「あんたあいつのお気に入りだったんだろ。待遇だってよかったんじゃないのか?」


レクターの忠実なる副官。
影のように控えて、職務を全うしていた。
オレにはあの男のいいところなどとても思い浮かばないけれど・・・・・・
それでもこの人には、従うだけのなにかがあったのではないのだろうか?
それを棄ててまで現大総統についたのは、何故なんだ?
エドはそんな疑問をギャレーにぶつけてみた。

ギャレーは少し考えるようなそぶりをして、一言答えを返した。

「興味があったので」
「はぁ?・・・・・・・なにに?」
「私が動いた事によって起こる、事の行く末に」
「・・・・・なんか、よくわかんねーんだけど」
言葉が少ない上に、感情が表に出ないから心情を察する・・・・というのもうまくいかない。

「あんた・・・無口がウリかもしんね―けど、説明する時ぐらいちゃんと喋ってくれ」

全然分からん!!
そう不満そうに見上げる金の瞳に、ギャレーは少し肩を竦めてみせた。




・  路の果て  ・ <8>




「確かにあなた方に会うまでは、特にあの方に逆らうなどと考えた事もなかった」

レクターの下に配属されたのは偶然だったが、働き振りが彼の目に留まった。
気に入られ、昇進して副官にまで抜擢された。
確かに、その点で恩があるといえば、あるかもしれない・・・・・。

「しかし、別にあの方に何か特別なものを感じて従っていた訳ではないのですよ」

自分は別に彼に心酔して付き従っていたわけではない。
忠実に従っていたのも、それが軍人としての職務だと思っていたからだ。
ギャレーはそう言って、エドを見た。

「心を殺して、命令された通りに職務をこなすのが軍人・・・・・・・ってこと?」
「・・・私の家は、代々軍人の家系でしてね」

根っからの軍人だった父は、厳しく頑固な人だった。
軍人とはこう有るべき・・・・と、幼少の頃から教えられた。
職務に忠実であれ、上官命令は絶対である、と。

「昔からそう刷り込まれていたので・・・・・そういうものなのだろうと」
「・・・オヤジさんはともかく、おふくろさんはなんか言わなかったの?」
「母は私を産むと同時に亡くなりましてね。父の教えが私の全てでしたから」
「そっか・・・・・だから情緒面に問題が・・・って、ごめん」

つい口に出た言葉にハッとして謝ると、目の前の男は別段気にもしない風に短く「いえ」と答えた。
相変わらずあまり動かない表情を見ながら、エドは自分の両親を思い描いた。

『オレの父親もろくでもない奴だったが、その分母さんが愛情を注いでくれた』
無償の愛で自分達兄弟を包み込み。
世界が美しい事を教えてくれた。
―――――この人には、それがなかったのだ。

「・・・・・・だから、マスタング大佐のあの時の行動は驚きました」

部下のために必至の形相で上官に向かう、彼。
上官に歯向かう事によって自分が不利になるなどという事は考えていないような行動。
いや、知っていてその上での行動だと思われた。
それを目の当たりにして、思う。
『確かに自分は気に入られてはいるが、同じ目に会った時、中将は指一つ動かさないだろう』
もちろん、自分もそんなことは期待もしていないが。
だから、上官と部下でありながらそういう繋がりもあるのかと・・・少し驚いた。

「それで・・・・・大佐についてってみようと思ったの?」
「いえ。興味深くはありましたが・・・・・私にはそれがおろかな行為に見えた」

上官に逆らい、結果・・・・・中央に返り咲くチャンスも逃し・・・・・
それなのに結局、一度決まった決定など覆らない。
――――やはり、おろかな行為なのだ。そう思った。

だが、呼び出されたとき、私は彼に会いに行った。
あれ以来・・・・・胸に渦巻く疑問の答えを聞いてみたかったのだ。

「え・・・何を聞きたかったんだ?」
「君の微笑みの理由を」
「オレ?!」
「君は護送される直前、マスタング大佐に振り向いて、微笑んだ」

その時の事を思い出しながら、ギャレーはあの時よりも少し大人びたエドの顔を見つめた。



******



これから過酷な運命の中に身を投じようという直前。
まだ年端も行かない少年には、かなり辛い事だろう。
それなのに、この少年は笑った―――――幸せそうに。

大人でも子供でも・・・絶望の渕に立たされた者の行動は同じだ。
恐怖に泣き叫ぶか、助かろうと暴れて足掻くか、絶望に心を閉ざしてしまうか。
今までそんなものなら沢山見てきた。
・・・・・だがあんな風に笑ったのは、彼一人だったのだ。
自分を呼び出した男に好意を抱いていたと少年は言った。
あの微笑みはその男に向けられたものだとはわかったのだが・・・・・
あの短いやり取りの中、地獄の入り口に立つ少年が幸せそうに笑うほどのものがあったのだろうか?
愛などよく分からない自分には、答えが出せなかった。

だから、聞いてみようと思った。
私の質問に大佐はちょっと考えて・・・・・

「・・・・・・私なりの答えはあるが、それは正解かどうかわからない」

その答えを返せるのは、彼だけだろう。
そう言って、ロイは面影を思い出すように目を細めた。

「彼に直接聞いてみたらどうだい?」
「・・・そのために、わざわざ刑務所に赴けと?」
「いや、刑務所の中で君に聞かれても彼は答えを返さないだろうな」

漆黒の瞳が、アイスブルーの瞳を捕える。

「私も知りたいよ」

だから――――絶対取り戻す。

「手を貸してくれないか?」
「・・・・・・・彼を取り戻すという事は、中将より上に行くということですよ?」
「もちろん、そのつもりだよ」
「何十年かかるでしょうね?」
「君が手伝ってくれれば、5年で取り戻してみせる」

ロイの言葉に、ギャレーは顔を顰めた。
レクタ―中将は、今度大将に昇進が決まっている。
その上という事は、大総統しかないではないか?
今の地位は大佐。5年でなんて・・・・・・冗談にも程がある。

「馬鹿なことを・・・・・・」
「馬鹿な事かどうか・・・・・見届けてくれないか?」

そう言ってこちらを見据える漆黒の瞳に・・・・・見入られた。
馬鹿な事をと思うのに・・・・・・・何故か彼ならやりそうな気がした。
カリスマ、とでも言うのだろうか?
レクタ―には感じなかったものを彼に感じて――――気が付いたら、首を縦に振っていたのだった。



******



『まさに、「口説き落とされた」 という表現は合っているかもしれない――――』

ギャレーは内心で苦笑する。
それでも、5年の約束を大幅に縮めて見せたのだから・・・本物なのだろう。
ギャレーは心中でそう呟き、疑問符が浮かぶエドの顔を再度見つめた。

「あの微笑が心から離れない」
「え・・・・・・と」
「教えてくれませんか?」

エドは戸惑ったようにギャレーを見つめ、
ついでロイの顔をチラリと見て・・・・・・ほんのりと、赤くなった。

「ここじゃ、ちょっと・・・・・」
「教えてくれないんですか・・・・・」
「あ、後でっ!!後で、二人きりの時に話すからっ」

ギャレーの顔を覗き込むように小声で言うと、向かいから少々不機嫌そうな声がかかる。

「それは聞き捨てならないね・・・・・」
「な、なんだよ?」
「二人きりで密事とは・・・・・見過ごせないな」
「密?!・・・・・・って、何でアンタが言うとどの台詞もエロくさくなるんだっ!!」


不満そうなロイに、エドがぎゃいぎゃいと食って掛かっている様をギャレーは静かに眺める。

『裏切り者といわれるかもしれないが、多分私の判断は間違いではなかった』

・・・・・・何故なら、見届けた行く末はこんなにも心地いい。
レクターの元で働いていた時は、こんな気持ちになった事などないのだから。
そう思いながら・・・顔を赤くして噛みつく、年相応な表情に戻った少年と、
からかいながらも、愛しさがにじみ出るような態度の男を交互に見た。
『この人達が国を動かせる今、この国はどう変わって行くのだろうか?』
その行く末もまた、見届けたい・・・・・・そう思う。
そして一瞬だけ柔らかな笑みを浮かべ・・・でも、すぐにもとの表情に戻って席を立つ。

「閣下、私はこれで失礼を。・・・・・・・・・・・・・・またいずれ答えを、鋼の錬金術師。」
「え?!ちょっ・・・・・まだ聞きたい事が!!」
「それは閣下に聞いて下さい」

これ以上閣下の前であなたと話をしていると、燃やされそうですからね?
ギャレーはそう言い、また薄く笑うと、ロイに敬礼し部屋を出て行った。



「・・・・・なんで功労者の部下が燃やされんだよ??」

立ち去る後姿に、理解できない様子で呟くエドに苦笑しつつ、ハワードはロイに声をかけた。

「俺もそろそろ失礼していいですか?」
「もう行くのか?」
「ええ、さすがにそろそろ墓参りをしないと、女房がへそを曲げてるかもしれませんからね」

ハワードはおどけた調子でそう言うと、席を立つ。
エドは慌てたように自分も立ち上がった。

「西部に帰るのか?!」
「ああ、元気でな」
「もう・・・・・・・会えないのか?」

顔を歪めるエドの頭を、ハワードはポンポンと軽く叩いた。

「いや、すぐに戻ってくる。――――――軍に戻る事にしたんだ」

いつまでもうだうだしてても仕方ないしな。
・・・・・・それに、この人が大総統なんだ。働きがいがあるってもんだろ?
ハワードはそう言って笑った。

「助かるよ、ハワード。・・・・・改めて、本当に今までご苦労だった」

これからも頼む。
差し出されたロイの手をハワードはしっかりと握り、頷いた。

「じゃあ、失礼します。・・・・・・またな、エドワード・エルリック」



「まって!」
「なんだ?・・・・・・って、お、おい!」

ドアの前まで歩いたところでエドに呼び止められ、振り返ったハワードはギョッとした。
あろう事か、小さな体が自分の胸に飛び込んできたのだ。
ぎゅっと細い腕で抱きつかれ、心臓が跳ね上がる。
戸惑いつつもチラリとロイの方を見ると、彼もあっけに取られたような顔をしていたが、
その目がどんどん細められていき、なおかつ背後にどす黒いオーラが見えて・・・・・
ハワードは冷や汗をだらだらと掻きつつ、唾を飲み込んだ。
そんな彼の心中を察することなく、エドはぎゅっとハワードの首に回した腕に力を込めた。

「・・・・・・あの、オレ・・・・なんて言ったらいいかわかんねぇけど・・・・・」
エドは顔を上げて、ハワードを見つめた。
「さんきゅー・・・・・・・な」
そう言って、穏やかな微笑を寄越してくる。
その顔を見て、ハワードは力を抜いて笑った。

「おう。帰って来たら、なんかおごれ」
また頭をポンと叩くと、エドは体を離して『ニッ』と笑った。

「いいぜ、まかしとけ!」
「忘れんなよ?」

2人は顔を見合わせて可笑しそうに笑い、そしてハワードは出て行った。



執務室の外に出たハワードは、急いで秘書室をつっきって廊下に出ると、ホッと息を吐いた。
途端に、赤くなってくる顔を片手で覆う。

「ったく、たちの悪ぃ・・・・・・やっぱ、厄介な奴だ」

刑務所にいた時もたびたび心に浮かんだ思いを口に出す。

マスタングさんに頼まれて刑務所に入り込んで彼に初めて会った時、正直驚いた。
『大切な人』そう思いつめたように言うので、てっきり女だと思っていたのに実際に会ったら男で子供。
だが、側に居るようになって、あの人が惚れたのが分かった気がした。
美しい容姿ももちろんだが、とにかく彼は人を惹きつける。
・・・・・・・実際刑務所では群がる虫を退治するのに苦労したのだ。
その上――――――

「自覚が足りないのが性悪だ・・・・・・あの人も苦労するかもな」

大総統の苦労を思いつつ、赤くなった顔を扇ぐ。
そして、心中で亡き妻に言い訳をしながらハワードは立ち去った。



******



ハワードを笑顔で見送ってから、エドはロイの方を振り返った。
なにやら不機嫌そうにこちらをじっと見つめている男。
そこで、ある事実を思い出し―――――呆然と彼の顔を見つめた。

『もしかして・・・・・二人きりになっちゃったんだ?!』

エドは体内で一気に熱が上がるのを感じた。


や、やっとここまで・・・・・・・(感無量)
次こそはラブラブエンディングです!!


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