『今日は思いもよらなかったものをたくさん見る日だ・・・・・・・』

そう、エドは思った――――――


職務に忠実な笑わない男。
そう思っていた看守が、実はちゃんと笑える上に、自分の味方だった。

三年半前までは大佐だった男。
それが、大総統執務室の主として、ゆったりとソファーに腰を降ろしている。

そしてもう一人、思いも寄らなかった男がまた目の前に現われた。


確かにあの男だ。
数度しか会ったことは無いが、忘れるわけもない。
地獄行きの切符を突きつけたのは、レクターだったが
命令を受け、それを直接オレの手に手渡したのは、確かに彼だった。

なぜ、この男がここに居るんだ?
そして、どうして大佐・・・・いや、新大総統に敬礼などしている?
しかも彼もこの男の事を『功労者』とか呼んでいなかったろうか?
――――――――――――何故?

だって―――――――――あんたは敵、だろう?

混乱しながらも、その男顔をまじまじと見つめると、彼もこちらに視線を寄越した。
男の瞳がエドを捕える。

――――――――――冷たいアイスブルーの瞳。




・  路の果て  ・ <7>




「あ、あんた・・・・・なんで・・・・・・?」
「久しぶりですな。鋼の錬金術師殿」

薄く笑った後、彼はそう言った。
エドはその顔を呆然と見つめている。
そんなエドを見て、ロイは苦笑しつつ声をかけた。

「鋼の。驚いたかい?」
「だ、だって・・・・・・・・」
「まぁ、一つづつ説明しよう。ともかく座ってくれ、ギャレー」
「は」

ロイに促され、ギャレーもソファーに腰を降ろす。
そしてロイは話し始めた。

「君が驚くのも無理がない。
確かに君が投獄されるまでの彼は、レクターの忠実なる副官だったからな。
だが、あの後間もなく彼はこちら側についてくれたんだよ。
・・・・・もちろん、表向きは『忠実なるレクターの部下』のままでね」
「寝返った・・・・・・の?」

エドの問いに、ギャレーは相変わらずあまり抑揚のない声で返す。

「まぁ、そういうことです」
「どうして・・・・・?」
「マスタング大佐に頼まれましてね」
「大佐?!」

エドは驚いてロイの方を振り向く。
ロイはエドに見つめられ、悪戯を告白するような口調で言った。

「君が連れて行かれた数日後、内密に彼を呼び出して――――」
「呼び出して?」
「口説いた」

・・・・・・・呆れて、物が言えない。

相手は敵の腹心の部下。
もちろん味方についてくれればこれ以上の事はないだろうが、成功の確率はかなり低かったはずだ。
失敗すれば、部下を引き入れようとしたのをレクターに知られ・・・・・
降格・・・・ならまだしも、軍から排除されてもおかしくない。
そんな危ない橋を、よくもまぁ・・・・・・・・・!

エドの表情から考えてる事が分かったらしく、ロイは肩を竦めて見せた。

「そんな顔しないでくれ―――――口説くのは得意なんだよ?」
「それは女相手の時だろうがっ!!!」
「ははは、そう怒らないでくれたまえ。そのおかげでここまで来れたのだから」

ギャレーが味方についた事で、レクターの動向が手に取るように分かるようになった。
あれから着実に上に昇っていったが、それがレクタ―には目障りだったろう。
何度も追い落とされる罠が仕掛けられたのだが、ギャレーのお陰で全て回避できた。
彼がいなかったら、順調に昇る事など不可能だったろう。

「それに・・・・・君に関しても、彼の助けが是非必要だったんだよ」
「オレ?」
「君をあそこに一人で置くのは不安があった。・・・・・誰か、側で君を守る者が欲しかった」

そこで、ハワードに行ってもらう事にしたのだが・・・・。
しかし、自分の腹心の者をレクタ―が受け入れるはずもない。
だから、ギャレーの知り合いということにしてハワードを君の側に送った。―――看守として。
そうロイは言って、ハワードを見た。

「そうだったんだ・・・・」
「ハワードは元軍人でね、イシュバールでの戦友なんだ」

ただし同じ部隊というわけではなかったから、私との接点を悟られにくい。
元軍人で、しかも錬金術が使えるから入り込みやすいと思い、彼に頼んだ。
ハワードは私の願いを聞き入れてくれ、そしてギャレーがレクタ―に進言する。

「案の定、『研究の監視をさせるために、専属の看守を』との推薦があっさりと通ってね。
投獄されて間もなく、彼は専属の看守として君の側につくことになったんだよ」

その言葉に、エドは改めてハワードの顔を見上げた。
金色の目で凝視され、ハワードはどこかくすぐったそうに肩を竦めた。

「・・・・・・・まぁ、そういう事だ」
「あんた・・・最初から味方だったんだな。・・・その割には随分愛想がなかったじゃん?」
「そう言うな。
―――確かに専属の看守にはなれたが・・・レクターの息のかかった者が、あそこには沢山いる。
そいつらの目を欺かなくてはならないし、レクターの機嫌を損ねれば折角入り込んだのに追い出されかねない」

だから、とにかくあの男に気に入られるようにしたのだと、ハワードは言った。

「レクタ―が、そっちの元・副官さんのような無口で仕事が出来る男が好みだって聞いてたからな。
とにかく笑わず・無駄口をたたかず・・・そしてあの男が所望の研究成果を出せるようにしてたんだ」
「だから、あんなにオレをせっついて研究させてたんだな?」
「優しくしてやる事は簡単だったが・・・・・・・それで追い出されたんじゃ本末転倒だ。
とにかくお前さんの側にいなければ、いざという時守ってやることも、雇い主に報告することもできないだろう?」

お陰で随分と気に入られてなー。
しばらくすると、お前さんに関しては所長より上の権限をもたされるまでになったんだ。
それからは、大分動きやすくなった。
そう言って笑った後、すぐに笑顔を引っ込めて・・・・・・・ハワードは真剣な表情でエドを見つめた。

「仕方なかったとはいえ・・・・・・すまなかったな」

辛かったろう?
そう言って、ハワードはエドの頭を撫でた。

その柔らかい感触に、またエドは自分の涙腺が緩むのを感じた。
ぽろり、とこぼれそうになった涙を腕で強引にぬぐって・・・・・・
そして、『にっ』と笑って見せた。

「たいしたことねーよ!」

その台詞に、ハワードは目を丸くして―――
そして、エドの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。

「さすがだな、鋼の錬金術師!」
「わー、やめろよ!ぐちゃぐちゃじゃねーか!!」
「わりぃわりぃ」
「ったく・・・・・」

しかし、あの無口な笑わない男の本質がこれとは・・・・・・。
エドは改めて驚きと共にハワードを見上げた。

「あんたこそ・・・・・大変だったろう?俺と一緒にあそこに閉じ込められたと同じじゃん。
よく引き受けたな――――」
「恩があったからな」
「恩?」
「俺は、イシュバールでこの人に恋人の命を救ってもらった」

ハワードは昔を思い出すように目を細めた――――

同じ軍人だった恋人。
プロポーズしようとしていた矢先―――――2人ともイシュバールに出兵する事になってしまった。
激しい抵抗。拡大する戦火。
たちこめる血の匂いに、彼女は心身とも疲れて―――――戦う気力をなくしてしまった。
力なく前線に倒れこんだ彼女は・・・・一時退却の合図も知らず取り残されて、そのまま見捨てられ。
命を落とす・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・筈だった。

「それをこの人が救ってくれた」
「大佐が?」
「――――――彼女は、私の部下だったからな」
「例え直属の部下でも、ですよ。
逃げ遅れた者を救うため、味方の遠距離集中砲火の真っ只中入ってく佐官なんて・・・・・・
見たことありませんよ?」

しかも、長年の部下という訳では無い。
イシュバールのために組まれた部隊編成で出会った上司と部下。
あって間もない部下のために、命を賭けてくれた―――――

ハワードはそう言って、信頼と感謝の念を感じとれる視線をロイに向ける。
ロイはそれを居心地が悪そうに外した。

「彼女、美人でな――――あんなところで死なすのは勿体無いだろう?」
「うわ、下心付きで助けたのか?」
「当り前だ。むさい男なんか助けても面白くない。
だが・・・・・戦争が終結したら、さっさと軍を辞めてこの男の元に嫁いでいったよ」

普通、あそこは私に惚れるところだろう?!

そう言ってブツブツ言う姿は、もちろん本気ではなく照れが入っているのが一目瞭然で。
エドは可笑しそうに、でもロイの軽口にのって返す。

「そりゃ、賢明な人だ。オレも会いたいな・・・・・」
「女房は、死んだよ」
「え?」
「イシュバール戦の後、二人で軍を辞め・・・・・西部の小さい町に移り住んで式を挙げた」

軍ほど給料はよくなかったが、何とか仕事を見つけて。
戦後、一時は感情を無くしたように無表情になってしまった彼女だったが、
穏やかな暮らしの中、だんだんと笑顔を取り戻していって。

幸せだった。

だが・・・・・間もなく彼女は病魔に冒されてしまった。
成す術もなくなく、彼女は弱っていって・・・・・・・・・。

「お前さんとあそこに入る一年位前に、女房は亡くなったよ」
「・・・・・・・・ごめん」

悪い事を聞いてしまった。
そんな風に頭を垂れるエドに、ハワードは笑いかけた。

「気にするな。今はもう大丈夫だよ・・・・・・まぁ、最初は俺もヤケになってたが・・・・・・」
「ヤケ?」
「うーん、ヤケっていうより・・・・茫然自失といったところかな。何もやる気が起きなくてな」

そんな生活が一年あまり続いた時に、マスタングさんが連絡をくれた。
軍を離れてしばらく経つし、こんな状態の自分がこの人の役に立つなどとは思えない。
そう言って、最初は断ろうとした。
が、彼の口にした言葉に、凍っていた感情が揺り動かされた。

「マスタングさんに『大切な人を取り戻したい。助けてくれないか?』――――そう言われてな」

俺の大切な人の命を救ってくれた人。
今度はその人の大切な人が、危ない目にあっている。
――――そう知った途端、力になりたい・・・・・・・・・・・・・・・・そう思った。
そう言って、ハワードは笑った。

「え?」

エドはその言葉に目を見開く。
そして、ロイに振り向くと、やけに慌てた男の顔が見えた。

「ハワード!!・・・・・・・余計な事は言わなくていい」
「は、申し訳有りません」

ハワードはニヤニヤしながら、全然申し訳なくない様子で謝る。
それを渋い顔で睨んでから、ロイはエドに視線をむけると、困ったように小さく笑った。


大切な・・・・・・・・・人?


可哀想な子供、ではなく。
ただの部下、でもなく?


『自分にとって大切な人間』・・・・・・・・・・・・そう言ってくれたのか?


そう分かった途端、エドの頬がうっすらと色づいていく。
白い頬が色づいていく様を、ロイは眩しそうに目を細めて眺めた。
そんな二人に当てられたように、ハワードは明後日の方向を見て言った。

「ま、そういうこった」
「そっか・・・・・・・・・」

未だ、嬉しそうに・・・でも恥ずかしそうに俯いていたエドがやっと顔を上げると、
どこか熱のこもった視線で、ロイがこちらを見ているのに気付いて。
今度は、体の内側から『ぼわっ』と熱くなるような感覚にどうしようもなくなって。
慌てて視線をもう一人の男に向けて、話題を変えた。

「ハワードのことはわかったけど・・・・・アンタは何でこっちについてくれたんだ?」


今までの会話に口出しする事もなく、静かに傍観していた男の瞳が、こちらに向けられた――――


というわけで・・・・・・もう一人の協力者はギャレーさんでした。
予想はあたりましたか――――?(笑)
ああ、やっとハワードの説明が終わった・・・・・次はギャレーの話です。


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