「しゅう・・・こ。ないて・・・いるのか?」 ひっくひっくとしゃくりをあげながら、返事もままならぬ様子の秀子を痛々しく思った。 「そんなに、ないて・・・・・」
利吉は、心配げに秀子へ視線を向ける。
「きずが、いたむ・・・のか?はやく、いしゃに・・・」
叫ぶように答えて―――覆いかぶさるようにして、秀子は利吉を抱きしめる。 だが―――秀子に抱きつかれても、己の体は消えてしまう事はなかった。
それにホッとしつつ、自分の胸に擦り寄って涙を流す彼女の髪を撫でてやろうとして・・・直前で手を止め、握りこぶしを作ってみる。 『もう、鬼の手ではなくなった・・・?』
利吉は小さく息をはいて、彼女の頭に手を伸ばす。
「そう・・・か・・・・・」
確かに彼女は刺されていたのだから、大丈夫だとの言葉に疑問が残るが・・・。 「しゅう、こ・・・」
「利吉さん?利吉さん!?」 秀子が己の名を呼ぶのを聞きながら、利吉はとうとう意識を失った―――
眩しさに目が眩み、一度閉じてから・・・またゆっくりと瞼を持ち上げる。
「ここ・・・は?」
声の方に視線を動かすと・・・視線の先に、心配げな父の顔が見えた。
「私が分かるか?」
そう答えると、心配げな父の顔が安堵の表情に変わる。 「父上・・・申し訳ありませんでした」 本当に申し訳なくて、素直に謝罪の言葉を言うと・・・父の顔が一瞬泣きそうに歪んだ後、一言だけ言葉を返して寄越した。 「馬鹿者」 短い叱咤の言葉に色々な意味合いが含まれているのを感じて、利吉は眉を下げながら、もう一度謝罪を繰り返す。
「すみません・・・」 父の表情がいつもの顔に戻ったのを見て、ホッとしつつ・・・他の二人にも声を掛けた。
「土井先生。新野先生。ご心配おかけしました」 二人の労わりに感謝の言葉を返して・・・明るい障子を見つめた。 『日の光か・・・久々な気がする』
こんなふうに日の光を暖かいと感じるのは、久しぶりな気がした。 『いや・・・?この身に鬼を宿していた時も、日の光を感じられる時があったな・・・』
「つっ・・・」
体に激痛を感じて、利吉は起こしたばかりの上半身の丸めて呻く。 「まだ怪我が治っておらぬのだ、起き上がってはならぬ!」 そう叱咤する父の腕を強く握って、利吉は叫ぶように言った。
「秀子!秀子はどこです!?無事なのですか?」 瞳を閉じて神に感謝の言葉を呟いてから・・・利吉は再び父を見上げた。 「彼女のお陰で鬼を振り払えた・・・彼女が、鬼を消してくれたんです」
彼女がいなかったら、自分はもう身も心も鬼へと変わってしまっていただろう。 「彼女はどこです?会わせてください!」 秀子が無事な事に喜び、再び会える事に嬉しさを溢れさせる息子に―――父は、酷く複雑な顔をした。 「あー・・・利吉。小・・・いや、その・・・『秀子』は無事だし、事情も聞いて知っておるが・・・・・・・会うのは、お前の傷がもう少し癒えてからにしてはどうだ?」 口ごもりながらそんな事を言う父に、利吉は顔色を変えた。
「何故です?・・・もしや、本当は大怪我を!?」
鬼に取りつかれた私を怖がって、会いたくないと・・・?
「あ、いや・・・全くそんなことはない。向こうもお前に会いたがってはおるんだが・・・」
秀子も会いたがっている。 「では・・・なぜ、後にしろなどとおっしゃるのですか?」 戸惑ったようにそう問うと・・・父は渋い顔をしてから、呟くように言った。
「その・・・な。ちとショックを受けるかもしれんからな・・・・・」
父の言葉の意味が分からず、助けを求めるように半助に視線を向ける。 「利吉君・・・まずは体を治して、充分回復するのが先決だと私も思うよ?」
後でちゃんと会えるから、心配しないで。
「・・・・・お二人の仰る意味が分かりません。私がこうしてここに戻ってこられたのは、秀子が助けてくれたからです!彼女に会って礼をいうのが、何故いけないのですか!?」 声を荒げる利吉に、とりなすように新野が声を掛けた時、障子の向こうに人影が現れた。
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