好機は突然に訪れた。
待ち望んでいた男は、もちろんそれを見逃さない。

そして、一気に歯車が回り始めた――――――



「・・・・・・お前は、いったい誰だ・・・?」

床にへたり込んだ男は、自分を見下ろす男を信じられないような目で見上げた。
見知らぬ男ではない。
誰か、など。・・・そんな事は分かっている。
ついこの前、中将に昇進したばかりの男だ。
だが、どうしてこんな風にこの男に見下ろされているかが理解できなかったのだ。

「おや、お忘れか?確か、ついこの前まであなたは私の上官だったと思うが?」

皮肉めいた口調で、男は答えを返す。
それを、口惜しそうに聞きながら、震える手で額を抑えた。

「な・・・ぜだ?もう少しで・・・・・手が届くはずだったのにっ!!なぜ・・・・っ」
「簡単ですよ、レクター大将・・・・・いや、『元』とつけるべきだな」

そう言うと、見下ろす男 ロイ・マスタング中将は、
床にへたり込んだ男 ロイド・レクター大将に冷ややかな笑みを向けた。


「神が私に味方した――――それだけのこと」




・  路の果て  ・ <5>




「神・・・・・・・だと?」
「そう。それとも・・・貴様が魂を捧げていた悪魔に見捨てられたのかもな」
「神・・?悪魔・・・・?馬鹿な事を・・・・・・・そんな事がありえるわけがない!!!」

だが、こんな事は人外の者の仕業としか思えない・・・・・・
なぜなら、自分はもう少しでこの国の最高地位を手に入れるところだったのだ。
いや、数日だったが、もう手に入れていたのだ!!
混乱を収拾し終えたら、私は『大総統』と呼ばれるはずだったのに!?
それが・・・それがこんなに急に、掻き消えてしまうなど!!!
レクターは、皺の入った己の掌をみつめながら、戦慄いた。

大総統に従順な振りをして、虎視眈々とその地位を狙っていたレクターは、ついにそのキバを剥いた。
突然のクーデター。
現大総統=キング・ブラットレイは、レクターの裏切りにより、命を落とした。

レクターは高らかに笑った。
やっと登りつめたのだと。
この日の為に、従順な振りをしていたのだと。

だが、その喜びは数日で消え去った。
自分が勝ち取ったと思ったその席を、あっという間に取り返された。
自分の半分ほどの年齢の、若造に――――

少しづつ人々の信頼を勝ち取って、腹心の部下を増やしていたロイは、
レクターが仕掛けるのをいち早く察知しており、それをチャンスとして逆転の罠を張り巡らせていた。
事態が動いたとき、自分に心酔している部下達を引き連れて、
そして、キング・ブラットレイについていた者達をも自分側に引き込んで・・・・・
あっという間といえるほど、鮮やかに・・・・・・・レクターからその座を奪い取ってみせた。
それこそ、彼がその地位を実感する間もない、早業で。

「・・・神など・・・・・いるわけがない」

搾り出すようなレクターの声をあざ笑うかのような口調で、ロイは言い放った。

「もちろん、貴様に神など見えるわけがない」
「・・・お前には・・・・・見えると・・・・?」
「私にも、そんなものはみえんよ」

だが・・・・・いる。
そして、私に味方する。

ロイは、そう言いきった。

「何故なら、私は天使に愛されたからな」

金の天使が私を愛してくれた。
だから、神は私に味方してくれる。


―――――天使を、この腕に取り戻させる為に――――――


だが、その言葉は
ただひたすら 『そんな馬鹿な・・・こんなことが・・・・』そう繰り返す男の耳には、もう届かなかった。
一気に年を取ってしまったかのようなその男を、連れて行かせる。
そして、大総統執務室の大きな窓から、空を見上げた。

『やっと・・・・約束が果たせるよ――――――――――――――――エドワード』

ロイは、そう胸の中で呟いて、瞳を閉じた。



******



カシャン

音をたてて、手枷は床に落ちた。
枷を外された両手を、エドは信じられないようにまじまじと見つめた。
そして、それを外してくれた男を、呆然と見上げる。

「さぁ、これに着替えろ」
「着替え・・・・・・?」
「なんだ?まさか、その囚人服で外に出る気か?」

からかうような口調で言われても、鸚鵡返しのように言われた言葉を繰り返す。

「外・・・・・・・?」

未だ呆然としているエドに、着替えを渡した赤毛の男・ハワードは苦笑し、
わざと大きな声で激を飛ばす。

「しっかりせんか、鋼の錬金術師ともあろう者が!」
「ホント・・の・・・こと・・・・・・なのか?」

つかえつかえ、声を絞り出しながらハワードを見上げたエドは、
彼の表情を見て、息を呑んだ。

「ああ、本当だ。無実が証明された。・・・・・エドワード・エルリック、お前を釈放する」

さあ、さっさとここを出るぞ?
早く着替えろ。
ああ・・・そんな、くしゃくしゃな頭ではいかんな・・・・・髪もちゃんと結え。

―――これから、会いに行くぞ?・・・・・・お前をここから出してくれた人の所へ。

そう言ったハワードは・・・ここに来てから3年半、エドが一度も見たことの無い表情をしていた。
・・・・・・それは、優しさがあふれるような 『笑顔』 だった――――



******



「さぁ、着いたぞ」
「ここって・・・・・・大総統府?」
「ああ、そうだ」

その建物は、自分が3年前連れてこられた来られた所。
ここが悪夢への出発地点だった。
『まるで、3年前と変わらない』
建物だけを見ると、あれから時間など経っていないような錯覚に陥る。

だが・・・・・確かに時間は流れたのだ。
自分の面変わりした姿を見れば、その時間の長さが分かる。
風邪に流れて靡く、自分の長い髪の先を見ながら、そう思った。


ここに来る前にハワードから手渡された服は、昔自分よく身につけていたような、黒の上下だった。
新品の服なのに、何か懐かしいような気分でそれを着た。
そして、髪に櫛を通す。
どう結おうか迷ったが・・・・・久しぶりに、みつあみにした。
自分はもう18なのだから、みつあみなんて可笑しいかもしれなかったが・・・・・
変わった姿を見て、自分だと気づいてくれなかったら・・・・などと、馬鹿な不安が頭を過ぎったからだ。

顔かたちが大きく変わったわけではない。
ちゃんと見れば、分からないなんてことがあるわけがないが・・・
でも、不安がぬぐえなくて。
結局、自分のトレードマークだったみつあみにして、少し気持ちが落ち着いたのだった。


ハワードの後ろをついて、建物内を進む。
見慣れた広い背中を見ながら、車中でずっとくすぶっていた疑問をぶつけた。

「なぁ・・・・・アンタ、何者?」
「何って・・・ハワード・リーブだよ」

3年以上も一緒にいて、名前もおぼえてないのか?薄情だな。
そう言って笑う。

「そうじゃなくて・・・・・・・つーか、アンタ笑えたんだな?」
「オレはもともと朗らかな男なんだが?・・・だから、この3年半・・・結構苦労したぞ」
「演技・・・・・してたってこと?」
「まぁ、そんなものかな?・・・・・っと、ついた」
「えっ?!・・・ちょ、待てよ!!まだ話が・・・・・・」
「俺の事は後でいいだろう?まずは、恩人に挨拶してこいよ?」

ニヤリとそう笑い、ハワードはノックをする。

「入れ」

聞こえてきた声に、エドはビクリと体を振るわせた。
3年前と寸分変わらない・・・・・・・声。
この扉の向こうに、彼がいる。
そう思っただけで、泣きそうだった。

唇を噛んで俯くエドの背をハワードが軽く押した。
それに慌てて、エドは体を突っ張らせる。

「ちょっと・・・まって・・・・その・・・心の準備が・・・・・」

急に釈放されて、直行でここに連れてこられたため、心の準備が出来ていない。
まだ、本当に釈放されたという、実感さえないのだ。
エドは戸惑ったように、足を踏み出せずに立ちつくした。

扉の向こうには、ずっと思いつづけた人居るはずだ。
しかし・・・離れ離れになる前と違っている事が一つ。
それは・・・・・彼が、もう自分の彼への思いを知っていると言う事。
早く会いたいのに、どんな風に彼の前に立てばいいのかも分からなかった―――

どんな顔すればいい?
なんて言えばいい?
大体、この扉の向こうに居るのは、本当にあの男なのだろうか?

大総統執務室と書かれた、金のプレートを改めて見上げる。
先ほど聞こえてきた声は、確かに覚えのある声。
ずっと焦がれていた声だ、忘れるわけがない。
だが、あれから3年半しかたっていないのに、何故彼がこの扉の向こうにいるのか?と疑問が湧く。

自分はこうして自由になった。
そして、この自由を与えてくれたのは、あの男の他に居るわけが無いのに。
でも、こんなに早くこの地位に居るというのが、信じられない。
それとも、キング・ブラットレイの副官か何かの地位を得て・・・彼に頼んでオレを出してくれたのか?

エドは思考をぐるぐると回転させ・・・・・だが、そんな事は意味がないと気付く。
全てを知りたければ、この扉を開ければいいのだ。
この扉の向こうには、全ての答えと・・・そして、アイツがいる。
だが、エドはそのたった一枚の扉を開けることが出来ずにいた。

それでも、このままこうしているわけには行かないと思い直し、
やっとその金のノブに手をかけようとした時――――



焦れたように、突然、内側からドアが開いた。

そして、中から出てくる人影。



その光景が、エドの瞳にゆっくりと入っていく。
まるで、スクリーン上にスローモーションで映し出されたみたいに。
たった一瞬が、酷く長く感じた。

そして・・・・・・

「鋼の!」


―――ドアから出てきたのは、間違いなく、自分の愛しい人。
             この3年半、一日も忘れることなく思いつづけた人だった――――


懐かしい呼び名に、その男の顔を見つめるが、声は出せず・・・
ただあふれる思いが、胸を詰まらせる。

『よお、久しぶり』

そう、以前のように言いたいのに
何か、言わなきゃいけないのに
とても、言葉に出来ない

真っ白になっていく脳内と、何か言葉を紡がなければと焦る心。
だが・・・・・


―――そんな焦りも、言葉も・・・・・必要のないものだったと、次の瞬間知った――――


言葉を搾り出す暇も無く、エドの眼前は真っ青に染まる。

目の前に広がる、青。
自分を包む、暖かいもの。

その暖かいものが彼の体温で
彼に抱きしめられていると分かって。


3年前は流れる事の無かった涙が、自分の頬を伝っていくのを感じた。


たまらず、自分も彼にしがみ付くと、
ますます強く抱きしめられた。

そして、大好きな声が耳に届く。


「おかえり・・・・・・・エドワード」


あんなに出なかった筈の涙が・・・・・・止まらなかった。


無理は承知の上です。(←開き直り・笑)
三年半で大総統なんかなれるわきゃないと思いつつも、エドが18歳のうちに出してあげたいなぁと。
まともじゃ無理なので、『本能寺の変作戦』(笑)で、ジャンプアップ。(いや、それでも無理が・・・汗)
キング・ブラットレイはホムンクルスとかではないってことで・・・・ってか、私の小説にホムンクルスいたことないけど(笑)
とにかくやっと会わせてあげられて、ホッ。


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