・ 鬼と花 ・ ――二十六 ――

 



体の痛みも忘れ・・・足を引きずるようにではあるが・・・彼女に駆け寄る。

「利吉さ・・・」

彼女が自分の名前を呼び終える前に、抱きしめた。


「無事で良かった・・・」


すがるように抱きしめ、彼女の肩に頭を預けて、そう呟いた。
腕から、額から、彼女のぬくもりが伝わってくる。
彼女が幻などではなく、自分の腕の中にいるのに、心底ホッとした。
そのまま余韻に浸っていると、秀子がおずおずと話しかけてきた。

「あの・・・もう動いて大丈夫なんですか?」

利吉さんの体に障るからと言われて・・・私、会いに行くの我慢していたんですけど、もう大丈夫なんですか?
心配げに聞く彼女の肩から頭を上げ、彼女を抱く腕を緩める。
抱きしめる腕は緩めたが、離すのは名残惜しくて・・・彼女の両腕に手を添えたまま微笑んだ。

「まだ少し安静にしなくてはならないが・・・大丈夫だよ。なにより、君の無事を確認したかった」

君の安否をこの目で確認しなくては、体を休めても、心が休まらないよ。
そう言うと、秀子は「私は大丈夫です!」と元気に答えて、微笑んだ。
彼女が本当に無事で、元気に過ごしているのにホッとしつつ―――やはり、彼女が私に近づくのを止められていたんだと知り、内心で腹が立った。

『父上は、何故私が彼女に近づくのを嫌がるのだ』

まだ私の中に鬼が残っていて、彼女に害を与えるとでも思っているのだろうか?
いや・・・父は彼女が近づくことで『私の怪我に障る』と思っているようだった。

『もしや、やはり私の中に鬼気が残っていて、秀子の清い気に触れたら障りがあるとでも・・・?』

そんな心配は、無用だ。
鬼を追い出してすぐに彼女を抱きしめたが、私は鬼のように消える事はなかった。
現に、こうして彼女に触れていても、なんとも・・・。
そう思いつつ、改めて彼女を見つめて・・・利吉は顔を顰めた。

―――今までと、印象が違う。

大きな瞳と、白い肌と、柔らかそうな唇の甘やかさは変わっていないが・・・以前と若干唇の色が違う。
そこで、彼女が化粧をしていないのに気がついた。

『今日は化粧をしていないのか・・・?』

彼女は今、忍服を着ている。
それが、違う印象を感じさせるのか・・・?

「その格好・・・」
「ああ!利吉さんには言ってなかったですね。私、忍術学園で事務員をやってるんです」

採用になったばかりなので、まだ利吉さんとはお会いしてなかったですよね!
利吉さんが山田先生の息子さんだったなんて、知りませんでしたぁ。
―――そう言って彼女は笑った。

「何で団子屋に・・・?」
「実は、忍術学園に採用になって少しして、偶然会ったもさ助さんに迷惑掛けちゃって・・・。新しいお店の開店資金を、私のせいで谷底に落としちゃったんです。そこで、学園長先生に相談して、しばらくお店を手伝うことになって・・・」

彼女が自分の素性を明かし、どうして団子屋で働いていたかを説明するのを聞きながらも・・・利吉は、先ほどからぬぐえない違和感が何かを、考えていた。
じっと見つめていると―――秀子が首を傾げるのが見えた。

「利吉さん?」
「あ・・・いや」
「もしかして・・・まだ、私が怪我をしているんじゃないかと心配してるんですか?」
「あ、ああ・・・・・・だって君、私の目の前で胸を刺されて・・・」

その事を気にして見つめていたわけではないが、刺された筈の彼女が元気なのも不思議なのは確かなので、頷く。

「確かに刺されましたけど・・・胸の詰め物のせいで、助かったんです!」
「つめ・・・もの?」
「例の『サービス』を考えてくれたの、キリ丸君なんですけど・・・『どうせなら、胸は大きいほうが男性客にウケる』っていうから、忍たま達が『やきゅう』に使ってる、端切れ布を何重にも巻いて作った玉を芯に、そのまわりを綿でくるんで胸に入れてたんです。刺されたのがそこだったんで、助かったんですよ」
「布の・・・玉」
「ええ!何重にも硬く巻いてあるんで、かなり丈夫で・・・それでも、それを通り過ぎて切っ先が肌まで達したんですけど、ちょっと切れて肌が傷ついたくらいで済んだんです。気を失っちゃったのは、切れはしなかったですけど、かなりの力で心臓に衝撃を与えられたからだって、新野先生がおっしゃってました」
「・・・・・・」

嫌な予感がする。
いや、予感というより確信に近いが・・・認められずに利吉は黙り込む。
そんな彼の気持ちも知らず、秀子は止めを刺すかのように、言った。

「利吉さん?・・・本当に大丈夫なんですから、そんな顔しないでください。なんなら、傷口見ますか?」

そう言うなり秀子はバインダーを床に置くと、上着をはだけて中に着ていた網シャツを胸の上までたくし上げた。
白く華奢ではあるが・・・真っ平らな胸と、心臓の上辺りある小さな切り傷の痕が眼前に晒されて、利吉は目を見開く。


「ね、たいしたことないでしょう?」


そう言って微笑む彼女の顔を見ながら、気が遠くなった―――




薄れゆく意識の中で、

『利吉さん!?』
―――秀子が叫ぶ声と。

『利吉さん、また倒れたちゃった!?』
―――乱太郎たちが驚く声と。

『大変だ、早く彼を布団へ!』
『はい!』
―――慌てる新野先生と土井先生の声と。




『だから後にしろと言ったのに・・・』

最後に、父の溜息が聞こえた後・・・とうとう意識を失った―――




とうとう秀ちゃんの正体を気づいてしまった利吉の明日はどっちだ!?(笑)


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