「なっ・・・!」
利吉はその光景に言葉を失った。
目を見開いて息を飲んだまま、固まる―――
「やめろ・・・」
固まったまま、震える唇でそう言った。
「やめろ!」
利吉の声に怒りが滲む。
「やめろと言っている!!」
ありったけの殺気を込めて、腹の底から叫んだ。
――――だが、答えは、ない。
「やめてくれ・・・・・っ」
やがて、利吉の叫びに哀願の響が混じる。
彼女を汚されるのは、堪らなかった。
自分が引き裂かれる以上の痛みに、利吉は頭を横に振りながら、恐怖に支配された声で叫んだ。
「お願いだから、やめてくれ・・・・・っ!!」
そう叫んで、利吉は闇の中でガックリと膝をつき・・・俯いた。
秀子――――不思議な女。
鬼が巣食う己の心に、ただ一人、入りこんだ女。
ドジで無邪気で天然ボケで。
でも、差し出された手がとても温かくて。
鬼気にあてられ冷えていく自分に、人の温もりを思い出させてくれた。
じんわりと彼女に温められて、俺は人の心を取り戻していく。
このまま彼女と居れば、俺は人に戻れると、そう思ったのに。
『いや、ちがう・・・・・』
鬼から逃れる為とか、人に戻る為とか・・・そんな事以前に、己の中の彼女存在が大きくなっていくのを感じていた。
そうだ、俺は彼女に惹かれていた。
自分が鬼だろうが人だろうが、彼女の側に居たかった。
秀子が、好きだ―――――
自覚した気持ちが、利吉の中に染み込んでいく。
彼女が好きだ、そう心の中で繰り返す利吉の耳に、悲鳴のような声が聞こえた。
「り、りきちさん!?やっ・・・!」
秀子が自分の名を呼ぶのが、聞こえた。
――――そして、拒否するような喘ぎも。
「ちがう」
ちがう、ちがう、違うっ!!
それは、利吉じゃない!私では、ない!!
「違うんだ、秀子!」
利吉は、悲痛な声でそう叫ぶ。
だが・・・秀子には、利吉の声は届かない。
それに絶望的な気持ちになりながらも、利吉途切れることなく叫んだ。
「秀子、それは私じゃない、私じゃないんだ・・・っ!」
君を陵辱しようとしているのは、私じゃない。
私の姿をした、鬼。
鬼が私の体を使って、君を汚そうとしているんだ。
私じゃない、私じゃないんだ!
君は私にとって大切な人。だから・・・
「私は、君を汚したくなんてない!!」
利吉は、そう叫んだ。
その途端、浮かんでいた秀子の姿が消え、辺りは再び闇に包まれる。
『本当に、そうか?』
利吉はビクリと肩を揺らす。
聞こえてきたのは、鬼の声。
顔を上げると、秀子の姿が消えた闇に、赤い鬼の姿が浮かんでいた。
『本当に、汚したくないのか?』
自分を見下ろしそう聞いてくる鬼に、利吉は叫ぶ。
「あたりまえだろう・・・っ」
『そうかなぁ?』
「なにっ!?」
『お前は、最初からこの女を抱こうとしていたじゃないか?』
「!!」
確かに、最初は父の手回しで自分に肌を与えに来た者だと思ったから、感情も無しに抱こうとしていた。
だが、それはあくまで彼女がその任をを負って来た者だと思ったからだ。
自分の気持ちを自覚した今は、彼女の気持ちも考えず、二人の心が交わらないままに抱くつもりなどはない。
自覚しない前だとて、彼女に惹かれていながらも、隣で無防備に眠るその体に無体を働く事など無かったのだから。
「それは・・・っ!」
反論しようと声を荒げると、喉の奥で笑うような声が聞こえてきた。
鬼には、己の心は内は筒抜けだ。
反論するまでもなく、鬼には利吉の考えたことがわかる。
その事を思い出して、ギリリと奥歯を噛み締めた。
「何がおかしい!」
『同じ事よ』
「なに!?」
『そこに心があろうが無かろうが、鬼に巣食われるようなお前に抱かれたら、この女は汚れるに決まっているだろうが?』
「つっ・・・・・」
利吉は、息を飲む。
青ざめた利吉に、鬼は更に続けた。
『お前は確かにこの女に手を出さなかったが・・・出さなかっただけで、出したかったのだろう?』
好きな女なら、なおさらその肌が恋しかろうぞ?
鬼はくっくっと、また喉の奥で笑う。
そんな鬼に、『そんな事は!』と怒鳴り返そうとして・・・利吉は唇を噛んだ。
確かに――――――肉欲はある。
結局出来なかったが、彼女の唇に吸い寄せられる様に顔を寄せたことがあった。
彼女が唇を許し、私を受け入れてくれれば、喜んでその身を抱いただろう。
鬼の言う通り、惚れた女に触れたくない訳がない。
先ほども、鬼の秀子への所業に激昂しながらも、チラリと垣間見えた白い肌から目が離せなくもあった。
俺は、鬼のように彼女を汚したい訳じゃない。
だが、心を通わせて抱いたとしても、この身は彼女を汚してしまうのか?
動揺する心も、鬼には筒抜け。
ざわめく利吉の心を見透かして、鬼は満足そうな笑みを浮かべながら、言った。
『代わってやろうか?』
その言葉に、りきちはゆっくりと顔をあげる。
「なにを・・・いって・・・・・・?」
『この女を抱きたいのだろう?』
「どう、いう・・・・・」
『娘を抱く間だけ、体を返してやろうか?』
目を見開く利吉の前で、鬼はにぃ・・・と、笑った。