・ 鬼と花 ・ ―― 十五 ――

 



闇。
真っ暗な闇。
闇の中では自分の姿すら見えなくて、そこに本当に自分がいるのかさえあやふやだ。

――――だが、今はそれが心地良い。

姿が見えぬから、意識だけがふわりと宙を漂う。
体を捨て、自由な存在になった気さえ、感じる。
その心地良さに、利吉は身を任せた―――。
『見えぬなら、目も開けておく必要もない』
利吉は、ゆっくりと瞳を閉じる―――


だが・・・目を閉じきる前に、朧げな光を見た気がした。


利吉は、うっすらと閉じたばかりの瞳を開く。
ぼんやりと光るそれ。
何かに遮られているのか、形はよく分からない。
だだ、遮られても被い尽くせないのか・・・ほんの僅かばかりだが、確かにそれは光を放っている。

『なん、だ・・・?』

今度はしっかりと目を開けて、闇に預けかけた意識を、もう一度身の内に戻して・・・
そして、利吉は誘われるようにふらりふらりと光に近づいていく。
近づいて見ると、その光の向こうから声が聞こえてきた。
良く耳を澄ましてみると―――喋った覚えもないのに、自分の声で呟くのが聞こえた。

『待っていたよ、秀子―――――』

声は、光にそう呼びかけている。


それを聞いた利吉の瞳が、大きく見開かれた―――


そうだ。
そうだった。
君の名は―――――――――



「しゅう、こ」



闇の中で、今度は自分の口で呟いた―――



******



「利吉さん・・・?わっ!?」


利吉の言った言葉の意味が良くわからず―――聞きなおそうとした時。
・・・・・秀子の体は、宙に浮いた。

思わず目を瞑って。
次に体に伝わる衝撃。・・・どうやら、地面に転がされたらしい。
その痛みに顔を顰め・・・また目を開けて。
そして―――秀子は目を見開いた。

「利吉・・・・・さん?」

目の前には利吉の秀麗な顔。
だが、その表情は今まで見たことも無いものだった。

どこか冷淡に見える横顔。
ぶっきらぼうな言い様。
・・・利吉の表情はどちらかというと、近寄りがたいものだったかもしれない。
だが、秀子にはそれが気にならなかった。
怜悧に見える表面上とは違い、奥の方が温かい人だなぁと、漠然と感じていたから。
―――それが、今は違った。
顔は確かに彼のものだが・・・・・血走った瞳が、血に飢えた野獣のようで。

「利吉さん、いったいどうしたんです?・・・・・あっ!」

ぐい・・・と、秀子襟を利吉が両手で引き割る。
暗闇に、白い肩がぼんやりと浮かび上がる。
露になった華奢な首に、ひたり・・・・・と、冷たい指が宛がわれた。
その冷たい指が、首から鎖骨の辺りへと、つい・・・っと弄ぶようになぞっていく。

「もっと、怯えろ」
「え?」
「でないと、つまらん」

冷たい手が今度は秀子の下肢に伸ばされ・・・着物の裾が割られた。
今度暗闇に浮かんだのは、白い足。
その肌の感触を味わうように、足首から太ももへと、冷たい手の平が滑っていく。
利吉の赤い舌が、ぺろりと己の口端を舐めた。

「なかなか、旨そうだ・・・」

じっくり嬲って
声が枯れるまで鳴かせて
この白い肌が上気して紅く染まったら・・・・・喰らおうか。

利吉はもう一度舌なめずりをして。
太ももの辺りを撫でまわしながら、その白い首筋に顔を埋めた――――



******



『しゅう、こ』


暗闇の中にいた利吉だが・・・その名前を口にした途端、周りがパアッッと明るくなった。
いや、周り明るくなったわけではない。
よくよく見ると、自分はまだ闇の中。
だが――――目が、見えるようになった。
もちろん闇は真っ暗なままだが、先ほど朧げだった光の辺りが・・・明るさを増して、ぶわりと範囲が広がった。

暗闇から、急に眩しい光を浴びた為・・・利吉は目が眩んで、腕でその光を遮る。

だが、少しするとそれにも慣れ・・・腕の下から漏れる光の中に、鮮明な映像が浮かんでいるのが見えた。
利吉は腕を下ろし、その光の中の像に目を凝らし。

――――そして、息を飲んだ。



光の中に浮かんだものは、自分が秀子の着物を引き裂き、組み敷く様だった――――




コマちゃん、色んな意味で食べられ・・・!?(殴)
食べようとしている本人が、一番ビックリしてるもよう(笑)


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