顔を背ける利吉。
だが、その耳に秀子の柔らかい声が届く―――。
「私は会えて嬉しかったですよ?」
その科白に驚き、もう一度彼女を見つめると・・・。
彼女はにっこりと微笑み、利吉の頬に温かい手を添えた―――
「だって、利吉さん私を助けてくれたし」
利吉さんが止めてくれなかったら、下まで転げ落ちちゃうとこでしたー。
「私の持ってくるお団子、おいしそうに食べてくれて嬉しかったし」
実は、利吉さんが食べる姿、かわいいなとか、思っちゃってました。
「・・・何より、一緒にいて楽しかった」
あなたの側は、なんだかとっても心地よかったんです。だから。
「だから、私は会えて嬉しかったです」
秀子はそう言って微笑んだ後、すぐに顔を曇らせた。
「でも、利吉さんは・・・私と会いたくなかったんですね?」
「・・・!!違う、会いたくないわけじゃない!」
慌てて否定する。
君に会いたくないわけない。会ってはいけなかったんだと思ったが、断じて会いたくなかったわけじゃ・・・。
複雑な心境に言葉を詰まらせていると・・・秀子は利吉を見つめて、もう一度微笑んだ。
「私ね、利吉さんの事、好きです」
「!」
「もっと一緒にいて、もっといっぱいお話したい。そうだ!お団子以外の物も一緒に食べに行きたいな?」
私ね、おうどんも好きなんです〜。
お月様みたいな、たまごがのっかったやつ♪
「だから、負けないでください」
「秀・・・」
「良くはわからないけれど・・・利吉さん、何かに負けそうなんですよね?でもね、私、信じてます!」
利吉さんなら絶対勝てるって!
「秀・・・子」
「私ができる事なら、何でもお手伝いします!・・・さっき、利吉さんの顔が怖かったから叩いちゃったけど・・・あの続きをすればいいんですか?」
もう叩いたりしませんから、どうすればいいか言ってください。
私―――頑張りますから!
そう言って、唇を引き締めて、気合が入った顔で彼女は利吉の指示を待っている。
自分が今からどんな事をされるかも知らず、それでも利吉の為になるならばと、全力でそれに応え様としている。
そんな彼女を見つめて・・・利吉の心の底に、湧き上がる感情があった。
『愛しい・・・』
たまらなく、彼女が愛しい―――
「秀子・・・」
彼女の瞼に口付ける。
少し驚いたような顔をしたけれど、彼女は動かずそれを受けてくれた。
唇を離して、彼女の顔をじっと見つめる―――
もう立派に一人立ちしている年齢だろうに、彼女の顔は、何処かあどけない。
とても鬼を遠ざける力などあるように見えない、彼女。
むしろ、守ってやりたいと・・・心から思う。
自分が彼女を求めるのは、鬼に操られているからだけじゃない。
彼女が愛しいから私は彼女を求めるのだ。
彼女を愛し、そして愛されたい―――
闇は私の中に確かにあるが、私自身が闇な訳じゃない。
今は闇に覆われてはいるが、奥底に・・・必ず、光はある。
―――私の中にある、光を取り戻さなくては!
自分の内に集中する。
闇・闇・闇・・・一面の闇。
どこを探っても、終わり無く続く闇。
―――思わず絶望しそうになる。
「秀子・・・私の内は、闇ばかりだ。光が見つからない」
声が震える。
彼女を守ってやりたいと思うのに、叶わない絶望が頭の中に広がる。
「内?光?・・・えっと、心の中にある光を探してるんですか?―――つまり、楽しい思い出とか?」
「たのしい・・・おもいで?」
「そうですよ!それなら、きっといっぱいあります!今は忘れちゃってるだけです」
えーと、えーと、そうだ!!
秀子は顔を輝かせて、言った。
「利吉さん言ってましたよね!お母上様が作ってくれたおしるこの事!」
とっても美味しかったんですよね?それって、楽しい思い出じゃないですか?
そう言う秀子に、利吉は頭の中で母を思い描く。
『あの時の母上の顔、嬉しそうだったな・・・』
あの時の母の顔が浮かんだ。
―――すると、真っ暗だった自分の心の中に、小さく光る点が浮かび上がった。
「他には・・・そうだ、お父上様との思い出はないんですか?」
「ちちうえ・・・?」
父の顔を思い浮かべる。
厳しい父。だが、厳しいだけではなく、愛情を感じた。
幼き日に、初めて手裏剣を的の中央に当てたときの事が、ふと蘇る。
『すごいぞ、利吉!さすが、私の子だ!』
当たった自分より、もっと嬉しそうな父の顔―――。
それを思い出した途端、また小さく光る点が一つ増えた。
それから、利吉は次々と、楽しかった思い出を思い出していく。
友達と遊んだ事。
仕事仲間と飲んで、ふざけあった事。
忍たま達のドジに、思わず笑った事。
―――そして、秀子に会えた事。
思い出す度に、光の点は増えて行って・・・利吉の顔に生気がもどる。
「秀子、光がみつか・・・」
歓喜と共に彼女へ報告しようとすると。
途端、体の中が大きく『どくり』と脈打つような感覚を感じて、利吉は言葉を切った。
息を飲んで固まると―――己の腹の底から、恐ろしい声が響いた。
『やはり、とことん邪魔よの―――この女』
その声が利吉の脳裏に響いた途端、己の腕が自分の意思とは反して動き出した。
一旦、自分の懐にその腕は入り込み・・・懐から何かを取り出す。
―――己の手に握られていたのは、愛用のクナイ。
『流暢な事はしておれん、さっさと息の根の止めるか』
鬼の声に、利吉は目を見開き、叫ぶ。
「やめろ!!!!!」
「え・・・?」
突然叫んだ利吉に、秀子は驚いて目を見張る。
「利吉さ・・・」
彼女が利吉の名を呼び終わる前に、その手は振り下ろされた―――