寝そべっていた体を起こして、こちらに駆けてくる秀作を見つめる。
・・・危なっかしく駆け寄ってくる彼が転んだ時、すぐに助けに行けるように。
そんな利吉の心も知らず、彼はニコニコと笑顔を浮かべて走ってきて。
―――そして、やっぱり。
「わあっ!?」
つまずいてよろける彼を受け止めるべく、利吉は地を蹴った―――
・ 鬼と花 ・ ――二十九 ――
彼の元に走り、腕を広げる。
よろよろとよろけた秀作だったが、なんとか地面に転がることなく、無事に利吉の腕の中に収まった。
「す、すみません、利吉さん・・・」
腕の中ですまなそうに身を竦める彼に、笑ってみせた。
「もう慣れたよ。ところで、よく私がここにいると分かったね?」
「ここに向かう利吉さんの後ろ姿を見かけたんです。仕事中だったから見送っちゃいましたけど、さっき休憩に入ったんで走ってきました」
「そう・・・でも、君は歩いて来た方がいいよ。転ぶから」
「でも、それじゃあ利吉さんとお話する時間が少なくなっちゃいますよぉ」
少しでも長くお話したいのに。
―――頬を膨らませて拗ねる秀作に、利吉の頬が緩む。
『締まらない顔をしているだろうなぁ』と自分で思いつつ、彼を見つめて言った。
「・・・君、言ってる意味、分かってる?」
「え?」
きょとんと瞬きをする彼に苦笑する。
どうやら、彼はやはりまだ分かっていないようだ。
「・・・とりあえず、あそこに座ろうか?」
そう言って笑うと、利吉は首を捻る彼の手を引いて、彼が転がらなくても済むなだらかな場所へと移動した。
近くに木もあり、木陰が良い感じのそこへ二人並んで腰を下ろす。
「・・・ところで和尚様のお話、どうでした?」
「うん・・・おかげで憂いが消えたよ。聞いていただいて良かった」
「それは良かったですね!」
ホッとしたように笑う秀作の顔を眺めつつ、ここ数日考えていたことを告白する。
「ああ。それで・・・憂いが消えたから、そろそろ学園を出ようと思う」
「えっ・・・」
「私は学園の人間じゃない。ご厚意で置いていただいていたが、体の傷もほぼ癒えたしそろそろ以前の生活に戻ろうと思う」
それを聞いて、秀作は焦ったように利吉に向き直った。
「でっ、でもっ!まだ完全に治ってないじゃないですか!?刀傷だって塞がってないし!」
「完全ではないけれど、塞がっているよ?後の治療は塗り薬を定期的に塗るだけだし、学園に留まらなくても自分でできる」
「そ、そうかもしれないですけど・・・・・・学園を出て、仕事に戻られるんですか?」
心配げに顔を曇らせる秀作に、首を横に振って見せた。
「仕事の事は・・・迷ってる」
「え?」
「いや・・・・・・傷の事は大丈夫だよ。しばらく実家で療養するつもりだから」
忍でいるべきか迷っている。
でも、それについては多くは語らないで、彼を安心させるように傷は大丈夫だと笑ってみせた。
―――だが、それでも秀作は表情を曇らせたままだ。
「無理せずちゃんと傷を治すと約束するから・・・信用してくれないか?」
重ねてそう言うと、秀作はハッとしたように利吉を見上げた。
「し、信用ならしてます!そ、そうしゃなくて・・・利吉さんが学園を出ていかれるのが、寂しくて」
そう言ってしゅんと俯いてしまった秀作だったが―――急に何か思いついたように顔を上げた。
「あ、そうだ!だったら、一緒に暮らしませんか?」
「え?」
「だって、そういう約束だったじゃないですか!」
前に利吉さん、私に一緒にいてくれって言ったじゃないですか?あれ、一緒に暮らそうって意味だったんですよね?
―――思い出した約束に顔を綻ばせる秀作を見て、苦笑する。
「・・・いや、それはやめよう」
そう言うと、彼の表情が途端に曇る。
「・・・そう、ですか。ですよね・・・あの時は鬼がいたからでしたよね・・・」
再び、彼はしゅんと俯く。
一緒にいてくれと懇願したとき、彼は理由もわからずにいたようだったが・・・。
自分が臥せっている間に父や新野先生に色々と説明を受けたようで、彼は自身が鬼を祓うことができると知っている。
それゆえ、今の利吉の言葉を『鬼が消えた今は、自分と一緒にいる意味がないのだ』と解釈したようだ。
―――俯く彼に、誤解がとけるよう、ゆっくりとした口調で釈明をする。
「確かにあの時、君に『一緒にいてくれ』と懇願したのは、鬼から逃れたいというのが大きな理由だったけど・・・それだけじゃないよ」
「え・・?」
「鬼を滅してもらうという理由がなくても、私は君と一緒にいたいと思うよ?・・・今でも」
「じゃ、じゃあ・・・何でダメなんです?」
私も利吉さんと一緒にいたいのに。
泣きそうな顔で言い募る秀作に、ちょっとだけ溜息がもれる。
―――無自覚も、ここまでくるとタチが悪い。
「なんで、ね。・・・君が分かってないからだよ」
「分かってない・・・?」
「私も出来るなら君と一緒にいたい。けど、君は自覚がないからね・・・」
「自覚??・・・利吉さぁん、私、なにがなんだか・・・」
少々意地悪にチロリと睨むと、彼は困ったような顔をしながら一生懸命考えて。
それでもやはり何のことか分からないらしく、とうとう少し瞳を潤ませながら頼りなげにこちらを見上げてきた。
―――その表情を眺めつつ、思う。
『笑顔が一番好きなんだけど・・・こんな表情も可愛いな』
思わずそんなことを考えている自分に気がついて、苦笑した。
『やっぱり・・・私の性根は悪なのか?』
なんてったって、鬼にとりつかれるくらいだからなぁ。
・・・いや、つい苛めたくなるのは彼にも責任があると思う。
だって、私の気持ちに全く気づいてくれないし・・・おまけに、自分の気持ちも気づかない。
それに・・・そんな可愛い顔をするのが、悪い。だから、つい・・・。
―――心の中でそう言い訳をしつつ、頼りなげに見つめてくる彼の肩に腕を回した。
******
あの日・・・
彼に自分のことをどう思うか尋ね、『友達』ときっぱり言われてしまい。
この想いが実ることはないのだと目を閉じたとき・・・秀作が付け足した言葉に、思わず目を開けた。
「私、利吉さんみたいな友達って初めてです」
そう言われて視線を動かすと、はにかんだように僅かに頬を染めて微笑む秀作が見えた。
「・・・初めて?今まで友人がいなかったのか?」
「あ、いえ!学園には来たばかりだし、ちゃんと友人と呼べるような人はまだ居ないんですけど、故郷にはいっぱいいますよ?幼なじみの子とか、忍術教室で一緒だった子とか・・・でも、利吉さんは今までの友達とはなんか違うっていうか」
「どう違うんだ?」
「う〜ん、うまく言えないけど・・・こうしてお話していると、ドキドキします」
「・・・・・・ドキドキ?」
「はい!何でか、胸がドキドキします。あっ、でも怖いとかじゃありませんからね!?」
怖くなんてないし、大好きだし、一緒に居られるとすごく嬉しいんですけど・・・何故かドキドキして。
でも、ドキドキだけじゃなくて―――。
「なんだか・・・ここが、じりっとします」
胸の辺りを押さえつつ、小首を傾げてそんなことを言う秀作を、利吉は呆然とみつめた。
・・・なんだか、すごいことを言われたような気がする。
「秀子・・・!いや、秀作だっけ・・・?ああ、ややこしいっ!『秀』でいいか!?」
「はい、いいですよー。お好きに呼んでください!」
にこにこと頷く彼に、問いかけた。
「秀、君・・・私の事が好きなのか?」
「はい?さっきも言いましたけど、好きですよ?」
「いや、そうじゃなくて・・・!」
「え??」
今の彼の発言は、『只の友人』への言葉とは思えない。
もしや、彼も自分に恋愛感情を持ってくれているのかと思い、問いただしてみるが・・・彼には違いが分からないらしく、首を傾げている。
『都合の良いように私が取ってしまっているだけか・・・?』
悩む利吉に、秀作は―――
「仰りたい事がよくわかんないですけど・・・とにかく私、利吉さんが大好きです!傷が治ったら、利吉さんと一緒にどこかに出かけたいな・・・うどん屋さんとか、どうですか?」
そう言って、微笑んだ―――
******
その後―――
療養しながら秀作と接していて、利吉は確信する。
『彼は私に恋愛感情を持っている』
だが、年のわりにおぼこい彼は、『友人に向ける好き』と『私に向ける好き』の違いを理解できずにいる。
確かに違うとは気がついているのに、どう違うのかわからないのだ。
・・・たぶん、これが女の子相手ならニブイ彼も流石にそのうち気づくだろうが。
『好きな同性』=『友達』との固定概念があり、それ以外の感情があるなど思いもしない彼がその事に気がつくには、かなり時間がかかりそうだった。
『一緒に暮らして自覚を促したほうが手っ取り早いかもしれないけれど・・・』
彼も一緒に暮らしたがっているし、そうした方が早く彼を手に入れられそうだけれど。
・・・いろいろと、不都合もある。
『一つ屋根の下、二人きりなんてことになれば・・・私が我慢できそうもない』
彼が自分の気持ちに気づく前に手を出しそうな自分に、苦笑。
自分にとって彼は恩人であり、初めて本気で愛した人―――可愛さ余ってちょこっと意地悪することはあっても、本気で泣かせるようなことはしたくない。
できれば、彼にちゃんと自分の気持ちを自覚してもらってから、次に進みたいと思っている。
『とはいえ・・・このままじゃ彼、一生気がつかないかもしれないから』
そう心の中で呟くと、肩にまわしていた腕を動かして、彼の体を引き寄せる。
自分の腕の中できょとんとこちらを見上げる彼を、覗き込むように顔を近づけて。
そして―――彼の唇に、そっと触れるだけの口付けを落とした。
「り・・・利吉さん?」
唇を離すと、ぽかんとした顔。
惚けたように名を呼ぶ彼に、利吉は少し意地悪に笑った。
「今のようなこと、されてもいいと覚悟があるなら・・・一緒に暮らしてもいいよ?」
「ふえっ!?」
頬を上気させて、うろたえたように瞳をうろうろと彷徨わせる彼。
一生懸命考えを巡らせているようだが、やっぱりよく分からないらしく、秀作は途方にくれたようなような顔でこちらを見上げた。
―――それでも、彼に嫌悪の色は全く見えない。やはり、自分の推測は間違っていない。
『少しづつ免疫をつけていくか・・・』
彼が早く自覚してくれることを祈りつつ、彼の手を引いて一緒に草の上に横になる。
抱き込まれるようにして草の上に転がった秀作は、また途方に暮れた顔をする。
「り、利吉さん??」
「眠い・・・少し寝よう」
「えっ、で、でも私、もう少ししたら仕事に戻らないと・・・」
「そうだったな・・・それじゃあ、時間になったら君は戻っていいから、それまで一緒にいてくれないか?」
そう言って、利吉は目を閉じた。
秀作はパチパチと瞬きをしながらそんな利吉をしばし見つめて。
そして・・・笑った。
「・・・はい」
こくんと頷いて、利吉の腕に頭を預けたまま、秀作は空を見上げた。
空が青い、風が優しい、隣にあるザクロの葉が揺れる音が心地良い。
そして、隣に利吉がいることが嬉しかった。
微笑む秀作を腕に、利吉はうつらうつらと夢の中に落ちていった―――。