「わぁ・・・・・・」
書庫に入るなり、エドは小さく声を上げた。
どのぐらいの広さがあるだろうか?
だだっぴろい部屋の壁一面が本棚で埋め尽くされており、その全てにぎっしりと本が並べられている。
壁に作りつけてある本棚はかなりの高さがあり、そのせいか上のほうまで取りやすいように、横にスライドする木製のはしごが所々に付いていた。
部屋の中央には、エドの背でも頭が出るくらいの低い本棚が幾つも並べられており・・・こちらも、本で埋め尽くされている。
部屋の所々に、読むためのテーブルと椅子。
個人の屋敷の書庫・・・というよりも、小さな町の図書館に匹敵するぐらいの蔵書である。
先ほどの会場とは違い、こちらは静寂な空間だった。
もちろん何人かは招待客がいて、本を検索しているようだが。
元々『誕生日パーティ』が主であるため、本を閲覧するような客が少ないのだろう。
玉の輿を狙って集まった女の中に、ここに興味がある者がいるとは思えない。
皆、申し訳程度にここを覗いては、戻っていく。
―――そんな中、エドワードだけがこの蔵書に感激していた。
「すばらしいコレクションでしょう?」
目を大きく見開いて立ち尽くすエドに、ロイは優しげな微笑をみせた。
「たい・・・・・・あ、あなたは何度もいらしているんですか?」
『大佐』と呼びそうになって、慌てて言い直す。
大佐がここに何度も来ていると知っていたなら、大佐に頼んだのに。
そうすれば、自分がこんな格好をしなくも済んだはずなのだ!
っていうか、知り合いなら紹介してくれればいいのに!!
そう憤るが、ここで正体をばらす訳には行かないので、そんな気持ちを押し隠しながら聞く。
「こちらは前から知ってはいたんですが、近しくさせていただいたのは最近でね」
少し前、セントラルで軍主催のパーティがあり、同席した東方の将軍に引き合わせてもらったのだとロイは言った。
「こちらの伯爵様はご自身も錬金術師であられるから。私も国家錬金術師ですし、話が合いましてね。
そのうちに、伯爵様が私を気に入ってくださったようなんですよ」
パーティの後、ここに初めて案内され。
その時は時間がなかったので、いつかゆっくりと拝見できないか?と願い出た所、今日のパーティの招待状をもらったという。
「先ほどは偉そうなことを言ってしまいましたが、実は私もここは2回目なんですよ」
ロイは悪戯を告白するように、クスリと笑った。
「でも、私が錬金術師なのは本当です。さぁ、あなたのお探しの物はなんですか?お手伝いいたしますよ?」
そうにこやかに、手を差し出して言うロイを見ながら考える。
『賢者の石と言ってしまったら、モロバレなような気がする・・・・』
なにせ、この男は勘がいい。
女装はしていても、顔かたちが大きく変わっているわけではないし。
今気付かなくとも、『賢者の石』と口に出せは、彼は絶対自分を疑うだろう。
かといって、関係ない資料を探しても仕方がないし・・・
ここは、『賢者の石』は自分で検索するとして、大佐には『生体練成』関係の物を探してもらおう。
それでもギリギリな気がするが・・・ここは、賭けるしかない。
エドは決心を固め、口を開く。
「生体練成のことが、なるべく詳しく載っている本を探しているのですが?」
震えそうな声を何とか押し込めて、なるべく自然に聞こえるように話す。
「・・・・・生体練成に興味が?」
「はい・・・・・錬金術の医学応用を研究しておりまして」
適当に言い訳をして、彼から顔を背けるように、俯く。
「分かりました」
では、私はこちらから探します。
それ以上問いただすこともなく、あっさりとロイは壁にある本棚に向かって歩き出す。
少々拍子抜けしながらもエドはホッと胸を撫で下ろし、自らも本棚に向かい足を踏み出した。
その時―――
「ああ、忘れていました」
数歩進んだ所で、ロイは足を止め、こちらを振り返る。
「なっ、なんでしょうっ?」
安心した後だっただけに、今度こそ声が震えてしまった。
ロイは、また戻ってきてエドの前に立った。
エドはどうして言いか分からず、彼の次の言葉を待つ。
「名を名乗るのを忘れていました」
私としたことが・・・あなたの美しさに目を奪われて、少々呆けていたようです。
歯の浮くような台詞を言いながら、こちらに手を伸ばす。
「ロイ・マスタングと申します」
ロイはエドの左手を取ると、屈むようにして
「ロイ――と、呼んでください」
そうエドの耳元に囁くと、手の甲に軽くキスをした。
呆然とそれを見つめたエドだったが・・・
『○×△〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』
声にならない叫び声を上げて、その手を振り払う。
「なっ、なにすん・・・・・!!!」
ばくばくと口を動かしながら、二の句が次げずに真っ赤になるエドに、ロイはクスリと笑う。
「おや、純情なんですね?」
楽しそうに笑うロイを、エドは睨みつけるが。
あっという間に、また手をとられて、あまつさえ腰に手を回されて引き寄せられる。
ぎょっとして、叫んだ。
「こっ、こんなところで、なにするんですかっ!!誰かに見られたらっ・・・」
「ここにいるのは、私たち2人だけのようですが?」
「!!!」
周りを見回すと、先ほどまでチラホラいた人影がなくなってしまっていた。
パーティ会場の方からにぎやかの音が聞こえてくる。
どうやら宴が本格的に始まって、皆いつの間にかそちらのほうに行ってしまったようだ。
途端、恐怖を感じ・・・腕を振り解こうと身をよじる。
腕の中から逃げ出そうとするものの、機械鎧の右手は使えない―――感触で機械鎧と気付かれてしまうからだ。
その上、頼みの綱の左手を押えられている。・・・どうにもならない。
『こっんのっ、エロ大佐〜〜〜〜〜〜!!!』
心の中で罵倒しながら見あげると・・・・そこには。
思いがけず、優しい微笑みがあった。
エドの体から、ふいに力が抜ける。
それをみて、ロイは掴んでいたエドの左手を、そっと自分の頬に当てた。
「そう警戒しないで。・・・あなたの名前が聞きたいだけなんです」
お名前を、お聞かせ願いませんか?
ロイは、そう微笑んだ。
「・・・・・・・・・」
まさか本名を名乗るわけにはいかず、エドは押し黙る。
知り合いの名前は気付かれるかもしれないから、適当な名前をでっちあげればいいのだが。
―――――ロイの頬に当てられた自分の左手が熱を持ったように熱くて、頭が働かない・・・
いつまでたっても名乗らないエドに、ロイはため息をついてみせる。
「まるで、シンデレラのようですね・・・・・」
「え?」
「一瞬で私の心をさらってしまったのにもかかわらす、名前さえ教えてくださらない・・・」
「・・・・///」
『だからっ、そんなこっぱずかしい台詞を言うな〜〜〜〜〜〜〜!!』
心の中で叫ぶエドを尻目に、ロイは思いついたように、口を開いた。
「・・・・・そうだな、それでは 『シンデレラ』 とお呼びすることにしましょう」
あなたに、ぴったりの名前でしょう?
そう言いながら、頬に当てた手にまたキスを落とそうとする。
慌てて、今度こそ何とかその手を振り払った。
ロイの力が緩んだので、やっと腕の中から逃げ出して数歩下がる。
「せっ、セシル!!!・・・・・です」
『シンデレラ』?!・・・・それだけは嫌だ〜!!
そう思った時、先ほど着替えを手伝ってくれたブティックのオーナーを思い出して・・・・・
咄嗟に、その名を使わせてもらう。
ロイは、そんなエドをしばし見つめた後
「可愛らしい名前ですね」
そうニッコリと微笑むと、『それでは作業に取り掛かりましょう』と踵を返した。
今度こそ、本棚に向かって歩いていくロイの背中を見送る。
――――依然、早鐘を打っている自分の鼓動に舌打ちをした。
『アホ大佐・・・』
そう心の中でロイを罵倒すると・・・エドも本を探すべく、ロイとは離れた本棚に向かった。
『シンデレラの夜・5』
早速、手ぇ出してますね(笑)
無理矢理『シンデレラ』と繋げようとしてるのが、見え見えです(爆)
セシル・・・って言うと、チョコを思い出すんですけど、今もあるのかなぁ??