「兄さん!!」
「アル・・・・・・」
雨上がりの公園で立ち尽くしていると、後から声が掛けられた。
振り向くと、そこには弟。手に傘を持ち、息を切らしてそこに立っていた。
『約束』・・・・・・13
とりあえず、公園の中央にあった屋根のついた休息スペースに二人で入った。
屋根があるため濡れずに済んでいるベンチに並んで腰を降ろす。
隣りに座る弟から心配げな視線を感じて、バツが悪そうにエドは謝罪の言葉を口にした。
「その・・・・・・悪かったな、飛び出してきちまって」
「ううん。それはいいんだけど・・・・・・服、どうしたの?」
「ほら、いつも行く路地裏の古本屋のじいさん。・・・・・びしょ濡れになってたから貸してくれたんだ」
「そうか。後でお礼に行かなきゃね」
「ああ」
「ところで・・・・・・・・・・大丈夫?」
びしょ濡れになったことではないのだろう。
気遣わしげに、なんと言葉をかけてよいか迷っているような弟に、苦笑する。
あちこち探し回ったであろうに、それを責めもせず、ただひたすらこちらを気遣ってくれている弟。
心配げに見詰める瞳を見詰め返して、『兄貴失格、だよなぁ・・・』そう、心中でため息を吐いた。
「なんか、心配かけちゃったな」
「兄弟だもの。心配するのはあたりまえでしょ?」
柔らかく声を掛けながら、兄の様子を観察すると、
落ち込んではいるものの、表情が宿を飛び出していった時より和らいでいるような感じがする。
「もしかして―――――――何か、吹っ切れたの?」
「吹っ切れたというか・・・・・・・・・・・・・・・気がついたんだ」
「何に?」
「う・・・・・・・えーと。まぁ、なんというか・・・・・・・・・・」
「兄さん?」
「オレさ、オレもさ・・・・・・・」
「うん」
「アイツの事、好き・・・・・・・・・みたいだ」
はにかんだように少し顔を赤くして、何処か困ったように兄は静かに笑った。
「それは・・・・・親愛じゃなくて?」
「・・・・・・うん。違う」
「罪悪感で動揺してるわけじゃ、ないよね?」
「それは俺も考えたけど・・・・・・・・・・・違うと思う」
オレさ、宿を飛び出してから色々と考えたんだ。
何でこんなに悲しいのかなって。
罪悪感なら苦しかったり、後ろめたかったり・・・・・だけだろ?
なのに、苦しいだけじゃないんだ。
苦しくて、切なくて、悲しいんだ。
切り捨てられたような言葉に傷ついて悲しいんじゃない、
アイツにもう会えなくなってしまうのかと思ったら
もう、二度と声も聞けないのかと思ったら
おかしくなってしまいそうなほど、つらくて。
『ああ、オレはあいつの側にいたいんだ』
そう、気がついた。
只の部下なんかじゃなく
側近よりも、友人よりももっと近くで
契約なんかじゃなく、オレ自身が
―――――誰よりもアイツに近い場所に居たいんだ。
そう、気がついたんだよ。
兄は、淡々と言って俯いた。
『アイツ』というのは、もちろんマスタング准将のことだろう。
いつもあの人に反発していた兄、それでも内にある絶対的な信頼みたいな物を感じていた。
准将が寄越すある意味を含んだ態度も、鬱陶しそうにあしらってはいたけれど・・・そこに嫌悪がないのも分かっていた。
あの、兄の『等価交換』発言以来、それをスッパリと忘れていたけれど。
――――――確かに、兄はあの人を好きだろう。
「そっか」
「・・・・・・・・・・気持ち悪かったりとか、するか?」
「全然」
「・・・・・そうか」
「で?」
「ん?」
「准将のところに、何で行かないの?」
何でこんな所にいるのかと、暗に尋ねてみれば・・・・・・困ったような顔。
「今更、虫がいいだろ・・・・・」
「そんなことないよ」
「さようならって・・・・・・・言われたし」
頼りなげに俯く兄を弟はじっと見詰めて。
そして大きく息を吸った。
「――――――――あきれたっ!!」
「あ、アル!?」
「あなた本当に僕の兄さんなの?実は偽者だったりする?!」
「い、いや・・・・・本物です・・・けど」
いつも穏やかな弟のあまりの剣幕に、エドは動揺して思わず敬語で答えてしまう。
「僕の兄さんは・・・僕の大好きな兄さんは、そんな簡単に物事を諦めたりしないよ!」
「アル・・・・・・・・」
「失ったなら、取り戻せばいい。僕らは、ずっとそうしてきたじゃないか?」
失った物をとりもどすために、諦めずに進んできた。
そして―――――――取り戻したじゃないか。
先ほどの剣幕はどこへやら。
いつものようにふわりと微笑む弟に、エドは目を細めた。
「・・・・・・・・そうだったな」
「そうだよ!!・・・・・・もしさ、『もうあのプロポーズは無効だ』って言われたら、
今度はこっちからプロポーズしちゃえばいいよ?」
僕と結婚してください!ってね?
悪戯っぽくウインクする弟に、目を見開いて。
どちらともなくプッと噴出し、2人で笑った。
ひとしきり笑いあって、エドはぎゅっと弟を抱きしめた。
「アル・・・・・・・愛してるよ」
「兄さんったら、それは僕に言う科白じゃないでしょ?」
それは、これから会う人に言わなくちゃ。
おかしそうに笑って腕を外されたと思ったら、くるりと体を回転させられて背中を押された。
押されるままに歩き出して、もう一度弟を振り返る。
「アル、ありがとな。どうなるかわかんないけど・・・頑張ってみるよ」
「うん、僕応援してる!」
「ああ、行ってくる」
そう答えて走り出してほどなく、背中にぶつかる張り上げた声。
「今夜は准将のとこに泊まってきてかまわないからね〜〜〜!!」
「ば、ばかやろっ・・・・!」
ギョッとして振り返ると、弟は遠くで手を振っていた。
「ったく・・・・・///」
弟の言葉に赤面したまま
怒っているとも、了解とも取れるような感じで拳を振り上げて揺らして見せて。
そして、今度こそスピードを上げて走り出した。
目的地は中央司令部――――――ロイ・マスタング准将の執務室。