『愛せるか』という問いには答えられなかったけれど。


ずっと、側にいるのだとは思ってた。
あの約束をしてから、ずっと
あの男の傍らで――――― 一生を過ごすのだとそう思っていた。

軍に身を置くのは嫌だ。
今度こそ、人を殺さなくてはならないかもしれないから。
そのため、あの約束は心に重く圧し掛かった。
だが・・・決して。

決して、あの男の側にいるのが嫌なわけではなかった。

恩返し・・・・・の意味ももちろんあるが、
あの男の側近達のように、駆け上がろうとするアイツを支えるのは、嫌ではなかった。
むしろ・・・・・必要とされた事に、喜びさえ感じていた気がする。

そうだ。
何だかんだいって、あの男の側にいる理由が出来て、それ自体は嬉しかった。
隣りに立てることに、喜びを感じた。

だから、約束をしてから一年間、
目的を果たしたら、『生涯彼の隣りにいる』のだと―――――そう心に刻んで、旅をした。



『約束』・・・・・・12



雨上がりの道をエドはゆっくりと歩いていた。
服は結局乾かなかったので、借りた白いシャツとジーンズといういでたち。
髪は生乾きなので、おろしたまま。
優しい風に髪をなびかせながら、先ほどの古本屋の主人の話を思いかえす。


馴染みの古本屋で聞かされた話は衝撃的だった。

事情を知っている者から聞かされれば、気を使っているのかと少しは疑いもしたけれど。
話の婚約者が自分だとは知らないあの老人が、こちらに気など使うはずもなく・・・・・・
真実の言葉だと、素直に理解できた。


彼に、
彼に、深く愛されている。


その事実を認識して、エドはぼわっと赤くなった。

昨日から、ずっと『何でオレなんだ』とばかり考えていた。
アイツから見れば、生意気な子供。その上、男。
・・・・・・どう考えても、好きになるような要因は無い気がする。
そういう趣味の奴ならともかく、アイツは完全にノーマルだろう事は見ていてわかったし。
どうにも信じられくて、何かの間違いでは?と思った。

でも、今は――――――

好かれている理由はわからないままだけど、『あの男に愛されている』とはっきりと認識できた。
何を今更・・・・・・と、笑われるかもしれない。
だが、ずっとパニック状態だった心にやっとその事実がすとんと落ちてきた、そんな気分だった。
そして、認識した途端・・・・・心の中に浮かび上がった感情があった。



「あ・・・・・」

ぴちゃり。

考え事をしていたため、小さな水溜りに気づかずに足を踏み入れてしまった。
だが、借り物のジーンズに泥汚れをつける事態には到らなかったようだ。
少しホッとしつつ、顔を上げる。
すると、目の端でざわり、と緑色が揺れた。
顔を横に向けると、広がる緑の木々。
雨に濡れて、誰もいない公園。
エドは、吸い寄せられるようにその敷地に足を踏み入れた。

雨上がりで濡れた木々や草花。
晴れ上がった空から差し込む光が、それらを照らす。
いつもなら子供達の声がにぎやかに響いているだろうそこも、先ほどまでの雨の為に誰もおらず。
だだ、美しい緑だけが日の光に艶やかに輝いて、静かに揺れていた。

その風景を見詰めながら、先ほど心に浮かび上がった感情を、唐突に理解した。

心に浮かんだ、面映いような、それでいて心臓ごと揺さぶられるような、感情。
それは、『歓喜』。

あの男に思われているのが、嬉しい。
あの男に求められているのが、嬉しい。
―――――――――ロイ・マスタングに愛されているのが、堪らなく嬉しいと・・・そう感じたのだ。

「そっか」

昨日から、この胸を締め付ける痛みは何なのだと考えていた。
その正体がやっと分かった。

それは、心苦しさでもなく
後ろめたさでもなく
罪悪感でもなく

まぎれもなく、オレ自身がアイツの側にいたかったということ
だから、告げられた別れに、痛いほどの苦しさと悲しさを感じた。

「そっか・・・・・なんだ、気づかなかっただけ・・・か」

天を仰ぐ。
そこには、雨が上がって晴れあがった、空。
視線をもどして、もう一度辺りをゆっくりと見回す。
さっきまで、あたりを気にする余裕すらなくて
偶に目に入る物も、全部色を失って見えたのに・・・
今は、世界が美しく見える。


これが・・・・・・・恋、なんだ。


赤くなっていく頬を両手で押えて、公園の出入り口を振り返る。

今すぐアイツに会いにいって、気持ちを伝えたい。
オレも、オレもアンタの事が―――――!
ドキドキと、早鐘を打つ心臓と高揚した気分のまま足を踏み出そうとした。
が、次の瞬間・・・ある事実を思い出してしまった。


『さようなら、エドワード』


思い出したのは、アイツの別れの言葉。
高揚した気分が急激にしぼんでいくのが分かる。

呆れているだろう。
怒っているだろう。
今更だと拒絶されるかもしれない・・・・・・

持ち上げていた両手がパタンと落ちる。
エドは目を伏せて、その場に立ち尽くした。
恋を知って、いまだ世界は美しく見えるのに、
まるで、自分だけそこから切り離された気分になる――――――



美しい世界が、まるで手の届かない桃源郷のように思えた。



『約束・12』終わり・・・13に続く



ニブニブエド、やっと自覚!!(長かったなぁ・苦笑)


back       next     小説部屋へ