、一巻の終りだ!』

自分の元の背丈以上ある、大岩。
それが、自分達の進んでいる坂道を転がってくるのだ。
このままでは追い着かれる――――

「こっちに曲がれ!」
「う、うん!!」

二人は道を外れ、杉の木が立ち並ぶ森の中に飛び込んだ。
坂道は、真っ直ぐ―――あの大岩は、このまま道なりに転がって行く筈。
そう考えた利吉だったが、確認のために振り返って、目を見開いた。

『馬鹿な!』

あろうことか、大岩はまるで自ら意思をもっているかのように、こちらに曲がってきた。
メリメリという音をたてて、木が倒れる。
将棋倒しのように木々を押し倒しながら進む大岩を見て、流石の秀作も悲鳴を上げた。

「わ〜!こっちきちゃうよ!?」
「・・・・・くっ!」

曲がっても追い掛けてくるし・・・木の上に逃げてもその木自体が押し倒されたらどうしようもない。

『しかもこの先は―――――』

利吉はこの先にあるものを思い出して、顔を歪めた。
この先にあるもの―――切立った崖。逃げ場がない。

『どうする』

木を押し倒しながら進んでいるので、大岩の速度はかなり落ちているが、完全に止まる気配は全く無い。
確実に、アレは自分達に追い着くだろう。
利吉が歯噛みをしながら生き延びる術を探していると、隣から不安そうな声が聞こえた。

「り、利蔵君、どうしよう!?このままじゃ・・・あっ!?」
「小松田君!?」

声に驚いて振向くと、秀作の姿が消えていた。
だが、よく見ると消えたのではなくて、草陰に隠れていた穴に落っこちていた。

「イタタ・・・・・」
「大丈夫か!?」
「う、うん。へいきー」

慌てて覗きこむが、今度の穴は利吉が落ちたものとは違い、本当に只の穴の様だった。
利吉は、秀作が子供に変化していないのを見て、ホッと息をつく。
しかも、前の穴と違って、浅く小さい。穴というより窪みといった感じだ。
秀作が尻餅をついた形で丁度すっぽり頭が隠れるくらいのそれに、秀作は見事にはまってしまっているが、これなら容易に出られる。
利吉は彼に手を貸そうと、小さな手を差し出した。

「早く出ろ!岩がそこまで・・・・いや、まて!出るな」
「え!?」
「ここならアレをやり過ごせる!」

この穴は小さい。ここに隠れていれば、この上を岩が通り過ぎたとしてもやり過ごせるのに気がついて、咄嗟にそう叫んだ。

「あ!じゃあ、利蔵くんも!」
「二人は無理だ!」

秀作が嵌った穴は、秀作が入ってギッチリといった状態で、いくら子供の体といえど、入りそうも無かった。
利吉は、迷うことなく穴を後にしてまた走り出す。

「利蔵君!!」
「いいから!頭を低くしていろ!!」

そう叫んで、利吉は足を速めた。



******



「利蔵・・・・・・・ひっ!」


穴に嵌ったまま再び利蔵の名を呼ぼうと思った秀作は、聞こえてきた轟音に、悲鳴を上げて体を縮こまらせた。
身を竦めて穴の中で丸くなっていると・・・程なく、大きな音と共に穴が塞がれて真っ暗になり、バラバラと土の塊が頭に降り注ぐ。

だが、それは一瞬で、岩が過ぎ去ったのが分かった。

しばし呆然としてしまった秀作だが―――ハッと我に返り、穴から這いずり出して岩が転がって行った方を見る。
岩は、木をなぎ倒しながら崖の方に向かっていた。
目を凝らすと、その先に小さな影・・・・・崖の先に、利蔵が立っていた。
間近に、大岩が迫る。
秀作はあらん限りの声でその名を呼んだ。


「利蔵くん!!!」


声が届いたかどうか分からない。
だが、彼はチラリとこちらを見たような気がした。
チラリとこちらを見て。



そして、岩が利蔵を押しつぶそうとする直前―――彼は、ひらりと飛んだ。



「り・・・・・!!」

崖の向こうに利蔵が消える。
そして・・・その姿を追うように、大岩が崖から落ちるのが見えた――――





○ンディー○ョーンズ? ←言われる前に自分でツッコミ。(笑)



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