『本当に君は弟、弟。・・・・なのだなぁ』
承諾したのも弟の為なら、条件も弟の為。
美しい兄弟愛ではあるし、彼らの境遇では無理からんことではあるけれど・・・・・
たまに、そんな彼にたまらないほどの危うさを感じてしまう。
万が一にでも、弟を失うことなどあれば―――――彼は二度と立ち上がれないのではないだろうか。
いや、失う事がなくても・・弟の体を戻す方法が分かり、それが自分を代価にするものだったとしたら?
彼は、自分の持っているもの全てを捧げてしまうかもしれない。
それが、例え自分の『いのち』であったとしても―――――
そう考えるに至って、ロイは顔を顰めた。
だが、ロイがそんな事を考えているとは知らぬエドは、ロイの顔色を別の意味で捉えたらしく・・・
先ほどからの憮然とした態度から一転、窺うようにこちらを見上げてきた。
「・・・・・・・・やっぱ、フリでも・・・女じゃないから、無理?」
小首を傾げるようにして上目使いで。しかも、不安げに瞳を揺らして聞いてくる。
その仕草はなんというか、無理どころか・・・・・・・・・・かなり可愛い。
ここに彼のファンがいたら、かなりの人数が鼻血を垂らして倒れそうだ。
彼が、これらすべてを計算もなしにやっているのがわかっているだけに、
ロイは頭痛を覚えてこめかみの辺りを押えた。
自分がゲイで無くて心底よかったと思う。
そうでなければ、今ごろ犯罪に手を染めているかもしれない・・・・・
ロイは苦笑しながらも、ふと考える。
だが今の状況では、彼のこの天然な可愛らしさが役に立ちそうだ――――――と。
『理想の結婚』
<その1 ”共犯者”>・・・6
『ふむ。これならいけるかもしれんな・・・・・・』
例え、かりそめだとしても・・・男に愛など語らねばならんのはかなりの努力が要る。
それでも演技力には自信があるし、親しくないものなら騙すのは容易いと思っていた。
だが、側近達など・・・私を良く知る者を騙すには、それなりに気持ちが入っていないと難しいだろう。
だが、これなら。
こんな仕草を見せられれば、男相手といえども本気で『可愛い』と思うし、
これくらい『可愛らしい動物』相手なら、抱きしめて『愛でて』見せるくらい全然余裕でいけそうだ。
嘘を並べたてる中の所々に『本気』が混ざれば――――騙し通せるかもしれない。
ロイはそう判断してから、フッ・・・・と、小さく笑いをもらした。
『何か、ワクワクしてきたな』
久しぶりに、楽しめそうだ。
ロイがそんな事を考えてニヤついていると、答えを待っていたエドの顔が怪訝そうに歪められる。
「なにニヤニヤしてんだよ?」
「いやー―――――失礼。実はね、計画が変更にならなくてホッとしているんだよ」
「計画変更?」
「この結婚話を持ちかけるにあたって、『君が私をなんとも思っていない』のが大前提だったのでね」
「・・・・・・・・?どういうこと?」
「私が昇進だけでこの結婚に踏み切るつもりだったと思ったかい?」
私にもね、昇進以外にメリットがあったからこそこうして君に持ちかけたんだよ。
昇進だけなら、時間はかかるが実力でもいずれ私は『将軍』と呼ばれる立場になれるはずだからね?
―――――そう言ってロイは不敵に笑った。
その自信過剰とも思える科白に白けた目を向けながらも、ではメリットって何だ?とエドは首を捻った。
「じゃあ、何の為?」
「何度も言っているだろう?私はね『家庭』など持つつもりはないのだよ―――――――生涯ね」
生涯という科白に、エドは目を見開く。
『今は』結婚する気がないだけだと思っていたエドは、さすがに驚いた。
「なんで?」
「面倒だから。」
即答。・・・その上そんな答えか!!
なんか事情が・・・とか、暗い過去が・・・とか?
一瞬そんな事を考えて身構えたエドは、脱力してガックリと肩を落とした。
「面倒って・・・・・・」
「私はあまり他人にプライベート部分で干渉されるのを好まないんでね。
それに、わざわざ結婚などしなくても女性と触れ合う機会は十二分にあるし?
――――――今の状況に大変満足しているからねぇ」
「・・・・・・ナニソレ。ジマンバナシデスカ?」
「いやいや、自慢話などではないよ?――――――事実を語ったに過ぎない」
『やっぱ自慢してんじゃん!このタラシッ!!(怒)』
嫌そうに顔を歪める子供の頭を、ぽんぽんと軽く叩いて宥めるフリをしつつ、ロイは更に言葉を続ける。
「だがね、私自身は満足していても・・・頭の固い古い人間はやはりよくは思わないものなのだよ。
『ある年齢に達したならば家庭を持つべき。それが出来て一人前』などと、頑なに思っているからね?
君との結婚も普通の結婚とは言いがたいが、大総統が立ち会うからなんとか体裁が保てるし、
―――――とりあえず『既婚者』にはなるだろう?」
君と結婚すれば、もうわずらわしい見合いなどさせられずに済むし。
君が『妻』なら、過剰に干渉される心配もないし?
それに―――――結婚したのにも関わらず、今まで通り美しい花達を愛でることもできる。
ずらずらと並べ立てる中の、最後の科白にエドはピクリと反応した。
「・・・・・最後のがメインなんだな?」
「―――――結婚した方が世間体がいいのはわかるが、私は一人の女性に縛られたくなどない。
だが、正式に結婚すればなかなかそうはいかないだろう?だから結婚などしたくなかったんだが・・・
でも、相手が君となると話は違う――君は私が『浮気』したからといって、怒ったりはしないだろう?」
「ったりめーだ!!」
「はは、そう噛み付くな?・・・・・・・だから、この結婚は私にも都合がいい。
だが、相手の選出が難しくてね。普通に女性だと相手が本気にならんとも限らんからな」
その点、君が私を本気で愛す事などないだろう?
そう言ってニヤリと笑うロイに冷たい目を向けてエドは断言する。
「そうだな、万が一にもないよ」
「だろう?だから、君がいい」
「・・・・・・あんたってさ、女の敵っていうか―――――――かなり最低?」
アルフォンスの純粋さの欠片でもわけてやりてえ。
エドのそんな呟きを、今度はロイの方が白けた目で見ながら遮った。
「はいはい。君がブラコンなのは十分に分かったからもういいよ。
―――――――さっきの質問への返答だが、了解した。」
「ブラ・・・!!まぁいいや、めんどくせえし。―――――――――了解は良かったけど、
でもさ、今の話だと――――たとえ”フリ”でも、アンタの方には支障があるんじゃねぇ?」
自分が『浮気された』からといって怒る事は絶対にありえないが、
思い合っている設定なのに、堂々と浮気されたら簡単に嘘がばれそうな気がする。
「ふむ。確かに『側近達』まで騙しながら、今までどうり女性達と逢瀬を重ねるのはむずかしいな。
でもまぁ、その辺は上手くやるよ。・・・『人目を忍んで』って所に燃える女性もいるしね?」
「アンタの女関係って腐ってる・・・・・・・・・・ま、オレにはどうでもいいけどさ。
でもさぁ、『男と結婚した』って時点で、女の人達もう寄って来なくなるんじゃねーの」
べーっと、舌を出してみせるエド。
だがロイは、ふふんと余裕の笑みを浮かべて答えた。
「誰に言っている?・・・ありえないね」
「・・・・・その自信過剰何とかしろよ、ムカつくから。
とにかく――――――――――――じゃあ、大丈夫なんだな?」
条件を呑むんだな?と念を押すエドに、ロイは軽く手を振って見せた。
「任せたまえ。演技力には自信があるし・・・・・・・そっち方面は、得意分野だ」
ウインクしてしてみせると、嫌そうに顔を歪めるエドを見て、ますます楽しくなる。
面白いおもちゃを見つけたように、ロイはどこかウキウキとした気分で訊ねた。
「だが、そういう事なら私より君の方が問題あるんじゃないか?」
君にそんな演技力があるとは思えないけどねぇ?
そう苦笑するロイに、図星を指されたエドはうっと言葉に詰まる。
だが、すぐにそっぽを向いて、ぶっきらぼうに言った。
「なんとか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・努力する」
「ははは、そのなんとも健気なとこは結構ぐっとくるよ。やりがいあるねぇ『愛してる振り』。」
「うっせーよ!無能!」
「おやおや『愛する夫』に対してその呼び名はいただけない・・・そうだね、お互いの呼び方も変えよう」
「呼び方?」
「愛し合うもの同士が、階級や二つ名で呼び合うのはおかしいだろう?」
「別に、そんなもんなんでも・・・・・」
「みんなを騙しておきたいんだろう?そう言う細かい所に気を配らねば、すぐに露見するぞ?」
バレてもいいと言うなら、別だがね?
ロイはしれっとした態度でキッパリという。
エドはまたもや言葉に詰まって・・・諦めたようにロイを見つめた。
「・・・・・・わかった。で?なんて呼べばいい」
「それはもちろんダーリン・ハニーで?」
「却下」
「んじゃ、やっぱりファーストネームだろうな。―――ロイと呼びたまえ」
「げっ」
「げっ、じゃない!男で私のファーストネームを呼べるなんて光栄に思いたまえ」
「へいへい・・・・・わあったよ」
「私の方は・・・・エドワードじゃつまらんな。エド・・・はみんな呼んでいるし・・・」
ロイは顎に手を当てて考え込むと、少しして『閃いた』とばかりにパッと顔を上げた。
「うん、決めた。『エディ』にしよう!」
「エ、エデ・・・・・!?やめろ、気色が悪い!!」
「いや、決めた。これがいい」
「何でだよ?エドでいいじゃねーかっ!!」
「ラブラブ設定なのだろう?誰も呼んでいない特別な呼び方のほうがそれらしいじゃないか?
もう決定したんだ。しのごの言うな」
我ながら、なかなかいいセンスだ・・・・・・
なぜか嬉しそうに自画自賛する男を、エドはゲンナリとした表情で眺めた。
早くも、結婚を承諾した事を後悔しそうになりながらも・・・・
とりあえずアルフォンスを待たせているし、ここからおさらばしよう!
・・・そう思いつつ、話をまとめにかかる。
「んじゃ、そういうことで」
「ああ。よろしく頼むよ、これから私たちはパートナーと言う訳だな」
「はん!『パートナー』なんて可愛いもんかよ?・・・『共犯者』って方がしっくりくるんじゃねーの?」
「なるほど、それもまた秘密めいててなかなかいい響きだな?」
「・・・・・・・・ばか?」
「折角だから、君も『楽しむ』ぐらいの気持ちで臨んだらどうだ?」
「楽しめるか!・・・・・つーか、そんな楽しみなんかいらん」
つれなくそう言って、エドは立ち上がってロイを見下ろす。
「後は任せるから、結婚式の日取りとか・・・細かい事が決まったら教えてくれよ。オレは帰る」
「おや、ここで二人で話を詰めようかと思っていたのだが?」
「アンタがてきとーに決めてくれ。・・・・・・オレは、アルへの言い訳考えるのに手一杯だ」
顔を顰めるエドに、ロイは苦笑した。
確かに、弟に報告するのは頭が痛いことだろう・・・・・・
このブラコンぶりからすると、最愛の弟に嘘をつく自体、辛いに違いない。
「ああ、その『言い訳』だが、弟に話をする時は打ち合わせが完了してからにしてくれ」
ヘタなことを言って、互いの話に食い違いがあったらそれこそ疑われる元だ。
そう言うロイに、短く『了解』とだけ返事をしてエドはドアに向かった・・・・・・・・・・・が。
彼はドアのノブを握ったところで、ピタと動きを止めた。
そしてなぜかエドは踵を返して戻り、ロイの前に立った。
そんなエドをロイは訝しげに見上げる。
「鋼の?」
「今気づいたんだけど・・・・・・これからオレたちラブラブってことになるんだろ?」
「?・・・そうだが?」
「なら・・・・・・今のうちに・・・・・・」
そう言って微笑むと、彼はおもむろにロイの胸に片手を当てた。
『な、なんだ!?』
面食らって目を見開くロイに、エドは顔を近づけて・・・・・・・ニタリと笑った。
「なら、今のうちに一発殴らせろv」
「なっ!?」
言うが早いか、ロイの胸に当てていた指を曲げて胸倉を掴んで、エドは拳を振り上げた――――
ラブラブカップルってことで、呼び方は是非エディ呼びでv
そして・・・・承諾したものの、やっぱりエドは不本意なようです(笑)