しん、と静まり返った室内――――


ポカンと・・・心底驚いた表情のまま、ロイは固まっていた。
が、少ししてやっと我に返ったらしく、搾り出すように言葉を発した。

「・・・・・知らなかった」
「は?」
「君が、私に思いを寄せていてくれたとは・・・・・・・・」
「はぁ?」

ロイの言葉に、今度はエドがポカンと口を開ける。
だが、ロイはそんな事など気づかないようで、手を顎に当てて考え込みながら更に続ける。

「君の気持ちは嬉しいが―――――――
しかし、困ったな。先ほども言ったように、私はそっちの気は全く無いんだよ」

友人のようにとか家族のようにだったらば、何とか『愛せる』とは思うのだが、
異性を愛するように・・・・・となると、いささか問題がある。
しかし―――――『君が私を愛している』とは、かなり想定外だ。
予定が狂ってしまったな・・・そこが違ってくると、この計画自体を見直さなければいけない事に―――


難しい顔をしながら、ブツブツと一人で呟いているロイの言葉の中に聞き捨てなら無い言葉を聞いて、
エドは額に青筋を浮かべながら、顔を引きつらせた。


「おい・・・そこの、オッサン!」


その言葉に、自分の考えに入り込んでいたロイもさすがに顔を上げる。

「誰がオッサンだ!・・・・・って、愛する者に対してその言い草はあんまりじゃないか?」
「オレがいつアンタを愛してるっつったよ!?『愛してくれ』って言ったの!!」

心外だ、といった感じでエドは憮然と言い放つ。
が、ロイの方はますます訳がわからんといった風に顔を顰めた。
”愛してくれ”などというので、てっきり気があるものだと思ったのだが、違うらしい。
今時点で彼は私の事を愛していなくて、結婚したら私に愛して欲しいということは・・・・・?


「・・・・・つまり、結婚するなら『愛がある結婚』をしたいということか?
今はお互い思い合っていなくとも、これから一緒に暮らしていく過程で愛を築いていきたいと?」
「違う!!誰がアンタなんかに本気で愛してもらいたいもんか!!」


――――愛してる『フリ』してほしいんだよ―――――


むすっと。不本意丸出しの顔で、エドはそう言い捨てた。




『理想の結婚』 <その1 ”共犯者”>・・・5




「愛してるふり?」


エドの科白に、ロイは首を傾げて聞き返した。

「ああ。この結婚は嘘っぱちな結婚だけど―――――
他の奴らが、オレ達は『愛し合って結婚した』って思うように、オレに接して欲しいんだ」
「なんだ・・・・・そんなことか」

ようやく分かったロイは、息を吐きつつ呆れたようにエドを見下ろした。

「君に言われるまでも無く、あからさまに『虚偽の結婚』と思われるのは不味い。
だから、ちゃんと『愛があるフリ』はするつもりだったよ」

紛らわしい言い方をするんじゃない。無駄に緊張したじゃないか?
そうロイはぶつぶつと文句を言う。
だが、エドは『そうじゃない』と首を横に振った。

「・・・・アンタが思ってたのは、身内以外の奴らに対して・・・・・って意味だろ?
オレが言ってるのは、信頼する側近達であろうと、親友であろうと・・・・・・
『俺達以外の全部』を騙して欲しいって意味なんだけど?」

エドの言葉に、ロイは首を捻って聞き返す。

「何故?側近達は口が固いし、ヒューズは悪戯好きではあるが、私の為にならん事を言いふらしたりはしないぞ?」

自分が懐に入れた者達は、同じ目的に向かって進む同志。
私の足を引っ張る真似はしないとロイは明言する。
だが、エドはまた首を横に振った。



「違う。あの人たちが言いふらすなんて思ってないし、もちろん、本当は騙したい訳でもない。
オレが騙しておきたいのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アルフォンスだよ」



『なるほど・・・・・弟、ね。』

言い終わって目を逸らしたエドを、ロイはじっと見つめた。
このブラコン兄は、どうやら弟に内緒でこの計画を進めたいようだ。
無言のまま話の続きを促すように顔を覗き込むと、彼は気まずそうにポツリポツリと話し始める。


「オレんち、オヤジがいないようなもんだったからさ、母さん女手一つで結構苦労してたんだ。
そんなこんなでオレは親父が大嫌いだったけど・・・あんな奴でも、母さんはずっと愛してたと思う」

親父のことを責めるでもなく、でも時々寂しそうな瞳で窓から外を見ていた――――。
オレはその姿を見て、母さんを置いて出て行った親父への恨みを募らせただけだったんだけど、
でも――――アルは違った。
小さくて親父の事を良く覚えていないアイツは、置いてかれた実感がないせいか親父を恨むことなく、
全くオレとは別な事を母さんの姿から感じたらしい。

「別な事?」
「うん。つまり、離れてしまっても親父を愛し続ける母さんを見て『愛って素晴らしい』・・・・みたいな?」
「なるほど・・・・・」
「・・・・・まぁ、確かに母さん・・・親父の事話すとき幸せそうな顔してたときもあったから。
オレには、その気持ちが良くわかんなかったけど・・・な」

でも、確かに母さんはずっと親父を思いつづけていた。
そして、それを見ていたアルはある日こんなことを言い出した。

母さんのように、すごく愛した人と結婚するって素敵だね。僕も絶対そうする!
でも、僕は絶対奥さんに寂しい思いなんかさせないよ?
結婚したらきっと大切にする!・・・ずっと一緒にいて、幸せにするんだ!
兄さん!兄さんもちゃんと兄さんを愛してくれる素敵な人を見つけてね!
そして―――できればお互い結婚しても、近くに住めたらいいなぁ。
僕の奥さんと兄さんの奥さんも仲良しになってくれて、子供達も一緒に遊んで。
そうだったら、素敵だろうな!母さんもきっと喜んでくれると思うし。

―――――『結婚』にやたら夢を持ってしまった弟は、挙句の果てにはそんな事まで言い出して。
そして、その気持ちを変えることなく成長し、今に至っているのだ


「だから、男同士云々の前に・・・・『愛のない結婚』なんて言語道断。絶対反対するに決まってる」


オレは結婚なんて夢もってね―し、別にいいんだけど。アイツは違う。
・・・・・条件付のかりそめの結婚なんて、アルが知ったら怒るし・悲しむと思う。

そう言うエドをロイはじっと見つめて、そしてあえて言わなかったろう、もう一つの理由を口にした。


「そして、君が承諾した理由が『自分のせい』だと知ったら、弟が傷つく・・・・・か?」


ピク、とエドは眉を上げたが、それには答えなかった。

「中佐や中尉達が口が軽いとはおもわねぇけど、アル結構鋭いし・・・・・
なるべくなら知ってる人が少ない方がバレずらいだろ?」



――――だから、結婚するならオレを『愛して』くれ・・・・・・・誰もが騙されるくらいに――――――



エドは唇を引き結んで、そう言ってロイを見つめた。




こう言う訳でした。
思わせぶりで、すみません・・・・・・お、怒らないでね?(ビクビク)


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