・ 鬼と花 ・ ―― 十四 ――

 



「利吉・・・・・さん?」


秀子は利吉の名を読んでから、首を傾げた。
その仕草を見て利吉はまた、にぃ・・と笑う。

「どうした?」
「えーと。なんて言ったら良いのかわかりませんけど・・・・・」

秀子は少し戸惑ったように言葉を切って考えてから、利吉を見上げた。


「なにか、いつもと雰囲気が違う気がして・・・」


もう一度首を傾げてしげしげと見つめる秀子に、利吉は可笑しそうに笑った。

「何が違うものか?ほら、よく見てみるといい。顔、体、声・・・どこも違ってはいないだろう?日暮れ時に会うのは初めてだから、そんな風に見えるだけだ」
「そ・・・う、ですよね?すみません、変な事を言ってしまって・・・あ、遅くなってしまってすみませんでした!」

秀子は戸惑いつつも、慌てて謝った。

「閉店後に常連さんが来て・・・今日でお店も最後だったから、無下にできなくて」

結局なかなか常連達は帰ってくれず、遅くなってしまい・・・。
ようやく皆を送り出してから、団子の包をひっつかんで、着替えもせずに走ってきた。
走り出してからエプロンを返すのを忘れたのを思い出して、慌てて見送りに出ていたもさ助を振向いたが、『おめぇにやるから、気にせんで早くいけ!』と叫ばれて。
もう一度深くお辞儀をしてから、また駆け出した。
・・・・・走り通しで来たのだが、それでもだいぶ利吉は待ったことだろう。
秀子はもう一度『すみません』と頭を下げて。
そして、思い出したように手に持った包を持ち上げて見せた。

「そうだ・・・今日もお団子持ってきましたよ!」

今日はお店最後の日だったんで、全種類持ってきました!
みたらしでしょ、あんでしょ?ごまでしょ?くるみでしょ?いそべでしょ?
手の上の包を開いて指差しながらそう説明した秀子だったが―――急に、その指差していた手を掴まれた。
驚いて、顔を上げる。

「団子はいらぬ」
「りき・・・?」
「今日は、他のものをもらうとしよう」
「え・・・・・・?」

自分に向って伸びてくる手を、秀子はぼんやりと見つめた。



******



――――ここは、どこだ?

霞がかかったようなハッキリとしない思考で、利吉はそう思った。

――――暗い

周りは完全なる、闇。

――――私は、どうしたのだ?

最初は寝ているのかと思った。
だが、横たわっている感覚が無い為、立っているのかと思いなおす。だが。

――――見えぬから、わからない

闇が深すぎて、自分の姿さえ見えない。
自分がどちらの方向を向いているのか、立っているのか寝ているのかすら、分からない。

――――だが、恐ろしくは、ない

普通ならこんな状況は耐えられない筈だ。
だが、今の利吉には恐怖心は微塵もない。

――――むしろ、心地いい・・・

じわりと、自分が闇と同化していくのを感じる。
闇に溶けて、自身が闇の一部になっていく。
いや、むしろ自分は元々闇だったのではないだろうか?
闇だったのに、切り離されて・・・何時の間にか人型となって光の中に迷い出てしまったのだ。

――――私は闇に沈むのではない、元いた場所に帰るのだ



『そうだ、私は・・・・・・・闇の住人』



利吉は、うっとりと瞳を閉じた―――――――



******



首筋に冷たい手で触れられて、秀子はピクリと体を揺らした。
こんなに冷えてしまうほど待たせてしまったのかと、申し訳ない気持ちになる。

「あの・・・別のものって、なんでしょう?」

お詫びに自分が持っているものなら、なんでもあげたいところだけれど・・・あいにく、今日は団子以外は何一つ持っていない。
困ったように見上げる秀子に、利吉は目を細めて、口の端を持ち上げた。

「お前をもらおう」
「え?」
「一番旨そうなのは、柔らかいはらわたか・・・生温かい血潮は、どの酒よりも甘かろう」
「は??」
「でも、その前に」

何を言われているか全く理解できずに、ポカンと利吉を見つめる。
そんな彼女を舐めるように見ながら、利吉は彼女の首に当てていた指を曲げ、その柔らかい肌に食い込ませた。
首をわしづかみした格好で、利吉は唇を薄く開いた。



「その光輝くような魂が汚されて・・・絶望に歪み、悲鳴を上げる様が見たいなぁ」



薄く開いた唇から覗いた赤い舌が、べろりと舌なめずりをした――――――






ヤバイ感じで、終わります(笑)
利吉・・・寝てる場合じゃないって!って、立ってるんだっけ?(笑)


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