痛い沈黙・・・というのは、こういうのを言うんだろうか?
エドはビリビリと感じる怒気混じりの視線に、息をのんだ。
「では・・・・・・君は、私が今まで君に与えてきたものを、なんだと感じていたんだ?」
「え・・・・・」
「与えてきた資料うんぬんは、代価と勘違いされても仕方なかったかもしれない。
だが、君に今まで告げてきた言葉や態度・・・・・全て、冗談か何かだと?」
「准・・・・・・・」
射るような視線に、エドは罵倒されるかと身構える。
だが、寄越されたのは、またもや沈黙。
そして、ロイはギシッと音を鳴らして、ソファーから立ち上がった。
「・・・・・・・・伝わらなかったのだな」
そう小さい呟きを残して、彼は部屋から出て行った。
『約束』・・・・・・4
閉じられたドアを、エドは立ち上がって呆然とみつめた。
傷ついた、顔。
いつも自信に満ちた横顔ばかリ見ていたから、あんな顔をする事があるなんて思わなくて。
エドはその場で言葉もなく立ち尽くした。
それを気まずそうに見守っていた面々だが、咳払いをしつつ最初に声をかけたのはハボックだった。
「あー・・・大将。その・・・・・平気か?」
「・・・・・・なんか、訳・・・わかんね」
怒ったような、戸惑ったような、泣きたいような。複雑な感情のままエドは俯いた。
「エドワード君、とりあえず座って。もう一杯お茶をいかが?」
「大尉・・・」
渡されたカップに口をつけると、体がじんわりと温まるような気がした。
イラつきが少し収まり、今度はなんだか情けないような気分になってきてエドは再び視線を落とした。
「しかし・・・・驚いたよな。実際」
「ええ・・・・・そうですよね。まさか、プロポーズまでしているとは・・・」
「まぁ、気に入ってるのはわかってましたけど。そこまで話が進んでいるとは」
「進んでねぇよ!!!」
側近達の会話に、エドは怒鳴った。
「確かに、オレは・・・・・・その、勘違いしてたかもしんない。
でもさ、どこの誰が十四も年上で同性の上司に結婚申し込まれるなんて思うかっつーの!!
アンタだってそう思うだろ?突然あんなこと言われて、プロポーズされてるなんて思うか?!」
立て板に水の勢いで、噛み付くように問われたハボックは肩を竦めた。
「いや・・・オレが准将に言われたなら、冗談だろうと思うけど」
「だろ?!」
「でもさ・・・・・大将は違うだろ?」
「え?」
「お前さ・・・・・・本当に准将の気持ち、気づいていなかったのか?」
「・・・・・それって、どういう?」
眉間に皺を寄せるエドに、ハボックはため息を一つ吐いた。
『やれやれ』といった表情で、エドを見つめる。
「だってさ・・・・・ハタからみても、准将が大将を好きなのって丸分かりだったんだけど?」
「!?」
「いつも口説かれてたじゃないか。『好き』だの『愛してる』だのって?」
「・・・・・あれは、アイツのいつもの軽口だと思って・・・・・・・」
「あんな甘ったるい声と視線で口説かれて、冗談だなんておもわんぞ、普通?」
ハボックが呆れた声で返すと、エドは動揺したように視線を泳がせた。
『さすがに、准将が気の毒になってきたなー』
そう思いつつ、鈍い子供の頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。
「オレとしては、お前がつれないのは単に照れてるだけだと思ってたんだけどな」
「・・・んな訳、ないじゃん」
「アルから話を聞いたときは、准将とうとう我慢出来なくなって強行手段に出たのかと焦ったがな。
でも、准将の言い方じゃ脅されたって訳でもないんだろ?なんで等価交換だなんて思ったんだ?」
問い掛けられて、エドは拗ねたように口を尖らせた。
「だって、アイツ女好きだろ?綺麗な恋人もいっぱいいるって聞いたし。モテるのも知ってる。
それが、何で突然オレなんだ?おかしいだろ?・・・代価って考えた方が、よっぽど現実味があるとおもわねぇ?」
等価交換って考えたら一番しっくりいったんだよ。・・・アルだって、そう思うだろ?
突然振られた弟は、困ったように表情を曇らせ、そして頷いた。
「実は、僕は以前から准将は兄さんのことが好きなのかな?って思っていたんですが・・・。
でも兄さんから『代価だった』って聞いて・・・あの態度は冗談で、あの人の真意はそこだったのかと。
・・・確かに兄さんのいう通り、『代価』ってほうが納得しやすいですよね」
思いっきりロイを責めてしまったアルは、どこか申し訳なさそうにそう言った。
「准将がいけないのよ」
年端もいかない少年に、あんなに性急に求愛しても理解されなくても無理ないわ。
ちゃんとお互いの思いを確認したわけでもないのに、一人で突っ走ってしまって。
案外、不器用だったのね。
リザは、そうため息をついて――――そしてエドに視線を合わせた。
「でもね・・・・・・・エドワード君。本当に、少しも伝わらなかったの?」
責める口調ではなく、優しく『考えてみなさい』と促すような言い方で彼女はエドを見つめた。
エドはそれを見つめ返して。
そして、立ち上がった――――
「准将、どこにいるかな?」
「・・・一人になりたいとき、よく屋上にいくようだけど?」
「ありがとう」
リザにお礼をいうと、エドは赤いコートを翻して出て行った。
******
汚れた階段を上り、サビのついた古びた鉄の扉をゆっくりと開ける。
途端に赤い世界が広がった――――
そこら中を赤く染めるのは、夕日。
そこでやっと、もう夕刻なのに気がついた。
赤く染められたコンクリートの広い屋上にそっと足を下ろし、視線だけ移動させてロイを探す。
すると、男はあっさりと見つかった。
手すりに体を預けて、夕日を眺めている男に、静かに近づく。
それでも、気配を察したらしく、彼はこちらをゆっくりと振り向いた。
こちらを向いて立つ、夕日に染まった姿を見つめて、エドは歩を止める。
『この光景・・・・・・あの時と、同じだ』
フラッシュバックされる、記憶。
約束を交わした日も、彼はこんな色の中にいた―――――
『約束・4』終わり・・・5に続く
迷いつつ進めたら、またニブニブエドを練成してしまった(-_-;)