「どう・・・いうことだ・・・・・・っ!」
「利吉さん?」
突然声を荒げる利吉に、秀子は驚いたように名を呼ぶ。
だが、利吉はそれに答えることなく、怒りに顔を歪め。
「どういうことかと言っているっ!」
耐えられなくなったように、そう叫ぶ。
その声に、利吉の内なる声・・・鬼が答えた。
『お前自身も言っていたではないか?「やっと奪ったこの身体を、一時的とはいえあっさりと返すなど信じられない」と』
そう、『やっと』手に入れたのだ・・・返す訳がないだろう?
鬼は可笑しそうな声で、そう言う。
己の内にいる鬼の姿は見えないが・・・利吉は鬼がまた、血のような赤い口内を見せて、にぃと笑っているのだろうと思った。
苦しげに唇を噛む―――
鬼の言うとおり簡単に取り戻せるとは思っていなかった。
だが、一時的とはいえ体を解放されたのなら、何とか逃げる術もあるのではと期待した。
しかし、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
『これから、どう・・・なる?』
頭に浮かんだのは、自分に問いかける言葉。
だが、答えたのは鬼の声だった。
『それも、お前は分かっているのだろう?』
先程より更に楽しげに鬼は言う。
『自らの手で、娘を引き裂くがいい』
「つっ・・・!」
『最初は我が弄んで、その肉を食らってやろうかと思っておったがなぁ。お前があまりに「私ではない」と、”我の中”で煩いのでな?ちゃんと教えてやろうと思ってなぁ?』
・・・間違いなく、お前の所業だと。
鬼は、氷のように冷たい声でそう言った。
『その為に、意識を・・・』
利吉は唇を噛む。
何の為に意識を解放したのかと思えば、秀子を汚し・壊す行為を、自らのものと自覚させる為だったとは。
意識はしっかりとある中で、操られた己の手が彼女を苦しめる。確かに、鬼にとってはご馳走なのだろう・・・・・。
歯をギリ・・・と鳴らした時、不意に己の腕が持ち上がるのを感じた。
「利吉さん、あの・・・重いのでとりあえず退いてもらえると・・・・・・あっ!?」
秀子の体がふるりと震える。
手に、温かく柔らかい感触。
己の手が、さらりさらりと撫でているのは、彼女の太ももだった。
「あの?利吉さん・・・??」
困惑した秀子の声。
彼女の瞳に恐怖はない。ただの困惑。
先程の『利吉の形をした何か』ではなく、『利吉』だと分かってくれている彼女は、混乱しているのだ。
『利吉の筈なのに、なぜこんな事を?』と―――
だが、その困惑もまもなく恐怖に変わるのだろう。
「秀子・・・」
「利吉さん・・・?あ・・・っ!」
名を呼び、謝罪しようとするが、出来ない。
声が出ない訳ではない。物理的にしゃべる事が出来なくなったのだ。
―――何故なら、己の唇が彼女の首筋に吸い付いたから。
『ああ・・・・・』
感じるのは、甘く芳しい――秀子の体臭。
舌に感じるのは、すべらかで柔らかい、彼女の肌。
・・・・・抗う気持ちが霧散して、体の内に熱いものが滾ってくるのが分かる。
鬼の呪縛とは別に、抗えなくなっていく自分を感じる。
しゅうこが ほしい
差し向けられた鬼の意図と
男としての欲望と
この恐怖を振り払う為に何かに縋りたいという弱心と
・・・・・・・・・そのすべてが、彼女に向かっている。
「ほし・・・い」
利吉はうわ言のようにそう呟いて。
舌を長く伸ばし、彼女の首筋を下から上へと舐め上げた―――――