走り続けたエドの足も段々と遅くなり、しまいには雨の中を歩いていた。

ずぶぬれのコートは重くて、裾からしずくが滴り落ちている。
すれ違う人が、奇異の目でこちらを見るが、そんな事は気にもとめなかった。
只々、苦しくて仕方なかった。



『約束』・・・・・・10



「エドワード君・・・だったね、いったいどうしたんだい?」

どのくらい歩き回ったのだろうか?
突如かけられた声にのろのろと顔を上げると・・・・・そこには見知った顔。
セントラルの裏路地にある、通いなれた古本屋の老人だった。

「こんなにびしょ濡れじゃないか、いくら若いからといっても体を壊してしまうよ?」

おいで、と手を引かれる。
なんだか心の中が冷えすぎて、言葉もでなくて。
エドは引かれるまま、老人について店のドアをくぐる。
案内されたのは、店の奥のドア。そこから先は老人の自宅スペースだ。
立ち止まったエドを、老人は「いいからお入り」と促して招き入れる。
バスルームに案内されて、わざわざシャワーの温度調節をしてくれた。
好意に反発することもできず、戸惑いながらも熱いシャワーを浴びる。
温まってから脱衣所に出ると、びしょ濡れの服のかわりに白いシャツとジーンズ。
身につけてみると、少しは余るもののそんなにサイズが違わない事も分かった。
ここは老人の一人暮らしだったはず・・・疑問に思いつつ、老人の元に行く。

「あの・・・・・・いろいろとすみませんでした」
「いやいや、かまわないよ・・・・・・ああ、よかった。サイズは何とかいいようだね?」
「・・・・・これは?」
「孫の服でね。以前泊まりに来た時に忘れていってしまって、次に来た時にでも
返そうと思っていたんだが―――――――」

そこまで言ってから、老人は少し遠くを見るような目をして・・・・そして続けた。

「それから間もなく、事故でね・・・・・息子夫婦と孫。全員亡くしてしまった」
「あ・・・・・・・・・」

悪い事を聞いてしまったという表情のエドに、老人は笑ってみせる。

「そんな顔をしなくてもいいよ。・・・・もう5年も前の事だよ?」

処分しようとも思ったんだが、役に立ってよかったよ。そう微笑む老人。
でも、エドは知っている。
いつまでも癒えない傷があることを。
なんだか、どう声をかけていいか分からなくて、視線を彷徨わせた。
そこで、壁一面の本棚に気がついた。

沢山の本たち。
それが置かれた棚に『予約済』の文字。
どうやら、予約されていた本を客に渡す前に保管しておく棚のようだった。
少し近寄って見て、目を瞠った。

そこには以前から欲しいと思っていた本がずらりと並んでいたのだ。
賢者の石を求めていた時集めていた資料ではなく、エドが個人的に興味がある分野の錬金術書。
以前は余裕もなかったため、興味を持ちながらも手は出せなかった。
国家錬金術師になりそれを買うだけの金は十分にあったが、時間と心の余裕がなかったのだ。

「こっちに座りなさい。お茶を飲もう」
「あっ、うん」

延々と本のタイトルを追っていたエドは掛けられた声に我にかえって、促されるまま老人の向かいの席につく。
冷えた体はシャワーでだいぶ温まっていたが、やはり温かいものを腹に入れると、体がじんわりと心から温まる気がする。
老人の入れてくれた紅茶を飲みながら、エドはホッと息をついた。

「君は確か生体練成関係の本を良く探していたね。それと古い伝承を良く漁っていた
・・・探し物はみつかったのかい?」
「はい・・・・・やっと見つけて。これで旅も終わり・・・・・かな」
「そうか、それはよかったね」

寝る間も惜しんで頑張っていたようだったからなぁ。よかったよかった。
老人はまるで自分のことのように目尻を緩め、何度もよかったと繰り返す。
その気持ちが嬉しくて・・・・・エドの顔にやっと笑顔が浮かんだ。
それから、請われて旅の話をした。
いちいち老人は驚いたり笑ったり、相槌を打ちながら話を聞いてくれる。
それがまた嬉しくて、エドは笑い声まで上げるようになっていった。

「その年で、いろんな経験を積んだのだね・・・苦労はしたろうが、
それはこれからの君の人生の糧になると思うよ」
「・・・そうなのかな?なんだか普通の人より遠回りしちゃった気がするけどな」
「はは、君はまだ若いんだから、これからいくらでも未来があるじゃないか?」

旅が終わったのなら、これからどうするんだい?

そう振られて、エドは言葉に詰まった―――――
自分の未来はもう決まったものだと思ってのが突然キャンセルなって・・・
今は正直、これから何をしたら良いのかも分からなかった。

「どう・・・・したらいいかな」
「おや、やっと目的を達成したのだから、何でもできるじゃないか」
「そうなんだけど・・・・・ホントはある人の下で働く・・・・事に、なってたんだ」

でも、それがなくなっちゃって。
ずっと、そうだと思ってたから・・・・・・なんだか急に放りだされたような気分で。
今は、どうしていいかわからない――――
そう言うと、エドは俯いた。
老人はそれをみつめて・・・・・考える素振りをした。

「そうか。でも・・・・・焦る事はないよ」

折角時間が出来たんだ、ゆっくりと考えればいい。
そう言って老人は自愛の満ちた微笑を寄越す。

「君は優秀な錬金術師なんだから、得意分野を突詰めてみるってのはどうだい?」
「得意分野・・・・・・あっ!あそこにある本、全部予約済みなの?」

老人の言葉に、先ほどの並んだ本たちの事を思い出して聞いてみる。

「どれだい?」
「あの2番目の棚の。あれ・・・・・全部オレが欲しいと思ってた本ばかりなんだよ!!」
「2番目・・・?ああ、悪いがあれは全部予約済みなんだよ。あるお客さんに頼まれて、
やっとあそこまで集めたんだ」
「あれ、一人の人のなの?!うわ、会ってみてー!!」

あんなに趣味が同じなんてありえねぇ!!討論したら盛り上がりそうだな〜。
見知らぬ人物にむくむくと興味が湧いてくる。
あれだけ同じ物を求めている人物は、どんな人だろう?

「注文してくれた人は紹介してあげられるが・・・その人が読む本ではないみたいだよ?」
「え?」
「その人の婚約者の為に集めているものらしい。あの人の婚約者ってことは若いお嬢さんだろうが
・・・・・・この本達を読むとは、さぞや優秀な人なんだろうねぇ」
「女の人・・・・・・・」
「しかもね、かなり美人だと思うよ?」
「は?だって会ったこと無いんじゃ?」
「その注文主がかなりの色男でね。もてそうだし、遊びなれてる感じがしていたんだが。
そんな彼が、その人の話をする時だけ夢見るような顔になるんだよ」

老人は可笑しそうにクスクスと笑う。

「へぇ〜、ベタ惚れってやつ?」
「うん、まさにそんな感じだね。内緒のプレゼントにこんなに時間とお金をかけているくらいだしね」
「内緒なんだ?」
「ああ、なんでも相手が忙しい人らしくてね、まだいつ結婚できるか分からないみたいだったが。
その人が目的を果たして一緒に暮らせるようになったら、プレゼントしたいんだと言ってたな」
「目的を果たしたら・・・・・・・・?」

ドキリ、とした。

まさか
まさか、そんなことがあるわけがない。
でも――――――

自分が欲しがっていた本を全部注文していたその人。
それはその人の婚約者のためのもの。
その婚約者は忙しくて、いつ結婚できるかも分からなくて

―――目的を果たす為に、日々を暮らしている――――――



「注文した人、だれ?」
「え?」
「お願いだ!教えてくれ!!」

エドの剣幕、老人はたじろいで・・・・・少し迷ったような素振りをした。
だが、切羽詰ったようなエドの顔を見て諦めたように口を開く。

「君、確か軍の関係者だって言っていたね?――――ロイ・マスタング准将・・・知っているかな?」


彼だよ。


老人の答えに、息が止まった――――



『約束・10』終わり・・・11に続く



うちのロイはやっぱりエドにベタ惚れです(笑)
大佐が健気過ぎて・・・自分で涙が出てきました。(情けなくて・笑)


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