愕然と利吉が見つめる先で、もう一人の『利吉』もまた、こちらを見つめている。
―――こちらを見つめる『利吉』が、再び口を開いた。
「認めたらどうだ?」
「みと・・・める?」
「鬼は、お前だろう?」
「・・・何を言う!!」
お前こそが鬼だろう!
声を荒げて反論するが、もう一人の利吉は怯むでも無く、ずいっと顔を近づけてきた。
「何故、私が鬼だと?」
近くでこちらを見つめる眼光に、少し嗄れた声が出た。
「俺が・・・利吉だからだ」
だから、お前が鬼だ。
そう言うと、もう一人の利吉は可笑しそうに笑った。
「勝手な物言いだな?・・・ならば、私も言おう」
―――私こそが、利吉だ。
ニヤリと笑う男に、利吉は拳を握り締めた。
「戯言を・・・っ!もう俺は惑わされたりしない!!」
「戯言ではなく、事実なんだがな?」
「ふざけるな!!おまえは・・・お前は、秀子の光によって俺の中から押し出されて出てきた、鬼だ!」
そう突きつけるが・・・もう一人の利吉は動揺することもなく、笑った。
「確かに私はお前の中から出てきた・・・だが、もう私は鬼ではない」
笑って―――恐ろしい事を言った。
「お前の中で『鬼』と『利吉』は、一つに混じり合った」
「なっ!?」
「混じり合って・・・もう、どちらがどっちなどとは、言えんのだよ」
私は鬼だったかもしれないが、今では『利吉』と寸分違わぬ姿になっているし。
そして・・・『利吉』だと主張するお前には『鬼』の名残が残っている。
「なに・・・?」
「己の姿をよく確かめるがいい」
言われて、躊躇しながらも視線を己の体に落とす。
暗闇の中であるから、細部まで確認できる訳ではないが・・・それでも夜目の利く利吉には、自分の体が鬼に変化などしていないのが見てとれた。
次に、手を伸ばしておそるおそる自分顔を触る。
いくら夜目が利いても、鏡も無しに自分の顔など見えはしないが、触った限りでは自分が醜悪な鬼の顔になってしまったとは感じられなかった。
「・・・やはり、戯言か。もうその手には・・・つっ」
鬼がまた自分を惑わそうと画策しての言葉と確証して、その手には乗らぬと言い放とうとしたが。
頬にピリリとした痛みを感じて・・・言葉をいったん切り、頬を撫ぜていた己の手を見る。
―――己の手をみて、息が止まった。
「ようやく気がついたか?」
向かい側から、高笑いが聞こえる。
「その手は―――鬼の手だろう?」
「つっ・・・・・!」
一見、何の変哲もない、自分の手だと思った。
だが、よく見るとその爪は鋭くとがり長く伸びている。
撫でただけで頬の皮を破り血を流させるその鋭い爪は、どう見ても人外のものだった。
利吉は、よろりと体を揺らした。
「ば・・かな」
「だから、認めろと言っているのだ」
『利吉』と『鬼』はもう一つに混じりあってしまったのだ。
無理矢理分かれようとしてみても、こんな風に完全には分けられない。
―――もう元には、戻らない。
「だから、一つになろうぞ?」
もう一人の『利吉』は、腕を広げる。
・・・・・まるで、『善良な人間』のような邪気のない笑みを浮かべて。
「どうせ元通りにはならぬのだ。ならば、再び一つになろうぞ?」
今のまま中途半端に分かれても、『鬼』を宿したお前の心はすぐに闇に染まる。
もう、お前を『人』に戻してくれる女もいないし、お前が再び『鬼』に変わるのを誰も止められはしない。
「再び闇に取り込まれる恐怖を味わうのは、もう耐えられぬだろう?そんな苦しい想いなぞしないで、今すぐに一つになろう?さすれば、今までの憂いや恐怖は一切消えて、お前の心は歓喜に満ちる」
『利吉』は腕を伸ばし、利吉を抱き寄せる。
顔を寄せ、赤い舌を出して利吉の耳のあたりをベロリと舐めてから、その耳に吐息のような囁きを吹き込んだ。
だから―――落ちて来い。
そう言って微笑む『利吉』を、利吉は見つめる。
見つめて、大きく息を吸い込んで――――――叫んだ。
「ふざけるな!!」
自分に絡みつくように体を沿わせている『利吉』を突き飛ばし、睨みつけた。
「お前の甘言など、のるか!」
「苦しみを望むのか?」
「再び一つになれば、確かにこんな苦しみなど消えるだろう・・・だが、俺を信じてくれた秀子の想いが無駄になる!」
そんな事は、死んでもするものか!!
突き飛ばされて尻餅をついていた『利吉』は、そう言い放つ利吉を見つめ、ふう・・・と、溜息をついた。
「もう少し頭の良い男かと思ったが・・・やれやれ」
呆れたようにそう言いながら、のろのろと立ち上がった『利吉』だったが。
だが・・・言葉が終わらぬうちに、その姿が掻き消える。
「なっ!?」
利吉は目を見開いた。
掻き消えた筈の『利吉』の顔が、なんの気配もなく、一瞬のうちに前髪が触れ合うほど近くにあった。
「ならば、お前が消えろ」
ズブ・・・という、鈍い音を聞く。
そして、次に己のわき腹から、温かいものが滴り落ちるのを感じた―――