「さて・・・・・どちらから先に話すかね?」


こちらに向かって手を差し出してそう言うロイの顔を見て、エドは息を呑んだ。



・・・・・半年振りに会って、たった一日でいろんな顔の彼を見た気がする。

元に戻ったのを知り、心から喜んでくれた笑顔
誤解されていたと知って、落胆した顔
子供じみた真似を告白した時の、何処か拗ねたような顔
『愛せるか?』と聞いた、真剣な顔
そして――――――――――――――夕日に染まった、悲しみの顔

だが、今の彼はそのどの顔でもなかった。

静かに微笑んでいる・・・・・が。
―――――――視線が、熱い。
昨日には見えなかった、何か『強い光』が瞳の奥に宿っている。

吸い込まれそうな漆黒の奥に、熱く揺らめく・・・・・焔。
見つめているだけで、くらりと眩暈がしそうで。
焦りつつ、そんな自分を心の中で『ダメだ!』叱咤する。
『だめだ、ちゃんと言わなくちゃ』
ちゃんと伝えなきゃ、今度こそ後悔するから。

『ちっきしょう、負けてたまるか!』

ロイの痺れるような眼光に流されないように、エドは漆黒を睨みつけた。


「・・・・・なにやら、鬼気迫るものがあるね?決闘でも申し込みに来たのかい?」

こちらの力の入り具合が伝わったのか、ロイはクスリと笑い、からかうようにそう言った。
いつもなら激高して暴れるところだけど、今日はぐっと我慢する。
そうそうあっちのペースに乗せられてたまるか!
今日は、オレが・・・・・やっと気づいたばかりの気持ちを、アンタにぶちまけに来たんだから。
小さく深呼吸して、

「・・・・・似たようなもんかもしんねぇけど、ちょっと違う」

そう言ってロイを見つめ、握った拳に力を込めた――――――



『約束』・・・・・・16



こちらが探しに行く間もなくあちらから現われた、小鳥。

いつもの『鋼の錬金術師』のトレードマークの赤と黒ではなく、
白いシャツにジーンズという、その辺にいる少年達と変わらぬいでたち。
いつもはきっちりと三つ網に編まれている艶やかな金髪も今は下ろされていて、
一見少女のようにさえ見える。
その姿は、『天才的な腕を持つ最年少の国家錬金術師』と言う肩書きを忘れさせて、
彼が、16歳の『エドワード』という少年だという事を、改めて意識させる。
頭がよかろうが、人より秀でていようが、彼はやはり16歳の少年なのだ
・・・・・そう再認識させられた。


それでも、愛しい。


銀時計を返上し、鋼の錬金術師などという肩書きが消え去ったとしても・・・・・
この少年を愛しいと思う心に傷がつくことは、微塵もないだろう。
改めて彼への執着心を思いしらされ、苦笑しつつ――――自分を睨みつける彼に言葉をかけた。



「ふむ・・・・・・なにやら気合十分なようだから、君からどうぞ?」

ロイはそう言って肩を竦めて、促した。

本当は、こっちはこれからプロポーズする所なのだ。
彼が余計な事を言い出す前にさっさと言ってしまう方が得策かもしれない。
だが、ロイは何を言われようと・・・もう自分の心が動揺する事はないと自信を持っていた。

彼が何を言うつもりかは知らない。
昨日の謝罪?
最後の別れ?
それとも、単に軍を離れる為の事務的なこと?
・・・・・・・どれであろうと、かまわない。
だって、もう自分は何を言われようが揺るがないから。

謝罪など跳ね除けて
別れの言葉なら、その科白をセントラル川の水底にでも沈めてやる。
逃がすつもりが消え去った今、もう泣いても喚いても離すつもりは毛頭ない。
今度こそ、抵抗も逃走も許さない。
俺はお前を手に入れる。
迂闊にも、最後のチャンスをふいにして戻ってきた小鳥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、何があっても逃がさない。

――――強い意思を胸に、ロイはエドの言葉と対峙しようと・・・・・・・・・彼を見つめた。

だが・・・・・予想に反して、彼の言葉は――――



真剣な表情で、彼は必死に言葉を紡いでくる。


「オレ」

―――意を決した瞳

「オレ・・・あれからずっと考えたんだけど」

―――自制しようとしているらしいのに、密やかに震える、体

「オレがあんたの話を了承できたのは」

―――琥珀が、私の顔を映す

「契約なんかじゃなくて・・・・・オレが、あんたの側に居たかったからだって」

―――彼の腕が伸ばされて

「だから・・・・・・・だから、オレと」

―――掴まれた腕から、彼の熱が伝わるようで



決定的な言葉をもらう前に、彼の気持ちがみえて。
必死に伝えようとしてくれる君が・・・・・堪らなく愛しくて。
ロイの顔が、蕩けそうにほころんでいく。
そして――――――



「だから、オレと、けっ・・・・・・んっ!?」

『結婚してくれ』と言うエドの科白は、ロイの指でふさがれて唇から出なかった。

遮られた科白、伝えるのを止められた思い。
『やはりもう遅かったのか?』と、エドの顔が歪む。
目頭がジワリと熱を持って、視界が歪みそうになるけれど・・・・必死に絶えて目線を上げる。
どんな顔で言葉を止めたのか、彼の顔を見たいと思ったから。
『呆れてる?怒ってる?蔑んでいる?』
だが、上げた視線の先には――――――優しい・・・が、何処か熱っぽい、視線。

想像した表情と違ったので、エドは泣きそうな顔から困惑の顔に表情を代えて
口を塞いでいる手に自分の手を添えて、ゆっくりとそれを外して彼を見つめる。

「とても嬉しいが・・・・・・・それは譲れないよ」
「譲れない・・・・・って?」
「プロポーズは私からさせてくれ」
「!」
「リベンジ、したいんだよ」

あの時のプロポーズ。
君に誤解された曖昧な科白。
部下からも『腕が落ちた』とからかわれたが。
あの時、私はわざと曖昧な科白を選んだような気がする。
誤解した君を攻めるような事を言ったが、
本当は、誤解されるように無意識に濁したのではないだろうか?
多分・・・・・拒絶されるのが怖かったから、極力拒絶されないように曖昧な言葉を選んで。
もしされたとしても、『ああ、曖昧だったから君にはわからなかったのだ』と、
自分に言い訳できるように。
決定的な拒絶を受けなければ、君を諦めずに済むから。
だから・・・・・・・・口を出た、曖昧なプロポーズ。

だが、もうそんな小細工はしない。
はっきりと、絶対君が間違ったりしない言葉で思いを伝えよう。

ロイはゆっくりと腕を持ち上げて、彼の頬に触れる。
ぴくりと、震える彼の頬を両手で包み込んで、視線を合わせて。
そして、胸の奥の言葉を音にする。



「エドワード、愛してる。私と結婚して欲しい」



彼は小さく息を呑んで。
そして、少し泣きそうに顔を歪めてから・・・・・・・笑った。



『約束・16』終わり・・・17に続く



アンケート協力有難うございますv
約束通り、ロイからの2度目のプロポーズv


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