彼女の首筋を舐め上げて、利吉はうっとりと呟く。
「ほし・・・い」
彼女に触れてみて、自分がどれほど秀子を求めていたかが分かった。
・・・最初は、変な女だと思った。正直、関わりたくなかった。
だが、父の差し向けたの者かと思い、行動を共にして。
―――そして、彼女の手の温かさを知った。
彼女と会うたび、冷え切った心が、じんわりと温まっていく。
彼女と会うたび、人外者へと変化し始めた魂が、人らしさを取り戻していく。
『結局、父が差し向けた者か、そうでなかったのか・・・』
それは分からなかったが、もうどうでも良かった。
彼女が欲しい。
鬼を遠ざける不思議な力を持った女・秀子。
でも、彼女を欲しいのは、鬼を遠ざける力を持っているからだけではないと思った。
「秀子・・・」
ドジで、おっちょこちょいで、天然ボケで・・・一緒にいるとイライラさせられた。
だが、彼女の言葉は何故か心の奥底に留まり、宝物のように輝く。
向けられる笑みを受け取ると、幸福感に包まれる。
いつの間にか、私は彼女に恋をしていた。
「お前が・・・欲しい」
恋情を抱いた女・・・当然、その肌に触れたくなる。
「ひっ!・・・り、利吉さん!あの・・・っ、くすぐったいですぅ」
舐めあげた途端上ずった声をあげる秀子。
その顔を見下ろすと、彼女はどうしていいか分からぬ風な頼りなげな表情でこちらを見上げてきた。
頬を上気させ、瞳を潤ませて、途方にくれたようにこちらを見上げる。
その表情は、男としてと征服欲を揺さぶり・・・そして、煽るのに十分だった。
「秀・・・子」
うっとりと呟き、彼女の首に吸い付いた。
「いっ・・・!」
彼女が小さく悲鳴を上げる・・・強く吸い上げられた箇所に痛みが走ったようだ。
唇を離し吸い上げた場所を見ると、花が咲いたように赤くなっている。
煽られた征服欲を満たす、所有印。
利吉の口元に笑みが浮かぶ。
『だが、まだ足りない・・・』
この程度では、煽られた欲を完全に満たす事はできはしない。
彼女の体中に、この印を刻まねば・・・。
どこを見ても、自分のものだと知れるように―――
「秀子・・・」
彼女の名を呼んで、獲物を前にした獣のようにベロリと己の口元を舐める。
太ももを撫でる手をずらし、柔らかな尻の肉を掴む―――。
その感触にさらに高揚し、欲しいという衝動が内からゴブリと溢れ出そうだ。
もっと着物を引き裂いて・・・あらわになった肩や、太もも以外も全て曝け出させたい。
獣のように彼女を貪りつくしてやりたい。
―――それこそ、鬼のように。
パン!
もう一度舌なめずりをしたとき、不意に秀子の両手が持ち上がり、叩くように利吉の頬を挟み込んだ。
「利吉さん、利吉さん!しっかりしてください!!」
秀子の叫びに、ハッとする。
興奮していた頭が、少しだけ冷静さを取り戻した。
慌てて彼女の顔を見ると、目の前には涙を溜めた秀子の顔・・・。
「しゅう・・・」
「利吉さん、また怖い顔になってきてます・・・どうしたんですか?」
「あ・・・私は・・・・・?」
―――また、鬼の気にあてられていた。
最初に秀子の首に吸い付いたのは鬼に操られてであったが、その後は自分の欲望で自ら手を下していた。
秀子を大事と思っているのに。彼女を守らねばと思っているのに。
・・・秀子を汚して壊させようという、鬼の意識が理性を溶かし、欲求を満たす事ですぐに頭がいっぱいになってしまう。
『つっ・・・』
どうしたらいい?
もう既に、体は鬼の意のまま。
それに抗う心さえ、鬼に操られている。
自分が彼女に抱く恋情も、鬼にとっては都合の良い道具だ。
「秀子・・・すまない」
どうにもならぬ自分に、利吉は苦しげに謝罪の言葉を口にする。
「私は、君を傷付ける・・・君を汚して壊してしまう」
「よごす・・・?」
「君に会うのではなかった・・・関わらなければよかった」
「え?」
「君が父が差し向けた者でも、鬼の手から逃れられる最後の手段かもしれなくても・・・その手に縋らなければよかった」
鬼が恐れる、清い気の持ち主・秀子。
自分が鬼の道から抜け出す為の、最後の光明。
救われたくて、その手に縋った。
・・・だが、それに縋ろうとしなければ、君を巻き込まずにすんだ。
自分が鬼に変わろうと、君に縋りさえしなければ、君だけは助けられた。
関わらなければ、君が汚されることもなかったはずだ。
『君の無垢な笑顔を汚してしまうくらいなら、鬼になった方がマシだ・・・』
―――私は、君に近づくべきじゃなかった。
「君を傷つけるくらいなら・・・会わなければよかった」
搾り出すように呟かれたその言葉に、秀子は目を見開く。
それを見ながら、利吉は悔しげに唇を噛んだ。
体は、彼女を汚す行為以外は、自分の意思で動けない。
組み敷いた体を解放してやる事もできない自分。
もう、彼女を見つめる事さえ罪に思えて、利吉は秀子から顔を背けた―――