突然の副官の発言に、ロイは呆けたように彼女を見詰めた。
『彼女は今なんと言っただろうか?』
呆然と自分を見詰めるロイに、リザはきりりとした顔を崩さずに、
もう一度ご丁寧に言い直して見せた。
「聞こえませんでしたか?『彼を頂いても良いか』と、伺ったのですが?」
そう言うと、彼女は美しい微笑を浮かべた。
『約束』・・・・・・15
「・・・・・何を言っているのかね?」
「もう一度言い直したほうがよろしいですか?それなら・・・・・・」
「あ、いや!言葉自体はちゃんと聞こえたのだが、意味が理解できない」
「言葉の通りです。あなたが諦めるというのなら、今度は私がアプローチさせていただこうかと」
こともなげにそう言いきる彼女に、ロイは掌にじっとりと汗がにじみ出るのを感じた。
「君が彼に好意を寄せていたとは思わなかったが・・・?」
「そうですね、今までは恋愛というより弟を見守るような気持ちでしたから」
ですが・・・と彼女は続ける。
「あなたが彼から手を引かれるというのであれば、その気持ちをもう少し昇格させても良いかと
思いまして。彼はとても魅力的ですから」
「・・・・・彼は、君より背が低い」
「そんなもの問題にもなりませんね。それを補ってあまるほど彼は素晴らしい人です」
「年下、だぞ?」
「私は尊敬できる相手であれば、自分より年下でもかまいません」
「年下どころか、まだ子供だぞ?!」
語気を荒くしてそう言うロイに、リザは呆れたように返した。
「・・・・・その子供にプロポーズしていたのは、どこのどなただったでしょうか?
条件は一緒でしょう?彼は16歳になりました。
法改正がなされた今、彼はもう男であろうと女であろうと・・・誰とでも結婚できます」
「誰と、でも・・・・・・・」
「ええ、私でなくとも・・・彼はもう誰とでも恋をし、結婚できます。
結婚にこだわらなくても、今までのように何を置いても優先させなければいけない目的は
ないはずですし、これからは年相応に、恋愛をする事もできるでしょう。
あれだけの魅力を持った彼ですもの。周りも放って置かないと思いますし」
そうだ。
自由を手に入れた彼だ。
もう、自分を抑制しなければならないものは、なにもない。
自由に好きなところに行き、自分の興味のあるものを吸収し・・・・・・
そして、自由に恋もできる。
私の知らないところで
私の知らない誰かと知り合い
思いを通わせて
結ばれ―――――て。
『――――っ!!』
ロイはデスクの上に置いてあった手を、指が白くなるほど握り締めた。
その肩が、密かに震える。
目を閉じて必死に自分の想像から逃れようとする彼を、リザはじっと見詰めた。
「まさか、考えていなかったのですか?」
「っ・・・・・・・・いや、わかっては・・・いた」
「考えたくなくて、さけていたのでしょう?でも、現実に起こる事です。
あなたが手を離せば、彼はいずれ他の人のものになる」
「・・・・・・」
「読みが甘いですよ」
「・・・・・・・中尉?」
「想像しただけでそんなに取り乱してしまうくらいなのに、本気で手放せるとお思いだったんですか?」
顔を上げてみると、彼女は柔らかく微笑んでいて。
ああ、やられたな・・・・・・と思った。
くしゃりと前髪をかきあげて、ロイは苦笑いをした。
「君には、適わないな・・・・・」
「未来を憂いて諦めるなど、およそあなたらしくない行動です。
確かに苦労をかける事もあるかもしれませんが、彼がそれを些細な事だと思えるほど
愛してあげればいいことでしょう?
彼を傷つける事を恐れて手放して、自分を見失ってしまうくらいなら、
何が起きても『全身全霊をかけて守ってみせる』くらいの根性をお出しになったらいかがです?
もっとも、私にはただ守られているような彼とは思えないですけれど・・・・・・」
あなたが考えてるより、ずっと彼は強いと思いますよ?
そう言って、リザは微笑んだ。
その通りだと思った。
彼を大事に思うあまり、随分と弱気になっていたようだ。
ロイは自嘲的に笑って・・・・・・彼女を見上げた。
ロイの気持ちを察したように、リザは少しからかうような口調で訊ねた
「・・・それで、どうでしょう?私が彼にアプローチするのを許可していただけるでしょうか?」
「いや、それは許可できないな」
ロイはギシリと音を立てて革張りの椅子から立ち上がった。
「君にも、君以外にも・・・他の誰にも許可できない」
ロイの目には力強い光が戻っていた。
「・・・・・それは、残念ですね」
「悪いな。で、相談があるのだが・・・・・・・少し出かけてきてかまわんかね?」
「それはいけません」
「中尉・・・・・・・・・」
自分でここまで煽っておいてから、それは無いだろう?と恨みがましく彼女を見詰めると、
彼女はおかしそうにクスリと笑った。
「だって、わざわざ探しに行かなくても来たみたいですよ?」
耳を澄ますと、バタバタとかけてくる派手な足音。
司令官執務室の近くでこんな風に足音を立てるものは、一人しか居ない。
案の定、ノックもなしに扉は開け放たれて――――
「・・・鋼の」
ずっと駆けてきたらしく、ゼーゼーと肩で息をするエド。
それを目を細めて見詰めるロイ。
2人を交互に見てから、リザは上司にだけ聞こえるように小声で呟いた。
「残りの仕事は、明日には必ず片付けてくださいね」
暗に『今日はもう仕事にならないだろうから、あがっていいです』と言われて、ロイは苦笑した。
まったくもって、彼女には今まで以上に頭があがりそうもない。
「恩にきる」
「いえ。では失礼致します。・・・・エド君、ゆっくりしていってね?」
「う、うん。ありがと・・・・・」
エドに柔らかい視線を送りつつ、リザは退室していった。
リザを見送ってから、2人きりになった室内。
なにやら緊張している風なエドワードにロイは微笑んで見せた。
「丁度よかったよ、鋼の。君に話があったんだ」
「え?そ、そっか・・・・・・オレも、その・・・・アンタに話があって」
視線を泳がせて、彼はつかえつかえそう言った。
ロイはその姿を愛しげに眺めてから、側に行こうと歩き出した時、ふと窓が目に入った。
その時やっと、とっくに雨が上がって空が晴れ渡っていたのに気づく。
青空を眩しそうに眺めてから、エドをふり返り手を差し出した。
「さて・・・・・どちらから先に話すかね?」