「エドワード。―――あの約束はなかったことに」


それは、こちらにとって願ったりな科白。
それなのに、告げられた時、頭の中が真っ白になった。
目を見開いて見つめてくるエドに、ロイが近ずく―――

「・・・さようなら、エドワード。いつまでも君の幸せを願っているよ」

――――その言葉と共に、彼の顔が近づいてきて、
                 一瞬だけ、そっと唇が重ねられた――――――

それはすぐに離れていき、もう一度彼の表情を見る間もなく、背中が向けられた。
去って行く夕日に染められた背中を見つめながら、言葉を返すことも、動くことすらも適わなかった。

そして、ガシャンと音をたてて鉄の扉が閉められる。

一人残されたエドは、やっと金縛りが解けたように、短く息を吐いてよろめいた。
手すりに背中を預けて、体を支える――――
ふと、下げた視線の端に自分の取り戻したばかりの生身の右腕が映った。

その手は、まるで彼の背中を追いかけるように、僅かに前に伸ばされていた――――



『約束』・・・・・・8



「あ、兄さん!!」
「アル・・・・・・」
「ちゃんと准将と話できた――――っ、兄さん?!なんて顔してるの・・・・・・」

戻ってきたエドと廊下で出会ったアルは、驚いたように言葉を詰まらせた。
兄の顔は血の気が引いて見えた。
もともと白い顔が、ますます白く、薄暗くなった廊下に浮かび上がる――――
その瞳は、どこか空ろだ。

話し声が聞こえたらしく、司令室からリザとハボックがでてくる。
そしてエドの顔色を見て、アルと同じく息を呑んだ。

「エドワード君、何があったの?何か准将が酷い事を?」

彼女が険しい顔をして銃のホルスターに手をかけるのを見て、エドはやっと意識が戻ったように慌てだした。

「ち、違うよ!!そんなんじゃなくて・・・・・」
「じゃ、どうしたんだ?・・・もしや大将、売り言葉に買い言葉で結婚了承したんじゃ・・・・・」
「いや、確かについ、そんなこといっちゃったりもしたんだけど・・・」

やっぱり、といった表情のハボックに慌てて手を振る。

「違うって!確かに『約束したし・・・ケッコンすっか?』ってつい言っちゃったんだけど、
―――――――――――『もう、いいよ』って、准将が・・・・・・・」
「!?」
「さようなら・・・・・って、言われちまった。はは、なんか愛想つかされたって感じ?」
「エドワード君・・・・・・」
「もともとアイシテルってわけじゃないから、こっちとしては願ったりかなったりなんだけど・・・」

わざとおどけて笑って見せたエドだったが、その顔が不意に歪んだ。

「ただ・・・あんな悲しそうな准将なんて見たことなかった―――
あの人にはいろんなものをもらったのに、恩も返せなくて。
その上、最後にあんな顔させてさようならって・・・・・なんだか、堪んねぇな」

ジワリ、と目頭が熱くなるのを感じて、エドは慌てて皆に背を向けた。
『先に宿に帰ってるから』そう短く次げて走り出す。
残された三人は、言葉もなくその背を見送って――――――
そして、その小さな背中はやがて見えなくなった。



******



宿までの道のりを走る―――
途中、すれ違った母親に手を引かれた小さな女の子が、不思議そうにエドを見送って母親に訪ねた。

「ねぇ、あのお兄ちゃん泣いてたよ?なんでかなぁ?」
「え?そうなの?・・・・・・きっと、何か悲しいことがあったのよ」
「そっかぁ、かわいそうねぇ」

小さな口をへの字に歪めて見送る子供に気がつくこともなく、エドは走り続けた。


―――自分の頬を滴り落ちるものの意味が何なのか、分からなかった――――



『約束・8』終わり・・・9に続く



ロイがヘタレているところを書くのは楽しいけれど(オイ)、エドが泣いてるところを書くのは辛い(T_T)


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