・ 鬼と花 ・ ―― 十七 ――

 



驚きに目を見開いて言葉を詰まらせる利吉に、鬼は再び、にぃ・・・と笑いかけた。


『どうした?返して欲しくはないのか?』
「・・・・・・・返して欲しいに、決まっている」

何とかそう声を絞り出して、利吉は鬼を見つめた。
この身体は鬼に差し出した訳ではない、鬼に無理やり奪われたもの。
とり返したいと、心から思っているが・・・鬼が時間をかけてやっと奪ったこの身体を、一時的とはいえあっさりと返すなど、信じられなかった。
その葛藤は、利吉と繋がっている鬼にはやはり筒抜けたようで、鬼はくっくっと可笑しそうに笑った。

『信じられぬか?だが、嘘ではないぞ?お前が望むなら、身体を返してやろうぞ?』
「何故・・・だ?」

先ほどまで、秀子を汚すのが楽しくて仕方ないといった態度だったのに。
その『楽しみ』とあっさりと手放し、奪った身体を解放する理由はなんなのか?
そう考えた時に、ふと思い当たることがあった。
『もしや、やはり秀子の身体は鬼には毒なのでは?』
私の身体を使えば大丈夫と、陵辱しはじめたものの、やはり彼女の清い気には長く触れていられないのか・・・?
一瞬そう考えた利吉だったが、頭に浮かんだ一筋の希望を鬼はすぐさま笑い捨てた。

『別にお前の身体を使えば、あの娘の毒気など微塵も感じぬよ』

ニヤニヤといやな笑いを浮かべて言う鬼に、カッとなって怒鳴った。

「ならば、何故!!」
『何故かなぁ?』
「つっ!ふざけるなっ!!」
『ふざけてなどおらんが?』

鬼は利吉が激昂すればするほど楽しそうな表情を浮かべて、言った。

『お前が抱きたいだろうと思うて、譲ってやろうというだけ。嫌なら、無理にとはいわぬよ?』


ならば、やはり我が弄んでやるとするか。


そう言うと、目の前に浮かんでいた鬼の身体は、足からゆらリゆらりと消え始めた。
ゆらゆらと陽炎のように揺らいでいく赤い体に息を飲んで。
次の瞬間、利吉は叫んでいた。

「まてっ!!」

目の前の揺らぎが、止まる。

『・・・なんだ?』
「私が・・・・・・・・・・・抱く」

利吉の言葉に、鬼は血のような赤い口内を見せて、笑った。

『やはり、娘の肌が恋しいか?さもあらん・・・お前は若い』
「・・・・・」
『譲ってやろうぞ?恋しい娘を、思う存分鳴かせてやればよい』

鬼がそう言ったと同時に、利吉の意識は一度闇の中に沈み、真っ暗になった。



******



―――意識が戻った時。
利吉はひんやりとした、夜風を感じていた。・・・・・その、体に。

『もどっ・・・・・・・た?』

周りを見まわすと、闇。
だが、頬を撫でる風と、草の匂いと、虫の声。
―――そして、確かに手足に感覚があった。

その手足に柔らかい感触を感じで、闇に慣れてきた視線を下げると、そこに秀子の顔が見えた。

「・・・・・秀子」

秀子の名を呼ぶと、彼女はハッとしたように顔を上げた。
闇の中、絡まる視線。
闇の中ゆえ、はっきりとは見えぬ、その瞳の色。

『見えぬが・・・・・・浮かんだ色は、怖れだろう』

利吉は胸の中に締めつけられるような傷みを感じながら、彼女の断罪を待った。
だが――――しばしじっと利吉の顔を見つめた後、秀子はホッしたような声を出した。

「利吉・・・・・・・・さん?―――よかったぁ!!」
「・・・・・秀子?」
「利吉さん、何か様子がおかしくて・・・私、どうしていいかわからなくて」
「秀、子」
「良かった――――いつもの利吉さんだぁ」

安堵した声と共に、秀子の腕が利吉の背に回った。
自分に覆い被さった男の体を抱きしめ、秀子は心配げに尋ねた。

「大丈夫ですか?やっぱり、ご病気なんですか?」
「秀子」
「カラダ、辛いんですか?お薬、ないんですか?持ってないならお医者様のところに行かないと」
「しゅう、こ」

搾り出すように名を呼んで、自分も彼女の体を抱きしめる。
先ほどまで、鬼はこの体で秀子を犯そうとしていた。
年の割にはウブでおぼこい印象のこの娘は、良く理解できていなかったかもしれないが―――
それでも、恐怖を覚えて悲鳴を上げていた。
己が望んでした事ではないけれど、確実に己の体がしたこと。
――――彼女にとって、自分は恐怖の対象に変わってしまったと、そう思っていたのに。

「利吉さん」

そう名を呼んで触れてくる彼女の手には、怖れがない。

『分ってくれる、のか・・・』

鬼に纏わりつかれ、鬼にとりつかれ。
・・・・・挙句の果てに、鬼に取って代わられてしまった自分。
もう鬼と混ざり、鬼と同化しているだろう自分の中に残った、僅かな人の部分を、彼女はちゃんと気がついてくれている。



――――それが、利吉には叫び出したくなるほど、嬉しかった。



思いのまま、赤子のように秀子の胸に頭をすり寄せ、抱きしめる。
そんな利吉の髪を優しく撫でながら、秀子は利吉に声をかけた。

「利吉さん、立てますか?私、肩を貸しますから、とにかく人のいるところにいかなくちゃ」
「・・・・・人?」
「そうですよ、このままここにいてもよくなりません!帰りましょう?」

かえる・・・・・帰る?
父や皆の所へ、帰る。
利吉はハッとしたように、顔を上げた。

『そうだ、帰らなければ!』

皆の所に、帰りたい!そして、なにより・・・



――――なにより、秀子を無事に帰さなければ!



ガバリと身を起こし・・・・・・た、筈だったのだのだが。
利吉の体は、今だ秀子の上に乗ったまま、動かなかった。

『なぜ・・・・!?』

心の中で問う利吉に、声が答えた。
――――鬼の、声が。



『返してやるとはいったが、すべて自由になるとは言っておらぬぞ?』



利吉の頭の中に、冷たい鬼の声が響いた―――




まだ、鬼との対決は続きます;


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